薄暗い一室で、額を付き合わせながら誰もがため息をつく。
「本当に困ったものだ」
 あのような行動を取ってしまえば、余計に民間人達の反感を買うだけだろうに……と誰かが口にする。
「だが、全てブリキ野郎だったはずだが?」
 即座に、それに反論をする声が上がった。
「だが、そのせいで現在、彼等に与えられている医療や教育の機会を奪われるとなればどうだ? その二つだけでも、かつてのそれと遜色がないどころか、経済的負担がないという点ではさらに上だ」
 悔しいが、それをありがたいと思っているものも多い……と別の声が告げる。
「では、あきらめろと?」
 その言葉に、忌々しそうに告げる声があった。
「いや、それは違う。要するに、連中の頭を我々の都合のいい相手にすり替えてしまえばいいだろう、ということだ」
 最近、民間人に関してはかなり優遇されている。それはどうしてなのかを調べるべきだろう。そして、その理由がこちらにとって都合がいいものであれば、それを取り込んでしまえばいい。
「違うか?」
 その言葉に、誰もが言葉を失う。だが、すぐに何かを検討するような囁きが聞こえてきた。
「そんなことが、可能なのか?」
 言外に、自分たちに協力をするような皇族はいないだろうと付け加えてくる。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 一つの名前が呟くように口にされた。
「そのものは、あの時に死んだはずだ!」
「いや、生きていた」
 そういいながら、手元のリモコンを操作する。そうすれば、あの事件のニュース映像がモニターに現れた。
「それがどうかしたのか?」
 不審そうな表情を見せる周囲の者達にかまわずに、さらにリモコンを操作して画面の一角をクローズアップしていく。その操作が終わった瞬間、誰もが息を飲んだ。
「……マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア……」
 誰の口から出た呟きだろう。しかし、それを確かめようとする者は誰もいなかった。
「なるほど……確かに、それはあの子供かもしれないな」
 そうでなくても、あの亡くなった后妃にここまでそっくりな容姿をしているのであれば、十分にごまかすことが可能だろう。そう考えているものも多いのではないか。
「だが、どうやって協力をさせる?」
「その前に、現状を調べる方が先だろう?」
「そうだな。それを調べているうちに何かが見つかるかもしれない」
 なければなかったで、作ればいいのか。
 そういう目の前の者達に、彼は微かに眉をしかめる。だが、それに気づいたものは誰もいなかった。


「ルルーシュ!」
 言葉とともに大きな体が飛び込んでくる。しかも、その目尻に何やら光るものが見えたような気がするのは、自分の錯覚か?
 だが、ルルーシュがそれを確認する前に彼の体はしっかりと乱入者に抱きしめられていた。
「無事でよかった……報告を受けたときは、本当に心臓が止まるかと思ったよ」
 そのまますりすりと頬をすり寄せられてしまう。
「……クロヴィス兄上……」
 どうして彼がここにいるのか……と言うのはあえて問いかけなくてもわかっていた。しかし、問題なのは時間だ。この時間にこの場にいると言うことは、いったいどれだけ無理を言ってきたのだろうか。
「もう二度と、君達を危険にさらさない……そう約束したのに……」
 安全なはずのトウキョウ租界で、まさかルルーシュを危険な目に遭わせてしまったなんて……と彼はルルーシュの耳元ではき出す。どうやら、本気でルルーシュが人質になってしまったという事実に衝撃を受けているらしい。
「でも……バトレー将軍をはじめとしたみなが、助けてくれました」
 だから、クロヴィスがそんなに気に病む必要はないのだ。ルルーシュは自分をしっかりと抱きしめている異母兄に向かってこう囁いた。それだけではなく、そっとその背も抱きしめる。
「そういってくれるのは嬉しいよ、ルルーシュ。でも、それではいけないのだ」
 自分は総督だから……とクロヴィスはルルーシュを抱きしめる腕に力をこめた。
「それでも、私は自分が無力だと知っているからね……取りあえず、君とナナリー。そして君達の大切な者達だけは確実に守ってやろうとそう考えていたのだよ」
