ようやく、ミレイとの謁見の順番になった。
「相手は顔見知りだからね。警備は部屋の外でかまわないよ」
バトレーがいない以上、完全に遠ざけることはできない。だが、話の内容が聞こえない程度にはしておかないと、いろいろとまずいだろう。そう考えて、クロヴィスはこう命じる。
「殿下……ですが」
「マリアンヌさまとルルーシュ達の話をしたくてね。来てもらったのだ」
彼等の話をできるものは、他にいないからね……と告げれば、相手は痛ましげな表情を作った。どうやら、あの三人についての話は耳に挟んだことがあるようだ、とその表情から判断をする。
「かしこまりました。では、扉のところで控えさせて頂きます」
外ではなく中で……と言外に付け加える相手に、クロヴィスは鷹揚に頷いてみせた。その程度は妥協しないわけにはいかないだろうとわかっているのだ。
「そうしておくれ」
あぁ、バトレーからの報告があれば、すぐに報告をしてくれるように……とそうも付け加える。
「かしこまりました。それでは、アッシュフォード嬢を案内させて頂きます」
その言葉に、クロヴィスはしっかりと頷いてみせた。
やがて、ドアが開かれて一人の少女が現れる。まだ幼いと言える彼女だが、さすがは元侯爵家の令嬢と言える仕草で歩み寄ってきた。そして、クロヴィスの前で跪く。
「久しぶりだね、ミレイ。最後にあったのは……ルルーシュ達がまだ日本と呼ばれる前のこの地に送られる直前だったかな?」
そんな風に堅苦しくしなくていいよ……とことさら親しげな声をかけたのは、さらに彼女を近くに呼び寄せるためだ。
「そのように記憶しております。あの時は、私にまで親しくお声をかけて頂き、本当にありがとうございます」
返された言葉も見事だな、と思いながらクロヴィスは微笑みを浮かべる。
「少し遠いね。もう少し近くに来てくれないか?」
昔の恥ずかしい話はばらされたくないからね、とさりげなく付け加えながら、ミレイを手招いた。
「殿下」
よろしいのですか、とミレイが問いかけてくる。
「かまわないよ」
内緒話ができないだろう? と付け加えたところで、彼女は首を縦に振ってみせた。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
優雅な仕草で立ち上がると、クロヴィスの方へ数歩歩み寄ってくる。そこで立ち止まった彼女に向かって、クロヴィスは「もっと近くに」と促した。
そのようなことを何度か繰り返したところで、ようやく満足できる距離まで近づくことができる。
「……ナナリーは、無傷なのだね?」
それでも他のものに聞かれないよう、声を潜めて問いかけた。
「はい。ナナちゃん――ではなくて、ナナリー様は無傷でいらっしゃいます……」
バトレーから聞いてはいたが、やはり彼女の身近にいる存在から直に確認できれば安心できる。
「……ナナリーは、と言うことは、ルルーシュは違うと言うことかい?」
だが、すぐに彼女の言葉の裏に隠された意味を読み取ってさらに問いかけの言葉を重ねた。
「あの方は……ナナリー様と私を逃がすためにご自分がおとりになられました」
自分は、ナナリーを守るだけで精一杯だった……とミレイが悔しげに口にする。
「いや……正式に訓練を受けたものならばともかく、君は民間人だ。それに……君は確か、ルルーシュよりも一つ上なだけだろう?」
ナナリーを守ってくれただけでも十分だ……とクロヴィスは優しい微笑みを向けた。
「それに、あの子はあの子なりの考えがあったのだろう? 君のせいではない」
だから、気に病むことはないよ……と付け加える。
「もったいないお言葉でございます」
「君があの子達を守ってくれていたのだろう? ならば、当然のことだよ」
できれば、自分がその立場になりたかったのだ……とクロヴィスは心の中だけで付け加えた。しかし、彼等にしてみれば《ブリタニア》の名前そのものが嫌悪の対象なのかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「それよりも、どうしてそのような事になったのか、教えてもらえるかな?」
