06


 レオグランドが僕たちの目の前にお茶のカップを置く。
「……これは?」
「薬草茶です。残念ですが、このあたりではお茶の木は育たないので」
 レオグランドはどこか申し訳なさそうに言葉を返す。
「それは仕方がないだろう。俺たちの国でも作れる作物はその場所によって違う。後は交易で手に入れるしかないだろう」
 もっとも、と輔が嗤う。
「あいつが国のトップじゃ難しいかもしれないが」
 他の国にもあの言動であれば交易なんてしてもらえないだろう。彼はそう続けた。
「えぇ。ですから我が国から離れたいものが受け入れてもらえるわけですが」
 レオグランドがため息とともに告げる。
「この国では以前は誰もが抑圧されていました。しかし、今は搾取するものとされるものに分かれています」
 富めるものはより財産を手にし、そうでないものは搾り取られる。
 その結果、国から人が逃げ出していく。そして、残ったものはさらに絞りあげられる。
 当然、人々は他国へと逃げ出していく。その悪循環が止まらない。
「前王もあまりよい為政者とは言えませんでした。それでも、人々が暮らしていけるぎりぎりでとどまっていましたよ」
 それが王子達の働きだったとしても、だ。
 だが、今はそれよりも悪くなっている。
「……だから、異世界から俺たちを召喚したのか」
 あきれるよな、と彼は吐き捨てた。
「だよね。いい迷惑だ」
 せっかく幸せに暮らしていたのに、と僕もうなずく。
「まったく環境が違う世界に連れてこられて、勇者だの何だのと言われても納得できるか!」
 輔がそう続けたときだ。レオグランドの手が制止するように上がる。
「異世界から召喚された?」
「そうですが?」
 僕がそう言い返した瞬間、彼は今までの人の良さをあっさりと脱ぎ捨てた。
「あいつは何を考えているんだ! 禁忌を平気で破るとは魔神の所行と言われても仕方がないぞ」
 それは世界の理を壊すことだ。
「あの優柔不断でトンチキで朴念仁の大馬鹿やろうが!」
 なぜ、そんな愚行に出た! と口にしながら彼はテーブルを殴りつける。
「あ、あの……落ち着いて……」
 普段温厚な人間ほど怒らせると後が怖いというのは本当らしい。そう思いながら声をかける。
「できれば、そういうことはあなた方だけでやってください」
 さらに輔がため息交じりに言った。
「すまない。だが、どうしても怒りが抑えきれなくてな」
 それがどれだけ危険な行為か。あの男は知っていたはずだ。彼はそう断言する。
「あるいは……だからこそ、性格が変わったのかもしれませんね」
 魔神に精神を侵食されたのかもしれない、と彼は続けた。
「この世界に魔法はなかったのではないか?」
 輔がこう問いかける。
「ありません。すべては理で動いていますから」
 レオグランドはきっぱりと言い切った。
「一カ所で理が壊れればどこかに歪みが出ます。それが小さければ世界が吸収しますが、大きい場合、消すのにどれだけの力がいるか……」
 誰も目にしたことはない。
 それは事実だ。しかし、と僕は口を開く。
「伝説に近いくらい昔にはあったけどね」
 そう告げた瞬間、二人は視線を向けてきた。
「なぜ、それを……」
「……夢で見たんです」
 たぶん、この国の歴史だと思うものを。そう告げる。
「最初はただの作り話だと思っていたのですが……」
 ここに来てからあまりにも符合することが多すぎて、と続ければ二人は何かを納得したような表情を作った。
「魂は巡る。時を超え、界を超え、理を超えて……」
「輪廻転生、か。こちらの世界にその概念があるのかはわからないが、その概念を持つ世界は多い」
「それは経験から?」
 召喚されたのは二度目だと言っていたけど、と問いかける。
「まぁ、な」
 あの世界もそうだった。そして、そこに召喚されていた人間から聞いた話を総合すればそういうことらしい。
「そうなんだ」
 どちらにしろ確かめる手段はないんだが、彼が言うならば嘘ではないだろうと思う。
「しかし、そうだとするならば、彼は何を後悔していたのだろうな」
 ふっとレオグランドがつぶやく。
「さぁ」
「聞かれても困るよな」
「だよな。こっちは被害者だ。こいつが覚えていることだって、今、どこまで通用するかわからないんだし」
 輔がきつい口調でそう告げる。
「……確かに。これは私たちがなさねばならないことだったね」
 まだあの時のことが尾を引いているのかもしれない、と彼は付け加えた。
「その前に、君たちを安全なところに逃がさなければいけないね」
 もっともその前に休息をとった方がいいだろう。何よりも、とレオグランドは付け加える。
「こちらにも準備がある。明日、出発できるようにしておこう」
 かまわないか、と彼は問いかけてきた。
「あいつらに見つかる可能性は?」
「ここは近くの町から馬で二日はかかるからね」
 限りなく可能性は低いだろう。ここは重要だと思われていない。そして、二人の移動方法もこの世界では考えつかないものだ。だから、と彼は続けた。
 言われてみればそうだろう。
 誰が数百キロも魔法で移動すると思うのか。
「それでも早めにここを出た方がいいだろう。だから、明日の朝まで待っていてくれないかな?」
 手紙も持って行ってもらいたいし、と彼は続ける。
「……いいだろう」
 もっとも、完全に信じていないと言うことは彼の表情の動きからわかった。僕も信じたいのに微妙に彼を信じ切れない。
 どうして、昔の仲間を信じ切れないのか。
 間違いなくそれはあいつを見てしまったからだろう。
「明日の朝一で出て行く」
「わかりました。それまでに必要なものを用意しておきましょう」
 二人の会話を聞きながら、やはりここに自分の居場所はないのだ、と思い知らされた。

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