「あぁ、本当だ」
ユーフェミアの問いかけに、コーネリアは頷いてみせる。
「ただ、行方不明なのはクルルギという男だけではない。特派の主任とその周囲の者も一緒だ。だから、あるいはたんに連絡が取れなくなっているだけという可能性もある」
取りあえず、現在、捜索をさせている最中だ……と彼女は付け加えた。
『そうですか』
しかし、ユーフェミアは納得しないらしい。それはどうしてなのか。
「何かあったのか?」
彼女にしてみれば、彼等は気にすべき対象ではないはずだろう。そう思いながら問いかける。
『ルルーシュが、それを聞いて倒れてしまいましたの』
取りあえず、ナナリーには安堵のあまり気がゆるんだのだ……とは伝えてある、とユーフェミアは告げた。それが彼女の判断なのかそれともクロヴィスのものなのかはわからないが、的確なものだろう。
「そうか」
しかし、ルルーシュにとって《枢木スザク》という存在がそれほど大きなものだとは思わなかった。
バトレーの話だと、ルルーシュはずっと彼を捜していたらしい。
しかし、どうしてなのか。
『ルルーシュの、一番最初の友人……だったそうですわ』
その疑問が口に出てしまったのか。ユーフェミアがこう言ってくる。
「ユフィ?」
『こちらに来たばかりのルルーシュとナナリーを、枢木スザクが守っていたそうなのです』
先ほど駆けつけてきたミレイがそういっていたのだ、と彼女は説明をしてくれた。
「……そういえば、ブリタニア本国にいたときには、あの二人には友人はいなかったな」
彼等にとって、自分やクロヴィス、そしてユーフェミアが姉弟以外で唯一の遊び相手だったのではないか。同時に、それは彼等が周囲からどのように見られていたかという証でもあろう。
だからこそ、初めての友人であり、今でも自分たちのことを守ろうとしてくれる存在は大切なのかもしれない。
しかし、それはいいことなのだろうか。
ルルーシュは仮にも……と考えかけて、コーネリアは自分の考えを打ち消す。同時に自嘲の笑みを浮かべた。
『お姉様?』
「あぁ、なんでもない。気にするな」
彼等はクロヴィスという個人には心を許していても《ブリタニア皇族》には違うのだろう。そして、これからもそうではないか。
そんな彼等に自分の考えを押しつけるわけにはいかない。
自分がしなければいけないことは、あの二人が安心して暮らせるようにすることではないか。そして、クロヴィスに向けているような信頼をあの二人からもらえればいいのだ、と思い直す。
「アスプルンドもともに行方がわからなくなっているからな……ひょっとしたら、あの男が急に何か思いついて引きずり回されているだけかもしれん」
その際中にエナジー・フィラーが尽きただけではないか。そうも付け加える。
「大丈夫だ。ルルーシュにとって大切だというのであれば、必ず見つけ出してやる。私にしてやれることはそのくらいだからな」
ルルーシュが目覚めたらそう伝えてくれ、とコーネリアはユーフェミアに告げた。
『わかっております。でも、その前にお姉様が枢木スザクを見つけてくださるのが一番ですわ』
おそらく、一両日は目を覚まさないだろう。クロヴィスの指示で医師がそう薬を処方したから、とユーフェミアは言葉を返してくる。
『ルルーシュには、ゆっくりと体を休める時間が必要だろうと思います』
そして、それに自分も賛成したのだ、とそう付け加えた。
「ナナリーには、今、誰が?」
『ミレイ・アッシュフォードが。だいぶよくなってきましたわ、ナナリーは』
彼女には何も知らせていないから、という言葉にコーネリアは頷き返す。
「ルルーシュが目覚める前に戻る。そうしたら、ナナリーにも会いに行こう」
それまでにスザクが見つかればいいのだが。コーネリアは本気でそう考えていた。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
翌日の朝、ぐったりしたロイドを背負ったスザクが特派のトレーラーに姿を現したのだ。
「スザク君!」
セシルが驚いたように声をかけてくる。
「すみません……何か、日本解放戦線からの増援とぶつかっちゃったみたいで……」
取りあえず撃破はしてきたが、そこでランスロットのエナジー・フィラーが切れてしまったのだ、とスザクはため息とともに付け加えた。
「……で、ロイドさんがだだをこねたのね?」
ランスロットを置いてくるのがいやだ、と……とセシルもため息を吐く。
「……これも、命令違反になるのでしょうか」
不安そうな表情を作って、スザクは彼女に問いかけた。ランスロットから離れないという彼を少々強引に連れてきたことは事実なのだ。
もっとも、ランスロットがどうこうされる心配はないはず。
それがわかっているからこその行動ではある。
「大丈夫よ」
上官の命を守る方が優先されるもの、とセシルは微笑む。
「それよりも、コーネリア殿下に帰還の報告と、後はランスロットの回収の許可をいただかないと」
他にもいろいろとあるんだけど、と付け加えながら彼女は立ち上がる。
「セシルさん?」
いったいどうしたというのだろうか、とスザクは思う。
ランスロットの回収に関して言えば、確かにグラスゴーか何かを回してもらわなければいけない。しかし、自分の帰還に関してまでコーネリアに報告する必要があるとは思えないのだ。
「……ルルーシュ君だったかしら。貴方のお友達」
セシルの言葉に、スザクは即座に反応を返す。
「ルルーシュがどうしたんですか!」
クロヴィス達がいるから絶対に安全だ、と思っていたのに……とスザクは内心焦る。それとも、自分の考えは甘かったのだろうか、と心の中で付け加えた。