何の理由もなく、ルルーシュ達が狙われるはずがないだろう、と言外に付け加えた。
「ガニメデ、でございます。マリアンヌ様がお使いになっていた機体を――武装をはずした上でございますが――研究用と言うことで学園に運び込みました。お二人が母君を偲ぶよすがになれば、と思ってのことだったのでございますが、それを狙って押し込んできたものがいたのでございます」
自分たちは知らなかったのだが、最近、ナイトメアフレームを強奪している者達がいたのだ、とバトレーから聞いた。それと関連しているのかもしれない、ということで、彼が直接動いてくれたのだ、とも。
「……ナイトメアフレームを?」
それは聞き捨てならない、とクロヴィスは心の中で付け加える。言っては何だが、現在のブリタニアの繁栄の基盤は、ナイトメアフレームだ。その技術の一端でも中華連邦やEUに流出したらどうなるか。
「はい。しかも、その相手は……噂ですが、年端もいかない者達を陵辱するのが好きだという噂もありまして……」
だから余計にナナリーをその相手に手渡したくなかったのだろう……と彼女は続ける。
「まったく、あの子は……」
だからといって、自分を犠牲にしなくてもいいだろう。そうも思うのだ。
「いや、あの子らしいのか、な」
ナナリーを守りつつ、自分の手で全てを解決しようとする。その心意気もある程度は認めるが、やはりこの場合は無謀としか言いようがないのではないか。そんなことも考えてしまう。
「ルルちゃんは、本当に妙なところで頑固ですから」
それも、きっと、何かを警戒しているからだろう、とミレイもため息をつく。
「ナナちゃんのご飯も、全部ルルちゃんが作っているんですよ。確かにおいしいんですけど……でも、もう少し甘えてくれてもいいんじゃないかって、いつも思うんです」
ここまで一気に話したところで、ミレイは慌てたように口を押さえた。
「気にしなくていいよ。しかし……許してもらえるならあの子の手料理を、是非とも食べてみたいものだね」
その前に、彼を無事に助け出さなければいけないのだが……とそうも思う。
「……ナナリー様を味方に付けるのが一番の早道だと思います」
ミレイがそっと進言をしてくる。
「あぁ。そんなところも昔と変わっていないのだね、あの子は」
昔から、ナナリーの言葉にだけは逆らえなかったのだ、ルルーシュは。それは、ナナリーが体の自由を失ってからさらに強まったのだろう。そのことは簡単に想像が付く。
「あの方は……本質的にはまったく変わられておりません。ただ、それ以上にあの方が傷つくような状況に置かれていただけです」
その結果、自分の心を鎧で隠さなければならなかったのだ、とナナリーが言っていたのだ。ミレイはそうため息をつく。
「私もようやく微笑みかけて頂けるようになりました。それまでに、三年近い時がかかりましたが」
クロヴィスはもう少し早く微笑んでもらえるかもしれない、と彼女はそう付け加えた。
「そうであって欲しいと思うよ、私も」
もし、そうでなくてもひたすら押しかけるだけだ。昔は、それでルルーシュが根負けをしてチェスの相手をしてくれるようになったのだし……とそんなことも思い出す。
「どちらにしても、私はあの子をもう二度と傷つけさせるつもりはないがね」
きっぱりと言いきった彼に、ミレイがほっとしたような表情とともに頷いてみせた。
ルルーシュを保護したと、バトレーから連絡があったのは、それから五時間後のことだった。
クロヴィスが内密に、ルルーシュが収容されている病院へと足を運ぶことができたのは、それからさらに一時間ほど経ってからのことである。
彼がそっと病院内へ足を踏み入れると、そこにはミレイが待っていた。
「こちらでございます。偽名で、病室を確保しておりますので……」
流石に、ルルーシュの本来の身分がばれるとまずいから……と告げる彼女に、クロヴィスは頷いてみせる。