 だが、現実は未だにテロリストを完全に排除できない。それどころか、ある意味自分のお膝元といえる場所でこんな事件を起こし、民間人を巻き込んでしまった。その事実が、自分にとっては悔しいのだ……と告げる彼は、間違いなくこのエリアの総督としてふさわしいのではないか。ただ、彼自身の力は決して満足できるものではない。しかし、そんな彼を支える者達が多ければ、そんなものはどうにでもなるのではないか。ルルーシュはそう思う。
「でも、俺はこうして生きていますよ、兄上」
 だから、そんなに自分を責めないで欲しい……とルルーシュは付け加える。
「ルルーシュ」
 クロヴィスがそっとルルーシュの顔をのぞき込んできた。そんな彼に向かって、ルルーシュは微笑みを口元に浮かべる。
「兄上がバトレー将軍に頼んでいってくださったのでしょう? だから、俺はきっと大丈夫だと思っていました」
 信じていたからこそ、冷静さを保っていられたのだ。一言一言がはっきりと伝わるようにゆっくりと言葉を口にした。
「それに、偶然とはいえ、嬉しい事実もありましたから」
 こうも付け加えれば、クロヴィスは何故か複雑そうな表情を作る。もっとも、それはすぐに消えたが。
「兄上?」
 それがどうしても気にかかる。
「いや……君達が彼を捜していたのは知っていたが……できれば、もっと違う状況で再会して欲しかったな、と思ったのだよ」
 どうして、ルルーシュにとって再会は事件とセットなのだろうか。そう考えてしまったのだ、とクロヴィスはそう付け加えた。
「私との再会もそうだっただろう?」
 自分としては、ルルーシュ達に再会できてとても嬉しかったが、できれば、あのような状況ではなく自分から甘えに来てくれればよかったのに。そう思うのだよ、と彼は続ける。
「それでも、会えたことが嬉しいです。きっとあのことがなければ……俺は、兄上に対して意地を張り続けていたでしょうから」
 それどころか彼等を恨み続けていたかもしれない。そうも付け加えた。
 もちろん、今でもブリタニア――特に父――に対する恨みは残っている。それでも、クロヴィスに対しては家族として普通に接することができるようになった。それは間違いなく、彼が根気強く自分たちに好意を示してくれたからだろう。
 それがなければ、ナナリーとミレイ以外の誰も信用できなくなっていたかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「ルルーシュ……」
 可愛い、とクロヴィスはまたルルーシュの体をきつく抱きしめてくる。
「兄上、苦しいです」
 そんな彼に向かって、ルルーシュは控えめな抗議を口にした。もちろん、そんな言葉が彼の耳に届くはずがないのだが。
「しかたがないだろう。ルルーシュが可愛いんだから」
 可愛くない兄弟達の間で気を張ってきたのだから、少しぐらい、癒しをくれてもいいだろう。彼はそうも付け加える。
「ならば、ナナリーも呼びますから。一度放して頂けませんか?」
 その方がクロヴィスには嬉しいのではないか、とルルーシュは問いかけた。
「そうだねぇ。ナナリーもいてくれると、嬉しいかな?」
 あの子の微笑みは、間違いなく心をいやしてくれるから……とクロヴィスも頷いてみせる。
「では、この前の休みに焼いたケーキもお出ししましょう。ちょうど味がなじんだ頃合いでしょうから」
 もっとも、自分の手作りだからクロヴィスの口に合うかどうかはわからないが……とさりげなく付け加えた。
「ルルーシュの手作り?」
 そんなものまで作れるのかい、とクロヴィスは目を丸くしている。
「……昔は、いろいろとありましたから……」
 特にブリタニアにいた頃は……というセリフをルルーシュはあえて言葉にしない。そんなことをすれば、目の前の優しい異母兄がまた表情を曇らせるだろう事は簡単に想像がついたのだ。
「母上がよく作ってくださったので……見よう見まねです」
 ナナリーが大きくなってからは、よく手伝っていたし……ともルルーシュは付け加えた。
「そうか」
 しかし、クロヴィスにはそれだけでルルーシュが飲み込んだ言葉の存在が伝わってしまったらしい。彼は少しだけ悲しげに眉を寄せた。だが、すぐに笑みを作る。
「では、喜んで相伴させて貰おう。もちろん、お茶もルルーシュが淹れてくれるんだよね?」
 そして、彼はこう口にした。
「もちろんですよ。もっとも、兄上が淹れてくださるというのであれば、反対はしませんが」
「……ルルーシュ。それがどのような結果になるかわかっていて言っているのだよね?」
 飲めないものができあがるかもしれないよ? と口にしながら、彼はルルーシュの体を腕の中から解放してくれ。
