目を開いた瞬間、見知らぬ天井が確認できる。と言うことは、ここは自分の部屋ではないと言うことだ。
「……どうして……」
 自分はここにいるのだろうか、とルルーシュが呟いたときだ。
「目が覚めた、ルルーシュ」
 柔らかな声が耳に届く。その声の方向に視線を向ければ、大好きな若葉色の瞳が確認できた。
「ス、ザク……?」
 まだ夢を見ているのだろうか。そう思いながら、ルルーシュはそっと手を伸ばす。
 そんな彼の手をスザクがそうっと握りしめてきた。そこから確かな質感と温もりが伝わってくる。と言うことは、これは夢ではないのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 でも、彼が……とそう思ったときだ。
「ただいま、ルルーシュ」
 ふわりと微笑みながらスザクはこう言ってくる。
「ほ、んとう、に?」
 まだ信じられない、という口調でルルーシュは問いかけた。
「本当だよ。ちょっと、連絡の行き違いがあったみたいで……」
 ロイドが本体に連絡を入れずに独断専行をしてくれたおかげで、ランスロットがエネルギー切れを起こしてくれたのだ。そこから本隊まで歩いて帰る羽目になったんだよね、と彼はなんでもないことのように言う。
 行方不明だと聞かされたときに、自分がどれだけ衝撃を受けたと思っているのか!
「この、体力バカが!」
 だったなら、もっと早く連絡をしろ! とルルーシュは口にする。そうすれば、スザクは何故か困ったような表情を作った。
「俺が……俺がどれだけ心配したと思っているんだ……」
 そんな彼に向かって、ルルーシュはさらに文句を投げつける。
「……ごめん……」
 そんな彼に向けて、スザクは素直に謝罪の言葉を告げた。そのままそうっと指先を持ち上げると、ルルーシュの頬をなで上げる。その時始めてルルーシュは自分が泣いているのだと気付いた。
「でも、ちゃんと帰ってきたよ?」
 約束通り、とスザクは優しい瞳で微笑む。
「だから、泣かないで?」
 どうしていいかわからなくなるから……と彼はさらに言葉を重ねてくる。
「そんなことを言われても……」
 自分で自覚をして泣いているわけではないから、どうしたら止まるのかわからない……と言い返す。そもそも、自分の意志で涙を流したり止めたりするなんて女優でもない限りむずかしいのではないか。
「……本当にルルーシュは……」
 可愛いんだから、と笑みに少しだけ苦いものを滲ませながらスザクは呟く。
「そんなに、心配してくれたんだ」
「うるさい!」
 そんなこと、本人を目の前に答えられるか! とルルーシュは心の中ではき出す。そもそも、彼の前で泣いてしまったことすらも失態だと思っているのに、と。
「嬉しい」
 しかし、スザクはさらにルルーシュが反応に困るようなセリフを口にしてくれた。
「ルルーシュが心配してくれるのは、少しでも僕のことが好きだからだよね?」
 だから、空気が読めないんだ、お前は……とそう思う。それでも、きちんと言葉を返さないうちは引き下がらないと言うこともわかっていた。
「俺に心配をかける奴は、嫌いだ」
 悔し紛れに出たのは、こんなセリフである。
「うん、これから気を付けるから」
 だから、泣き止んで……とスザクが付け加えた後、何故か柔らかなものがルルーシュの唇に押し当てられた。それは何であるのか、確認しなくてもわかってしまう。
「スザク!」
 何をするんだ、とルルーシュが叫んだときだ。
「涙が止まったね」
 なんでもないことのようにスザクが指摘してくる。
「少しは空気を読め、このバカ!」
 次の瞬間、ルルーシュはこう怒鳴っていた。


