「ルルーシュ、大丈夫?」
爆発の衝撃で鼓膜がおかしくなっているらしい。耳鳴りが酷い。その中にまぎれるようにこう問いかけられる。
「だ、れだ……お前は……」
相手は自分を知っているらしい。だがルルーシュの脳裏に目の前の人物と該当するような相手は思い浮かばないのだ。
「僕だよ、ルルーシュ」
親しげに名前を呼ばれる。
「……顔も見えないのに、わかるか!」
そんな相手の態度が妙にしゃくにさわった。だから、ついついこう怒鳴りつけてしまう。
「顔? あぁ、そうか」
忘れていたよ……と言いながら、彼はヘルメットを取る。そうすれば、確かに見覚えがある容貌がその下から現れた。
「スザク?」
だが、ルルーシュにはすぐに信じることができない。
彼がここにいるはずがない。少なくとも、彼の立場であれば、それが認められるはずがないのではないか。そういう認識がルルーシュにはあったのだ。
「そうだよ、ルルーシュ」
僕だよ、とスザクは無邪気とも言える微笑みを浮かべてルルーシュを見つめてくる。
「よかった。ずっと、探していたんだ」
そして、ルルーシュの頬にそうっと触れてきた。それは、彼の存在が夢ではないのかと確認しているようでもある。
「俺も、だ。あんなわかれ方をしたからな」
言葉とともにルルーシュは微笑みを返す。
「だが、いいのか? ここでする話じゃないだろう?」
状況的に、と口に出せば、ようやくスザクも今自分たちが置かれている状況を思い出したらしい。
「……そうだったね。ルルーシュに会えて凄く嬉しかったから……」
そういいながら自分を見つめてくる彼に、ルルーシュは違和感を感じてしまう。記憶の中の彼はもっと《俺様》な性格だったように思うのだ。しかし、今の彼は違う。
もっとも、あの性格のままではここでこうしてなんていられないのだろう、と言うこともわかってはいた。だが、それが逆に彼がどのような立場におかれていたのかを教えてくれる。アッシュフォードだけではなくクロヴィスにも守られてきた自分たちは、彼に比べて幸せだったのではないだろうか。そんなことまで考えてしまう。
「今、どこにいるの?」
そのせいだろうか。スザクのこの問いかけにあっさりと言葉を返してしまったのは。
「アッシュフォード学園だ。あそこの理事長は母上の知り合いだからな」
その縁で、ナナリーと一緒に面倒を見て貰っている。何のためらいもなくそう告げた。
「アッシュフォード学園、だね。名門だ」
「スザク?」
何か含むものがあるのだろうか。そう思って、ルルーシュは彼の顔を見つめる。だが、スザクは先ほどと同じ笑みを浮かべているだけだ。
「クルルギ一等兵!」
しかも、ルルーシュが自分の疑問を解消しようと口を開く前に、隊長らしき男の声が割り込んできた。
「何をしてる!」
しかも、この男は間違いなく《純血派》なのだろう。言動の端々にスザクに対する嫌悪感が感じられた。それが、ルルーシュには気に入らない。だからといって、どうすることもできないのだろうが。
「顔見知りのものだったので、声をかけさせて貰った。いけなかったのか?」
作戦は成功して、ここは取りあえず安全になったのだろう? とルルーシュは相手に向かってこう問いかける。
「……貴様……」
民間人が取るべきではない行動だ、というのはわかっていた。しかし、それ以上に相手の態度が気に入らないという感情の方が強かったのだ。だから、殴られるくらいは覚悟の上だったと言っていい。
「ダメだよ、ルルーシュ」
しかし、そんなルルーシュをスザクが止める。やはり、自分の記憶の中にいる彼とは微妙に性格が異なっているような気がしてならない。
「すみません……どうやら、彼はストレスで気が立っているようで……」
知り合いなのは事実です、とスザクはそんなルルーシュを背中にかばいながら隊長に告げている。
「……確かに、長時間拘束されていたところで、顔見知りに会えば、おかしな行動を取ってもおかしくはないか」
それで納得をしてくれたのだろうか。それとも、後で何かをするつもりなのか。
どちらにしてもバトレーに相談をしておいた方がいいだろうな。そう考える。
「ならば、クルルギ一等兵。貴様がそいつを連れて行け。外に医師がいる。ケガはなくともカウンセリングが必要になるかもしれないからな」
一応、診察をしてもらえ……と口にすると、ルルーシュに対する興味を失ったというそぶりで視線をそらす。
「生き残っているものは、取りあえず死ななければいい。口さえ聞ければ、尋問は可能だからな」
そして、他の者達に向かってこう命じている。そんな彼等とは別に、人質だった者達を案内していく兵士達も確認できた。
「ルルーシュ、行こう?」
あまり、あんな光景は見ない方がいいよ……とスザクがさりげなくルルーシュの視界を自分の体で遮る。
「そうだな」
確かにただの《一般人》が平然と眺めるような光景ではない。それに、ここにいたくないというのは本音だ。だから、素直にスザクの言葉に頷いてみせる。
「大丈夫。君は僕が守るから」
