ペーパー小話
星の降る丘に
「ルルーシュ!」
言葉とともにスザクが飛び込んでくる。その手には懐中電灯が握られていた。
そんな彼の様子にルルーシュは少しだけ眉根を寄せる。そして、書類をめくる手を止めて彼を見つめた。
「何だ? こんな時間に」
彼の顔を見つめるとルルーシュはため息とともに聞き返す。
「ちょっと来て!」
だが、スザクはそれに答えを与えてはくれない。それどころか、大股に歩み寄ってくると、脇の下に手を入れて強引にルルーシュを立ち上がらせる。
その瞬間、ルルーシュの指先が書類の山へと触れた。
「スザク! 書類!!」
当然のように机の上からこぼれ落ちるそれに、ルルーシュは反射的に怒鳴り声を上げる。
しかし、それでひるむ彼ではない。
「後で手伝うから」
それにスザクはこう言い返してくる。
「早く。でないと見逃すよ?」
そのまま彼はルルーシュの手を引いて歩き出した。ベランダから庭へと進んでいく
「だから、何をだ!」
ちゃんと説明しろ、とそんな彼に引きずられなからルルーシュは叫ぶ。
その瞬間、スザクの動きが止まった。そのまま彼は振り向くとまっすぐにルルーシュの瞳をのぞき込んでくる。
「……やっぱり忘れてる」
少し非難を込めた声音でスザクはこう呟く。
「スザク?」
自分が何を忘れているというのか。それを思い出そうとしたせいだろう。ただでさえおぼつかない足取りがさらに不安なものになってしまった。
きちんと手入れをされている芝生の上で何かに躓いてしまう。
「危ないよ」
そんな彼のバランスを崩した体をスザクが抱き留めてくれる。だけではなく、そのまま横抱きに抱え上げられた。いわゆる、お姫様抱っこという奴だ。
「スザク! 下ろせ」
女性扱いされているわけではないとわかっていても、流石にこれは恥ずかしい。
「大丈夫。落とさないから」
それに関しては心配していない。問題なのは、この光景を他の誰かに見られないかどうか、と言うことだ。
だが、スザクもその当たりのことは考えていたらしい。普通ならば考えられないルートを通って離宮の外へ出る。
こいつは人間だったよな、とルルーシュは心の中だけで呟いた。アーサーならば今のルートでも驚かないが、と付け加える。
しかし、スザクだからな。体力で解決できることならば、何をしでかしてもおかしくないのかもしれない。
それでも、何をしようとしているのかきちんと説明して欲しい欲しいと思うのはわがままなのか。そして、自分が何を忘れているのかも、だ。
その気持ちが伝わったのだろうか。
「もう少しだから」
不意にスザクがこう言ってくる。
そう言われて、初めて周囲の様子を確認した。
そうすれば、ここがアリエスの離宮から近い丘だとわかる。だが、普通は馬で通う距離ではないのか、と呆然としてしまう。自分が全力疾走してもこの時間でここにたどり着くことはない。
「……この体力バカが……」
それをいったい何分でたどり着いたというのか。
しかし、考えてみればアリエスにはスザクに負けない体力の持ち主がもう一人――いや、二人かもしれない――いる。そう考えれば自分の方がおかしいのかもしれない。
そんなことを考え始めたルルーシュの意識を振動が引き戻した。
「ほら、あそこ!」
そう言いながら彼が指さしたところには、小さな明かりがともされている。そして、そのそばにあるのは記憶の中にあるものとよく似た天体望遠鏡だ。
それを見た瞬間、七年前のことを思い出す。
自分達がまだ日本にいた頃、彗星が観測できる時があった。その報道を耳にして、二人で枢木邸を抜け出して近くの丘まで行った記憶がある。
もっとも、すぐに気づかれて連れ戻されてしまったが。
それでも、あの日見た手が届きそうな星空を忘れてはいない。
お説教ついでにあの彗星は、七年に一度接近してくると聞いた。
『次の時も、一緒に見よう』
自分がそう言ったのだ。
いくら何でも、その時には怒られるはずがない。
だから、二人だけで星空を独占しようとも言った記憶がある。
「……また、あの彗星がやってきたのか」
ルルーシュはそう口の中で呟く。
「やっと思い出してくれた?」
スザクがそう言って笑う。
「ついでにあのときの答えも聞かせてね」
そう付け加えられて、自然と頬が熱くなる。
先にそちらを言ってくれればすぐに思い出せたのに、と言うのは間違いなく八つ当たりだろう。
しかし、その答えは既に与えていたはずだ。
「……言わなくてもわかっているだろう?」
視線をそらしながらこう言い返す。
「でも、聞きたい」
ルルーシュの体をそっと地面に下ろしながら彼はそう告げる。それだけではなく、耳元で「ルルーシュの声で」と彼は付け加えてくれた。それがどのような時にささやかれる声なのか思い出しただけで体が歩くなる。
「このバカ」
仕方がない、と口にすると同時に、ルルーシュは彼の唇に直接答えを伝えた。
彼らが彗星を観測できたかどうか。それは誰も知らない。