 キスがいやだって言われなかったな……とスザクは小さな笑みを浮かべる。もっとも、それを指摘してもルルーシュは決して認めないだろう。それどころか十倍ぐらい言い訳の言葉を羅列するに決まっている。
 そういうところも可愛い、と心の中で付け加えた。それに、とさらに付け加える。
「……もう、心配をかけることなんてないよ、ルルーシュ」
 大丈夫だから、と微笑みながら彼の背中へと視線を移した。今ルルーシュは、ナナリーの今後の治療に関して担当の医師から説明を受けている。だから、当分自分に意識を向けてくることはないだろう。それがわかっているからこそ、スザクは自分の内心を呟くことができる。
「ルルーシュを悲しませようとする人間は、もう居ないから」
 あの時のことを思い出せば、苦笑しか出てこない。
『何故、だ』
 信じられないものを見たというように、驚愕の表情を浮かべながらその場にいた者達は自分を見つめた。
『何故?』
 それとは逆に、スザクの口元には酷薄な笑みが刻まれている。
『そんなこと、決まっているだろう。お前達がルルーシュを悲しませたからだよ』
 擬態なんてもう必要がない。
 どうせ、ここから出て行くものは、誰一人としていなくなるのだ。だから、彼等の口からばれる心配はない。
 まぁ。ルルーシュにだけばれなければいいだけなんだけど、と心の中だけで付け加えた。
『……何を言っている……あれをこちらに取り込むことは、お前が提案したことではないか』
 己の眉間を狙っている銃口におびえながらも六家の一人が必死にこう言ってくる。
『でなければ、お前達はルルーシュに危害を加えていただろう?』
 ルルーシュの安全を確保するための提案だった。しかし、そのためにナナリーを傷つけルルーシュの心に傷を付けたことは許せない。
 スザクは微笑みのまま、そう告げる。
『それは、ただの偶然の結果ではないのか?』
 第一、あの姫は……とさらに彼等は言葉を重ねようとした。しかし、それはいいわけでしかない。
『ルルーシュのことを調べていけば、ナナリーのことも当然付随してくる。あの二人はほとんど一緒だからな』
 と言うことは、彼女が病院に行く時間に関しても掴んでいたはずだ。それにもかかわらずあの行動に出たことは許せない。
『あちらも、そういっているからな』
 くすくすと笑いを漏らしながらさらに言葉を重ねる。
『クロヴィスを追いつめるだけなら許容範囲だったんだろうけどね』
 流石に、今度のことはやりすぎたのだ、と彼は言っていた。
 何よりも、あの二人が少しずつとはいえブリタニアに対して態度を軟化させつつあったことを無にしようとしたことは許せない。
 お互いの利害が一致したからこそ、彼等を切り捨てることが決定したのだ。
『もう、お前達と遊ぶことはやめるとおっしゃっていたよ』
 だから、さようならですよ。この一言とともにスザクは引き金を引いた。
 それを合図に、周囲で銃声があがる。
 顔見知りの者達が次々と倒れていく。その様子をスザクは冷たい瞳で見つめていた。放り出された人形のような神楽耶の姿にすら、何の感情もわいてこない。
 家族の情もしがらみも、あの日、己の手を父の血で染めた瞬間から切り捨てた。自分にとって大切なのは、ただ一つの存在だけだから。そう心の中で呟いたときだ。
『君って……実は恐かったんだねぇ』
 ロイドがため息混じりに声をかけてくる。
『人のことは言えないでしょう、ロイドさん』
 くすくすと笑いながら言葉を返せば、彼もまた同じような表情を作った。
『否定しないけどぉ……でも、内緒にされていたのは気に入らないなぁ』
 もっと早くに教えてくれれば、色々と根回しもできたのに、と彼は付け加える。
『それこそ、あの人に文句を言ってくださいね』
 自分は彼の指示に従っただけだ、とスザクは言い返す。
『確かにねぇ。あの人の性格の悪さは昔からかぁ』
 そうした方がいいだろうね、と笑うロイドも結局類友なのだろう。
『どちらにしても、うるさい連中を排除してルルーシュ様達の安全が確保できたからいいのかぁ』
 後始末は彼等に任せて戻らないとねぇ……と言うロイドにスザクは頷いた。
 もっとも、この後、ランスロットのエナジーフィラーが完全に尽きたあげく、途中でロイドがダウンをしてくれたおかげで自分が苦労したことは否定できないが。
 そこまで考えたときだ。ルルーシュが立ち上がるのがわかった。
 と言うことは、説明が終わったと言うことなのか。そう判断をして、スザクも意識を現実に戻す。
「ナナリーちゃん、どうだって?」
 にこやかな表情を作るとこう問いかけた。
「あぁ。明日には一般病棟に移動できるそうなんだが……」
 こう言いながら、彼は小さなため息を吐く。
「ルルーシュ?」
 嬉しいことのはずなのに、何故かルルーシュは苦虫を噛み潰したような表情を作っている。
「クロヴィス殿下が、自分と同じ病室にナナリーを移すように命じられたそうだ」
 自分たちのことは内緒ではなかったのか。ルルーシュの横顔がそう告げていることに気付いて、スザクは小さな笑いを漏らした。
「そうすれば、いつでも君達の顔が見られるからじゃない?」
 何よりも、クロヴィスの元であれば守ることもたやすい。それは彼だけではなくコーネリア達も同じではないか。スザクは小さな笑いを漏らしながらこう告げる。
「……そんなことはわかっている……」
 それに、ルルーシュは即座にこう言い返してきた。
「でも……俺たちは……」
 死んだことになっている人間だ、と彼は吐息だけで告げる。だから、自分たちの生存を知られるような行動は慎んでいたいのに、とも付け加えた。
「わかっていらっしゃると思うよ、殿下方も」
 それでも、失う恐怖の方が大きいのだろう。今度のようなことがあったから余計に、とスザクは言葉を返す。
「……取りあえず、俺としては今のままの生活が続けられればいいんだ……」
 ナナリーと静かに学校に通いながらこっそりとクロヴィスの手伝いをする。そして、彼やスザクの訪問を待っているだけで……とルルーシュははき出す。
「僕もいいの?」
「来ないつもりだったのか?」
 真顔でこう聞き返されて、慌てて首を横に振る。
「……心配かけたから、ダメって言われるかと思ったんだよ」
 そして、こう口にする。
「……次はないからな」
 ルルーシュはふいっと横を向きながらこんなセリフを漏らす。
「イエス、ユア・ハイネス」
 俺の唯一絶対。
 君の隣が自分のいる場所だから。
 スザクはルルーシュの隣を歩きながら、心の中でそう呟いていた。