きっぱりとした口調で、スザクはこう言い切った。
「俺は、そんなに弱くないぞ」
「わかっているけど……でも、僕は軍人だから」
だから、ルルーシュを守るのは自分の義務だ。そういって、彼はまた笑みを口元に浮かべる。そのままルルーシュの腕を取ると、スザクは歩き出した。
バトレーからその報告を受けたのは、クロヴィスがエリア11に戻ってからのことだった。
「……ルルーシュは?」
何故、即座に知らせなかった……とか、他に言うべき言葉があるだろう。そうはわかっていても、真っ先に口からでたのはこのセリフだった。
「ご無事でございます。傷一つ付けずにお助け致しましたから、ご安心くださいませ」
何よりも、彼の行動があったからこそ、人々は冷静さを失わずにすんだらしい。保護された他の民間人達がそういっていた……とバトレーは報告をしてくる。
「そうか……あの子は、皇族としての自分を否定していても、皇族として身につけた矜持までは捨ててはいないのだな」
それがルルーシュにとって幸せなのかどうかはわからないが……とクロヴィスはかすかに眉を寄せた。
「殿下」
「もっとも、私たちがきちんと守ってやればいいことだな」
二度とこのような状況に彼が巻き込まれないように、と口にすれば、バトレーも頷いてみせる。
「もちろんでございます、殿下。それに、あの者達がこのような愚行に走ったのは、ルルーシュ様の政策が関係しているようでございます」
「バトレー?」
それはどういう事なのか、とクロヴィスは彼に問いかける。
「あの方のご指示に従って、ナンバーズ達へのライフラインを充実させております。特に、医療関係はナンバーズでもさほど金額的負担をせずに治療が受けられるように整えさせました」
他にも、クロヴィスがこの地の伝統産業に関しては奨励とはいかなくても認めていることで、その担い手が増えていること。そして、教育の場も充実させている、と言った点でイレヴン達の気持ちも次第にクロヴィスに集まりつつある。
その反面、テロリスト達への支持が集まらなくなっているようなのだ。
バトレーはそう説明をした。
「それで、自暴自棄になったのか」
「おそらくは、そうだと思われます」
肝心の指揮官が既に死亡している以上、確認できないのだ……と彼は口にする。しかし、その可能性が大きいだろうと付け加えた。
「と言うことは……あの場に、あの子がいたと知られていたらどうなったのか」
かなりまずい状況だったのではないか、と改めて認識させられる。
あの者達がルルーシュを傷つけていたとしたならば、自分はどうしていただろうか。おそらく、今までのようにイレヴン達に寛容ではいられなかっただろう。
そう考えれば、彼等にとってもルルーシュが無事だという事実は幸いだったのかもしれない。そんなことを考えていたときである。
「……それと、もう一つご報告があります」
バトレーがこう告げた。
「枢木スザクの居場所が判明致しました」
この言葉に、クロヴィスは複雑な表情を作る。
「どこにいたのかい?」
何故、この時なのか。そう思わずにはいられなかったのだ。
「灯台下暗し……と言うのでしょうか。軍に、おりました」
今回の作戦に参加していたのだ、と彼は続ける。
「……どのような評判なのかな?」
軍の中では、とそう問いかけた。
名誉ブリタニア人として軍に所属している以上、かなりの差別を受けているはずだ。それでもある一定以上の評価を受けているのであれば、それは心配いらないという証拠だろうとは思う。
しかし、それでも安心できないような気がするのだ。
「現状では、取りあえず悪くはないようです」
もうしばらく、監視させるつもりではあるが……とバトレーは付け加える。
「ただ、ルルーシュ様は既にあの男が軍にいるとお知りになってしまいました故に、下手に手出しはできないかと」
「そうだね。できれば、ルルーシュに知られる前に私が確認をしたかったのだが、しかたがあるまい」
ルルーシュを傷つけないのであれば、妥協するしかないだろう。それでも……とそう思う。
「取りあえず、明日、あの子の顔を見に行く時間を作ってくれないかな? 無事を確認したい」
幸い、口実もあるからね……とクロヴィスは告げる。
「殿下……」
「君のことだから、嘘はついていない……と思うけど、やはり、この目で無事を確認したいのだよ。でなければ、執務に身が入らないと思うんだ」
ダメかな? と彼を見つめれば、しかたがないというようにため息をつく。
「明日の夜に、何とかお時間を作らせて頂きます。平日ですので、お二方とも、学校がおありですし……」
「あぁ、そうだったね。ならば、それで我慢をするよ」
取りあえず、無事であればそれでいい。そう思って、クロヴィスは静かに頷いてみせた。
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07.04.28 up
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