「わかっているよ。あの子達が望まない以上、私だけの胸にとどめておくよ」
二人の生存は……と言い切った。その方が、彼等も安心してこの地で過ごせるだろう。そう考えたのだ。
「ありがとうございます」
言葉とともにミレイが歩き出した。その後をクロヴィスは付いていく。やがて、一般病棟ではない棟へと彼等は進んでいった。
「ナナちゃんが顔を出しておりますので……人が少ない方がいいだろうと」
それにこちらの方が学校から近いのだと彼女は付け加える。
「ナナリーも来やすいと?」
「はい。それに、ナナちゃんがいないと、ルルちゃんが大人しくしていてくれませんから」
すぐに病室を抜け出そうとするのだ……と言う言葉に、クロヴィスは小さなため息をつく。
「あの子も困ったものだね」
それとも、まだ自分とナナリー以外の者達が信用できないでいるのか。
間違いなく、それは父の判断とそれを止められなかった自分たちの責任だろう。それをいったいどうすれば償えるのか。考えてもわからないことは知っている。だから、もう直球勝負でぶつかっていくしかないのではないか。
そう考えた瞬間だ。
「ここです、殿下」
ミレイが足を止める。そして、一つのドアを指し示した。
「……そうか……」
実際に会えるとわかると、恐くなってしまうのはどうしてなのか。だからといって、今度は逃げ出すわけにはいかない。そんなことをすれば、今度こそ本当にあの子達を失ってしまうだろう。
「先手必勝、という言葉があったな、そういえば」
ルルーシュに何かを言われる前に、まずはあの子を抱きしめてしまおうか。そのまま謝り倒そう。クロヴィスはそう考える。
「ルルちゃん、ナナちゃん。お客様を案内してきたわよ」
言葉とともにミレイが病室内に足を踏み入れた。
「ルルーシュ! 無事でよかった!!」
彼女を追い越すと、クロヴィスはベッドの上で体を起こしているルルーシュへと突進をする。
「クロヴィス、兄上ぇ?」
そして、そのまましっかりと彼の体を抱きしめた。
「すまなかった、ルルーシュ! 力がなかった私を許しておくれ。でも、もう二度と誰にもお前達を傷つけさせないから。そのために、私はこの国の総督になったのだからね」
ナナリーももちろん、ルルーシュも幸せにしてみせるよ……と言葉を続けるクロヴィスの腕の中で、ルルーシュは呆然としている。
「クロヴィスお兄様? 本当に?」
ナナリーが確認するように言葉を口にした。そんな彼女の車いすを押して、ミレイが歩み寄ってくる。
「そうだよ、ナナリー。ずっと探していたんだ」
その彼女の行為に視線だけで礼を告げると、そっと彼女の頬に手を添えた。そうすれば、小さな手がクロヴィスのそれを包み込んでくる。
「……今更……何をしにきたんだ!」
ようやく我に返ったルルーシュがこう叫ぶ。
「お兄様……照れていらっしゃいますの?」
しかし、この一言でナナリーは彼の言葉を封じる。やはり、この中で最強なのはこの異母妹なのかもしれない、と改めて認識をするクロヴィスだった。
「あの後、しばらくルルーシュには近寄ってもらえなかったんだよね。抱きしめるにも、不意を突かなければいけなくて……それはそれで楽しかったが」
だが、元々は比較的親しく付き合っていたからだろうか――それともナナリーのおかげか――次第にうち解けてくれた。そして、今は自分の手助けをしてくれるまでになったのだ。
あの時、ルルーシュの反応を待たずに行動を起こしてよかった……と今でも思う。
「さて……明日は時間が取れるはずだから……マリアンヌ様の所にご挨拶に行かなければね」
彼等との約束もあるし、とクロヴィスは幸せそうに微笑んだ。
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07.04.21 up
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