シュナイゼルとあのような会話を交わしたからだろうか。
 クロヴィスの脳裏にあの二人と再会したときの記憶がよみがえってくる。
「……それでも、私は間に合ったと思ってよいのだよね、ルルーシュ」
 思わずそう呟いてしまう。間に合ったからこそ、彼等は自分を信頼して、あれを預けてくれたのだろう。クロヴィスはナナリーから託されたバラの鉢植えを見つめながら心の中でそう付け加える。
「しかし、あの時、アッシュフォードが連絡をくれなければ……」
 たまたまそれを自分で受け取ったバトレーが自分に告げてくれなければどうなっていたのだろうか。そう考えて、クロヴィスは恐怖を感じてしまう。
「もう、あの時のような思いをするのは、ごめんだからね」
 全ての始まりとも言える日のことを思い出して、そう呟いてしまった。


 バトレーは以前、ルルーシュ達の母であったマリアンヌの上官であったことがあったらしい。だから、あの兄妹には、比較的同情的だった。
 何よりも、彼はクロヴィスがあの二人の存在を探すために行動していたと知っていた。
 だから、ミレイが必死に伝手を使って連絡をしてきたときに、握りつぶすことなく伝えてくれたのだろう。
「……アッシュフォード、というと、マリアンヌ様の後見だったあのアッシュフォード家の係累のものか?」
 バトレーの報告を耳にして、クロヴィスは即座にそう聞き返す。
「はい。確か、ルーベンの孫娘だったはずです」
 この言葉に、クロヴィスの脳裏にある面影が浮かんだ。
「そういえば、アリエス宮を訪ねたときに、ルルーシュと同年代らしい少女と会ったことがあったな」
 確か、その時、マリアンヌの元にルーベンがご機嫌伺いに来ていたようにも記憶している。と言うことは、あの少女がミレイ・アッシュフォードだったのかもしれない。
「アッシュフォードと言えば、殿下がこの地に総督として赴任されると前後してこの地に学園を設立する許可を得たと記憶しております」
 それも、ルルーシュとナナリーの二人を捜す目的のためだったのだろうか、とクロヴィスは考えてしまう。
「……ともかく、私に用がある……と言っていたのだな?」
「はい。内密にお会いしたいと。いかがなさいますか?」
 何なら自分が名代として会いに行くが、とバトレーは付け加える。
「いや、いい。いくら爵位を剥奪された家の令嬢とはいえ、まったく知らぬ者ではない。直接会うよ」
 心配なら、脇に控えていればいい……とバトレーに微笑みかけた。
「もっとも、その前にボディチェックはされるだろうが……女性に対しての礼儀を忘れないように、配慮も頼んでかまわないかな?」
 自分のことを心配してくれるのは嬉しいが、流石に、男性がやっては相手を傷つけかねない……とクロヴィスは続ける。
「わかっております。お任せくださいませ」
 あの方につながっている可能性がある以上、丁重に扱うよう指示を出しておく……とバトレーは頷いてみせた。
「軍にも女性兵はおりますからな」
 さらに付け加えられた言葉にクロヴィスは頷く。
「では、手配を頼むよ」
 どのような細い糸でもいい。それがあの二人につながっているかもしれないという可能性があるのであれば、自分はまだ絶望せずにすむ。それがクロヴィスの本音だった。
 しかし、自分はそればかりに関わっていられないことも事実。
 あまりに無能ぶりをさらしていては、いつこの地位を失うかわからないのだ。それでは、あの二人を探すことができなくなってしまう。
「かしこまりました。一両日中には、細かなスケジュールをご報告させて頂きます」
 バトレーのこの言葉に、クロヴィスは頷いてみせる。
「今度こそ……あの子達につながる手がかりが見つかってくれればいいが……」
 これは希望なのか。それとも、自分の願望なのか。判断できないまま、クロヴィスはこう呟いていた。