「その時は、ナナリーの分だけは俺が用意をしますよ」
 自分はきちんとクロヴィスに付き合うから……とルルーシュは笑い返す。
「それは嬉しいよ、ルルーシュ」
 でも、やはりルルーシュが淹れてくれる方が嬉しいな……とクロヴィスはさりげなく口にした。
「わかりました。その代わり、俺のお願いも聞いて頂けますか?」
 にっこりと微笑みながら、ルルーシュは言い返す。
「もちろんだよ、ルルーシュ。君のお願いなら、叶えて上げられることならばいくらでも叶えてあげるよ」
 だから、話してごらん……とクロヴィスは微笑む。
「ナナリーには、俺が人質になっていたことは話さないでください。俺も……教えていませんから」
 ただ、スザクにあったから少し話し込んでいて遅くなったのだ……とただそれだけを彼女には告げてあるのだ、と静かな声で付け加える。
「……ミレイにも咲世子さんにも、それは頼んであります。ですから、兄上も話を合わせてくださいますか?」
 ナナリーにだけは不安を与えたくないのだ。言外にそう付け加える。
「本当に君は……」
 そんな彼に向かって、クロヴィスは小さなため息をついた。
「もう少しワガママになってもいいのだよ、ルルーシュ」
 そして、今までにもう何度も聞いた覚えがある言葉を彼ははき出す。
「……でなければ、もう少し自分を優先しなさい」
 そのフォローなら、いくらでもしてあげるから。そう口にする彼にルルーシュは少しだけ困ったような笑みを返した。


 おそらく、全てはナナリーを守るためだったのだろう。
 それ以前は、あの誰よりも美しくて、強く優しい女性が子供達を守るために行っていたに決まっている。
 そう。
 自分の母をはじめとする者達の悪意から愛する者達を守ろうとするために、だ。
 しかし、今はそんな彼等を黙ってみているしかできなかった頃とは違う。今であれば、どのような無理を通してでも彼等を守れるだけの力を自分は手に入れているのだ。
「兄上。どのくらいお切りしましょうか?」
 そんなことを考えていれば、ルルーシュの問いかけが耳に届いた。
「そうだね。少し多めに切ってくれるかな?」
 ルルーシュの手作りなら、しっかりと堪能しなければいけないだろうし、と口にすれば、何故かルルーシュは嫌そうな表情を作った。
「お兄様が作られたケーキは、本当においしいですわよ、クロヴィスお兄様」
 しかし、そんな空気を吹き飛ばすかのようにナナリーが言葉を口にする。それだけでルルーシュの表情が明るくなったのを見れば、流石だとしか言いようがないだろう。
「それは楽しみだね。ナナリーはよく食べているのかな?」
「いえ。お忙しいのか、なかなか作ってくださいませんの」
 でも、自分だけではなくクロヴィスが頼めば、もっと作ってくれるのではないか……とナナリーは期待に満ちた表情をルルーシュに向けた。どうせだからと、クロヴィスもそれに便乗をする。自分一人であれば、間違いなくルルーシュから罵詈雑言が飛んでくるような言動でも、ナナリーが一緒であれば安全だとわかっているのだ。
「……兄上が、三日前ぐらいに連絡を入れてくださるのでしたら、善処します」
 しかたがないと言うかのようにため息をつきながら、ルルーシュはこう告げる。
「嬉しいよ、ルルーシュ。あぁ、二人へのおみやげは、咲世子さんに渡しておいたからね。後で確認してくれないかな?」
 ラッピングを解かずに持ってきたのでね……と微笑みながらも、それを忘れずに持たせてくれたバトレーには後で感謝の言葉を言わなければ……とそう思う。
「ありがとうございます、クロヴィスお兄様」
 ナナリーが嬉しそうにこう言ってくる。
「約束をしたからね。あぁ、ルルーシュ。もしよければ、バトレーにもそれを食べさせてやりたいのだが……かまわないかな?」
 これならば、彼も感激しするだろうし、ルルーシュも感謝の気持ちを伝えられるのではないか。そう思ったのだ。
「あぁ、そうですね。では、後で何かに詰めましょう」
 どうやら、クロヴィスの意図が彼にも伝わったらしい。小さな微笑みとともに頷いてみせる。
「それと、枢木のことは任せておきなさい」
 バトレーと相談をして、悪いようにはしない。こう告げれば、ルルーシュの笑みが深まった。自分ではなく他のものの名前で彼がそんな表情を浮かべたのは気に入らない。それでも、彼が喜ぶのであればいか。そう思うことにした。




INDEXNEXT




07.05.05 up