「……スザク君が行方不明だと聞いて、倒れちゃったそうなの。過労と心労が極限まで達しちゃったから、体の方が防衛本能を発揮したのではないか、という医師の診断だそうよ」
取りあえず、命に支障はない。
安定剤を与えられているから、おそらく明日ぐらいまでは眠ったままだろうが、その分、過労からは解消されるだろう。だから、何も心配はいらないのだ、とも。
「スザク君が戻って来ないことだけが一番の不安だったのよ」
さらにこう付け加えられて、スザクは唇を噛んだ。
ルルーシュの心労を取り除くために行動したことが裏目に出てしまったのか。そう思ったのだ。
「取りあえず、さっさとランスロットを回収して戻りましょう。ルルーシュ君が意識を取り戻す前にスザク君を見つけて彼の病室に放り込むように、というのがコーネリア殿下のご命令なの」
そうすれば、ルルーシュ君が安心できるだろうから……と言われて、ほんの少しだけ表情を変える。
つまり、周囲の人間にとっても自分は彼に必要な存在だ、と認識されていると言うことなのか。
それよりも何よりも、自分の存在がルルーシュの中で大きな位置を占めていると言うことがわかった。こう言っては不謹慎なのかもしれないが、嬉しいと思う。
「わかりました。でも、ロイドさんがこうですから……僕が案内するしかないですよね」
少しでも早くルルーシュの側に行きたいのに、これは失敗したかもしれない。スザクはこっそりと心の中で呟く。
しかし、とすぐに思い直す。
もう二度と、ルルーシュを危険にさらさないためにはしかたがないことだった。そして、彼に自分の気持ち――その片鱗かもしれないが――に気付いて貰うためにも、付け加える。
「そうね。ロイドさんに関しては、勝手に動いたと言うことでコーネリア殿下かダールトン将軍にちょっとしめて貰いましょう」
セシルは笑顔で恐いことを言ってくれた。
「お任せします」
しかし、それに関してはあえて口を挟まない方がいいだろう。そう思って、スザクはこう言い返すだけにしておいた。
スザク達の帰還はコーネリアにもすぐに報告された。
「そうか……日本解放戦線のことまでは考えていなかったな」
こうなると、枢木達に礼を言わなければいけないのか……と彼女はため息を吐く。
「姫様」
その時だ。ダールトンがそっと呼びかけてきた。
「……何かあったのか?」
彼の口調からそう判断をして問いかける。
「桐原を含めた旧日本政府の要人が、昨夜、急死したと……」
さらに声を落としてダールトンはこう囁いてきた。
「急死?」
それも揃って……と言うところに何か作為的なものを感じてしまう。
「表向きは、それぞれ病死と言うことになっております」
真実はどうかはわからないが……と彼は続けた。
「調べさせますか?」
死因を、と問いかけられて、コーネリアは首を横に振る。
「売国奴と言われたあの男のことだ。誰に恨まれていたとしてもおかしくはあるまい」
あるいは、と彼女は心の中で呟く。あの男は自分たちに協力をするふりをして実はテロリストを指揮していたのではないか。そして、今回も自分たちの目で状況を確認するためにこの場に来ていたのかもしれない。
「……だから、日本解放戦線か……」
おそらく、桐原達の護衛として付いてきたのではないか。
状況が不利と判断して撤退しようとしたそのものたちとこちらに向かっていたランスロットが遭遇したのだろう。その結果、枢木スザクは生き残り、日本解放戦線の者達は黄泉路をたどった。ただそれだけではないか。
「姫様、いかがなさいますか」
同じ結論に達したのだろう。ダールトンが先ほどとは微妙に口調を変えて問いかけてくる。
「ランスロットの回収に付き合ってやれ。ついでに、状況を確認してくるように」
もっとも生き残った者がいるのであれば、自分たちの正体がわかるような証拠は全て処分しているだろうが。それでも、ダールトンであれば何か気付くかもしれない。
「かしこまりました」
「我々は、撤収の準備が終わり次第、トウキョウ租界に戻る。間に合わなかったときは、お前の判断に任せる」
彼であれば後を任せても心配はいらないだろう。そう判断をしてコーネリアはこう告げる。
「お任せください。それよりも、殿下方を安心させて差し上げてください」
ルルーシュやナナリーも含めて……言外に告げてくる彼にコーネリアは静かに頷いてみせた。
取りあえず、これでしばらくは大規模なテロもないだろう。その間にクロヴィスが復帰をしてくれればいい。そして、ルルーシュとナナリーが自分たちにまた昔のような微笑みを向けてくれれば……とコーネリアはそっと自分の希望を吐息とともにはき出した。
それがかなわなくても、と彼女はそっと言葉を唇に乗せる。
「あの子達の希望が、ここで静かに暮らすことだ……というのであればその手助けをしてやるだけか」
それが、あの時あの二人を守れなかった自分にしてやれる精一杯のことではないか。そうも思うのだ。
「姫様、大丈夫です」
その言葉を耳にしたからだろう。ダールトンが静かに口を開く。
「ルルーシュ様は、昔と何のお変わりもありませんでした。おそらく、ナナリー様も同じでしょう」
そうであるならば、コーネリアの気持ちに気付かないはずがない。だから、きっと微笑んでくれるだろう。そうも付け加える。
「そうだな。焦らずに、あの子達を守ることを優先すればいいか」
クロヴィスのように。そう口にするコーネリアに、ダールトンは静かに頷いてみせた。
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07.09.07up
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