 それでも、仕事をしていてもそのことが頭を離れることはない。
 ナナリーの無邪気で可愛らしい様子はもちろん、妹を守ろうとしていたルルーシュの必死に大人になろうとしていた姿も、今でもはっきりと思い出せる。同時に、あのころの自分はどれほどおろかだったのか、とも思う。
 もし、あのころにもっと力を付けていれば、あの子達を守ってやれることができたのだろうか。
 自分の立場にあぐらをかいていたからこそ、自分は大切な存在を失ってしまったのだ。
 もし、あの子達に会うことができるのであれば、それをまず謝らなければいけない。そして、たとえ許してはもらえなくても、自分はあの子達を守るために今手にしている力を使おう。そして、もう二度と彼等を傷つけさせないのだ、と。
「……その前に、ミレイ・アッシュフォードの話を聞かないとね」
 過剰に期待していれば、裏切られたときが辛い。
 それでも期待を捨てきれないのは、きっと、アッシュフォードと彼等のつながりを覚えているからだろう。
「……ルルーシュ……ナナリー……私を恨んでいてもいい。だから、生きていてくれ」
 生きてさえいてくれれば、償うこともできるだろう。いつかは、彼等も自分を許してくれるかもしれない。その希望があるのであれば、どのようなことでもできる……とそう考えていた。――そのせいで、手が止まってしまっていたことは否定できない事実だが――
 もっとも、それほど長く待たなくてすんだ。
 次の晩には、バトレーが報告に来たのだ。
「本日の謁見の最後にミレイ・アッシュフォードがこちらに参る手はずになっております」
 その時には人払いもできるよう、全てを整えた……と彼は続けた。
「ずいぶんと早かったね」
 もう少し時間がかかるかと思ったのに、とクロヴィスは思う。
「緊急事態でしたので……ご報告が遅れましたが、私の一存で軍の一部を動かさせて頂いております」
 後はクロヴィスからの許可を貰えば、すぐに行動に移ることができる……と彼はさらに付け加える。
「何が起きているんだい?」
 おそらくあの子達――あるいはそのどちらか――が関わっている事柄だろうが、と思いながらもクロヴィスはそう問いかけた。
「それは……アッシュフォード令嬢からお聞きください」
 自分の主観が入った言葉よりは彼女の口から聞いた方がいいだろう。そう付け加える。
「ならば……最初にしてくれてもかまわないのだが……」
 こう口にしたところで、本日最初の予定が誰であったのかを思い出してしまった。
「あぁ……本国からの人間だったな」
 来なくてもよいものを、という言葉はあえて口にしない。そんなことを本人に聞かれれば、後で何を言われるのか、それこそわからないのだ。それで足を引っ張られては意味がない。
「大丈夫です。もし、不穏な動きがあれば即座に連絡が来ることになっております」
 その時には、クロヴィスの指示を待たずに行動することになるが……とバトレーは口にした。
「それに関してはかまわないよ。君があの子達を傷つけるはずがないからね」
 しかし、そのようなことを言われては余計に気にかかってしまうではないか。クロヴィスはそう思う。
「ただ、これだけは確認をさせておくれ。あの二人は、無事なのだね?」
 でなければ、執務に集中できないから……と付け加える。
「取りあえずは……ナナリーさまとは、私も言葉を交わさせて頂きましたので、独断で物事を進めさせて頂きました」
「……ルルーシュに、何かあったのだね」
 ナナリーは安全な場所にいるのだろう。それだけは安心材料と言っていいのだろうか。ナナリーの安全が確保されているのであれば、ルルーシュが無茶をすることはないだろう、とそう思うのだ。
 しかし、今度は別の問題がわき上がってくる。
「それでも、少なくとも命の保証だけはされておるか、と」
 つまり、それ以外は保証されていないと言うことか。
 ルルーシュは母であるマリアンヌにそっくりだった。おそらく、成長した今ではさらにその面影を色濃く映し出していることだろう。そうだとするならば、ある種の人間の支配欲を刺激することになるのではないか。そんな不安も覚える。
「わかった……あの子を、できるだけ無傷で助け出せ!」
「イエス、ユア・ハイネス」
 クロヴィスの言葉に、バトレーは即座に言葉を返してきた。


 彼がそう口にした以上、心配はいらない。むしろ、自分が下手に手を出す方が厄介な状況になるはずだ。それがわかっていても、どうしても心の中から不安が消えることはない。
「……いったい、どこのバカだ」
 このようなマネをしてくれたのは……とクロヴィスは心の中で呟く。
 おそらくイレヴンではないだろう。容姿からあの子供がブリタニア人であることははっきりとわかるのではないか。イレヴンがブリタニア人――皇族ではないとしても、だ――を傷つけるようなことをすればどうなるか。彼等も知っているだろう。
 何よりも《マリアンヌ》に反応するのは間違いなくブリタニア人――しかも貴族だ。
「バトレーならば、任せても心配いらないと思うが……」
 それでも、呟く。
「どうかなさいましたか? 殿下」
 それが側にいたものの耳に届いたのだろう。こう問いかけられた。
「あぁ、何でもないよ。で、次は誰だったかな?」
 早々に片づけて、ミレイ・アッシュフォードと話をしようか。そう思ったときだ。
「クロヴィス様、失礼をします!」
 ばたばたと、騎士の一人が飛び込んでくる。
「無礼だろう、キューエル卿」
 そんな彼の態度を側にいた別のものがたしなめた。
「申し訳ありません。バトレー将軍からの伝言を預かって参りましたので」
 大至急お伝えするように、との命令だったのだ……とキューエルは付け加える。
「バトレーから?」
「はい。動きがありましたので、出撃をすると。何でも『叩いたら埃が山ほど出てきたので、ご心配いりません』とお伝えせよ、とのことでありました」
 自分もすぐに後を追いかける予定だ……とキューエルは続けた。
「わかった。全て任せる、とバトレーには伝えるように」
 彼のことだ。ルルーシュのことを悟られないように気を配ってくれるはず。そう思って頷いてみせる。
「確かに、お伝えさせて頂きます」
 キューエルはこう口にすると、今度はクロヴィスの前でも礼を失しない――それでいて、できるだけ早く――仕草でこの場を後にした。
「……バトレー将軍が殿下の許可を得る前に動かれるとは……何があったのでしょうか」
 その背中を見送っていれば、こんな呟きが漏れる。
「不穏な噂を聞いたのでね。バトレーに調べさせていたのだよ」
 どうやら、テロリストと関係していたようだね……とわざとらしくため息をつく。
「まぁ、私が出る必要もないと判断したのだろう。それならば、謁見を続けた方がいいだろうね」
 次は誰だったかな、と問いかける。
「あぁ。次は文化大臣です。イレヴン達の収容する施設のことで、建築家達を連れてくると」
「あぁ、そうだったね。皇帝陛下や兄上方には笑われるが、イレヴンの古い美術品はそれなりにすばらしいものだからね。保存しておくべきだと思うのだよ、私は」
 ブリタニアやEUでもそれらからインスパイアされたものは多いのだ。だから、散逸しないようにするべきだろう……とクロヴィスは微笑む。
「立派なお志です、殿下」
 即座にこう言い返される。内心の不安を押し隠しながら、クロヴィスは鷹揚に頷いてみせた。




INDEXNEXT




07.04.19 up