04


 ここではまだあいつのいる城が近い。いつ見つかるかわかったものではないだろう。
「……少しでも遠くに離れたいな」
 僕は周囲を見回しつつこうつぶやく。
「確かに。ここではすぐに追っ手に見つかりそうだ」
 地面に枝で何かを描きながら輔が言葉を返してきた。
「輔?」
「ちょっと待ってろ。俺のとっておきを使うから」
 地面から視線をそらすことなく彼は図形を書き続ける。それはよく見れば精緻なレースのようにも見えた。
「でも……追いかけてきたら……」
「大丈夫。俺に任せておけ」
 やたらと自信満々にそう言う彼に僕は納得できないもののうなずいてみせる。
 それから五分ぐらいたったときだ。
「まぁ、こんなもんかな」
 彼はそう言って体を伸ばす。
「と言うことで、水希。遠くに逃げようぜ」
「逃げようって……」
「大丈夫。俺に任せておけって」
 ほら、と彼は僕を手招く。意味がわからないまま、僕は彼の隣へと進んだ。
 次の瞬間である。
「転移」
 彼の言葉とともに僕たちの視界は光に包まれた。
 後に残されたのは地面で光っている図形だ。だが、それも次第に光を失い、消えていく。次の瞬間、風にかき消された。

 目を開ければ、そこは森の中だった。しかし、いったい自分達がどこにいるのかがわからない。
「……ここは……」
 どこ? とつぶやいた。
「北西に100キロぐらい離れたところ」
 さらりととんでもないことを言われたような気がする。同時に覚えている地図を頭の中に思い描いた。
「国境が近いのかな?」
 ぽつりとそうつぶやく。
「水希?」
「今ならまだ、手配が届いていない可能性がある。さっさとこの国を出た方がいいと思う」
 何かを聞きたいと顔に書いてある輔を無視して、水希はそう言いきった。次の瞬間、彼はため息を一つ付く。
「確かにこの国をさっさと出た方が安全だろう」
 隣国まで話が通っているとは思えない。むしろ秘密にしたいだろうから、と輔もうなずく。
「いろいろと聞きたいことも話したいこともあるが……まぁ、それは落ち着いてからだな」
 こっちにもいろいろと話さなければいけないこともあるし、と彼は続ける。
「問題は国境を越えられるか、だ」
 そう言われて、僕は一瞬考えるような表情を作った。
「森の中を抜けていけばいいと思う」
 近隣の村の人々はそうして隣国と作物を物々交換していたから、あそこには監視小屋がなかったはず。
 そうでなかったとしても、猟師だの薬師が頻繁に入り込んでいるし。
 つまり、僕たちがそこに逃げ込んでもすぐには見つけられないと言うことだ。うまくいけば、隣国まで逃げられるだろう。
 しかも、西の森と言えば樹海のようなもの。下手に迷い込むと魔物に襲われると言われている。
 そんなことを説明すれば彼はにやっと笑った。
「俺たちにぴったりの場所だな」
 そのくらいなら、俺がなんとかする。そう言うとさっさと歩き出す。
「人の話は最後まで聞いてくれればいいのに」
 まぁ、確かにあてにしていなかったと言えば嘘になる。だが、武器も持たずにどうするのか。そんな疑問がわき上がってくる。
「ほら、早く行こう」
 ついて行かない僕を気にかけてか。彼は立ち止まってそう呼びかける。
「武器はいいの?」
 一番の疑問を問いかけた。
「後で教えてやるよ」
 だから行こう、と続ける彼に僕はうなずく。そのまま二人で森の中へと足を進めた。
 とりあえず近くに住んでいる人々が使っているだろう道を歩いて行く。
「さて、このまま進むか?」
「途中で藪漕ぎをする方がいいと思うけど?」
 道をそれて、と僕は言う。
「まぁ、それがフェイクなのかどうかは話は別として」
「だな」
 苦笑とともに輔はうなずく。
「どちらにしろ、すぐには追いかけてこられないから適当でいいんだが」
 いざとなれば、また跳べばいい……と彼は付け加えた。
「それってどんな力?」
「どんなって……あぁ、魔法を知らないのか」
 それは説明が面倒くさいかも。そう告げる彼に僕は首をかしげた。
「転移魔法って……本の中だけのものじゃないの?」
 少なくとも地球には存在していなかったはず。こちらでもおとぎ話に出てくるような存在だった。
 それを輔は使っているというのだろうか。
「そのあたりの説明も武器の話も全部いっしょだからな」
 長くなる、と彼は吐き出す。
「そっか。じゃ、落ち着いてからの方がいいね」
 僕の話も長く説明しようとすれば長くなるし、と付け加える。
「お互いにあれこれあると言うことか」
「だからここにいるのかな?」
「面倒くせぇ」
「確かに」
 お互いが抱えているものが大きすぎるのはまずいのだろうか。そんなことを考えつつ、僕らは森の中へと奥深く進んでいった。

 城内は大騒ぎだった。
「……まずいな」
 あの二人が見つからなければ、とそれを尻目にため息を付く。
 もう一度召喚しようにもあれほど条件に合った二人はもう現れないだろう。特に、彼は……とつぶやく。
「それにしても、城下におらぬとは」
 どこまで逃げたのか。それだけがわからない。
「やっと……」
 手に入れられると思ったのに、と彼は付け加える。
 あの日から願っていたのはそれだけだった。
 ただ、あの時はそうするしかないと思っていたのだ。しかし、今は違う。
 自分は力を手に入れた。
 贄を捧げることでさらに力を得るだろう。
 そして、あの日手に入れられなかったものをこの手にするのだ。
 そう考えていたのに、このざまだ。
「いったいどうやって逃げたのか」
 それがまずわからない。
 わからないからますますいらだつ。
「まずはそれを調べなければならぬ」
 その気持ちのまま、彼は吐き捨てるように言葉を口にした。

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