 ひょっとして、許可を出したのがいけなかったのだろうか。
 二十四時間、ナナリーの側に付いていなくてもよくなったと言うことと、彼女がルルーシュが学校を休むことを言外に心配したと言うことで、クラブハウスに戻ってきている。そこに何故か、スザクが入り浸っているのだ。
 それに関しては別段文句はない。
 あるいは、自分の護衛という意味合いもあるのかもしれない、とそんなことも推測していた。
 しかし、とルルーシュはこっそりとため息を吐く。
 二人だけというのは失敗したかもしれない、そんなことも考えてしまう。
「ルルーシュ」
 自分が淹れた紅茶を飲み終わった彼が満面の笑みを向けてくる。
「何だ」
 この後に続く言葉は想像が付いていた。そして、それが今の自分にとっては一番問題だと言っていい。
「僕のこと、好き?」
 あれから臆面もなくスザクはこう問いかけてくるようになった。
「……嫌いじゃない」
 それに、ルルーシュはこう言い返す。
「嫌いな奴やどうでもいい奴を、自分のテリトリー内に入れる趣味は、俺にはない」
 さらにこう付け加えれば、スザクは微苦笑を浮かべる。
「ルルーシュにはまだ早かったかな」
 もう少ししたら、自覚してくれるかな……彼はいつものように口にした。
「スザク!」
「大好きだよ、ルルーシュ。それだけは忘れないでね」
 そして、いつものようにこの一言でルルーシュの反論を封じるのだ。
「と言うことで、病院に行こうか。ナナリーちゃん達が待っているよ」
 さらにこう付け加えられては何も言えない。
「わかった」
 言葉とともにルルーシュは脇に置いてあったバスケットへと手を伸ばす。しかし、それを先にスザクが持ち上げる。
「振り回すなよ」
 中身がぐちゃぐちゃになるのは困る、と付け加えれば、
「わかっているよ。僕だって楽しみだもん」
 こう言い返された。
 こんな風に、二人でたわいのない会話をしているのが楽しい。それだけではいけないのだろうか。あるいは、こうしているうちにスザクの言っている言葉の意味もわかるのかもしれない。
 ならば、その時までこうしていればいいのか。
「早く、ナナリーちゃんが退院できればいいね」
「そうだな」
 言葉とともにルルーシュは歩き出す。その隣にはスザクの姿が当然のようにある。
 その温もりが離れていくことがなければいい。そんなことをルルーシュは考えていた。



END



INDEXNEXT




07.09.14up