09


 峡谷を越え、隣国へと入った。
 とはいえ、街は当分ないと思われる。だから今日はこのまま野宿だ。
「随分といろいろ持たせてくれたな」
 預かった荷物を確認しながら輔がそう言う。
「これの費用はどうなっているんだろうな」
 ふっと彼がこうつぶやく。
「……だいたいのものは自生しているものを加工しただけだね」
 脇から見ていた僕はそう告げる。
「薬は薬草を摘んできたんだろうし、干し肉はあそこの近辺にいる獣の肉から作ったのだろう」
 作れないものは教会の方から回されてきているのだろう。そう告げる。
「教会?」
「そうだよ。この国の神々を祀っている場所だ。国とは別の組織だと思ってくれていい」
 確か、と記憶を呼び起こしながら僕は輔に説明をした。
「逆に言えば、もうすでにこの国は教会から見放されていると言うことだよ」
 レオグランドの行為を教会が後押しをしていると言うことだ。僕はそう言いきる。
「おそらく他の国境付近でも同じように民の流出が始まっていると思うよ」
 いったい、この国で何が起きているのか。
 少なくとも自分が死ぬ前はこうではなかった。彼もあんな風に自分のことだけを考える人間ではなかったのに、と思う。
 まるで中身だけきれいに入れ替わったようだ。
 その考えが不意に浮かび上がってくる。同時に何かがひらめきかけた。
「……で、そろそろお前が隠していることを教えてくれないか?」
 だが、それも一瞬だった。輔のこの言葉であっさりと消え去る。
「いいよ」
 そちらに関しいては最初から覚悟をしていたから問題はない。
「ただ……少し長い話になるかな?」
「……それは面倒だ。簡単にできない?」
「できるけど……」
 つまらないよ、と前置きをする。 「簡単に言えば、父が前王で僕が叛乱を起こした息子。叛乱が終結した後毒の杯を飲んで死んだ。それだけだよ」  三行にまとめればそんなところだ。しかし、こうして並べるとつまらない人生に思えてならない。
「……ちょっと待って」
 彼が頭痛を覚えるように額に手を当てる。
「整理が追いつかない」
 だろうな、と僕は思う。自分でも時々訳がわからなくなるのだ。
「つまり、あいつらの言っていた第三王子って……」
「僕の前世だね」
 明るく言ったつもりだ。しかし、輔の表情は晴れない。 「……お前……」  その表情のまま彼は次の言葉を吐き出す。
「まぁいい。とりあえず詳しい方の説明を頼む。今来た三行じゃ細かいところがわからないからな」
 概要は理解できたが、と彼は続ける。
「別段、面白い話じゃないけどね」
 そう前置きをして僕はなぜ父を殺そうと思ったのかを話し出す。
 この国は大きくはないが穀倉地帯と鉱山があったからそれなりに豊かな生活をさせてもらっていた。
 僕は三男だからあれこれと制約もなかったしね。小さな頃はそれこそ市井の人々に混じって遊んでいた。
 そんな生活が変わったのは成人を迎える少し前だった。
 ある意味反抗期だった僕は城に帰らず街で暮らしていた。そんな僕の元に兄から連絡があった。
 曰く『父上の様子がおかしい』と。
 その言葉に慌てて戻ってみれば、確かに父の様子がおかしかった。以前の彼ならば出さないような命令を次々と口にしている。それを一番上の兄が賢明になだめていた。
 いったいなぜ。
 そう思って父を見つめれば、なんか変だ。
 何が変だと言われてもわからないが、どこかおかしい。
 まるで父の顔をした別人を見ているようだった。
 しかし、この場でそれを口に出すわけにはいかない。とりあえず当たり障りのない挨拶をして部屋に下がってから兄たちにその事実を告げた。
 やはり、と彼らはうなずく。
 本物の父に何者かが乗り移ったのであれ、他の誰かが父の顔をしているのであれ、このままでは民衆に不満がたまるのは目に見えていた。  だから、と彼らは続ける。
 お前は我々と距離を置け、と。
 いざというときに王家に刃向かうもの達の助けになれ。そう言われた。
 その意味がわからなかったわけはない。
 つまり兄たちは僕をいったん王家から切り離そうというのだろう。そして、万が一の時には王を撃つための先駆けとなれと言いたいのだ。
 逆に言えば、そのときは兄たちはすでにこの世にいないと言うことでもある。
 複雑な気持ちを抱えたまま、僕は王宮を後にした。
 それからすぐだ。父が兄たちを投獄したという話が聞こえてきたのは。
 さすがにこの頃には民衆にも父の異変は知れ渡っていた。
 だが、まだ傍観していただけだ。多少税金は上がったけど、生活を脅かすほどじゃなかったからね。
 しかし、次の年は百年に一度と言われる凶作だった。それでも税金は上がってそれを払えば自分達の食べる分もなくなるほどだ。それ以外にも若い女性が集められて帰ってこないとか、戦争の準備だとかで働き盛りがつれらされるとかそんなことが続いた。
 決め手がなんだったのか。今となっては覚えていない。
 ただある日、民衆が立ち上がった。
 もちろん、僕も兄たちの言いつけ通りに彼らに参加したよ。そして、自然とリーダーの一人に祭り上げられていた。後のメンバーは君も知っているあの二人と冒険者だった女性、そして軍の隊長だった男だ。
 最終的に、僕が父の首を取った。
 その後、僕は父を殺したという理由で投獄された。この国の法律では子が親を殺すことは大罪だからね。神の教えに逆らったという理由だったよ。
 ある意味、それには納得していたし、ありがたいとも思っている。民のためとはいえ、肉親を殺すのはやはりつらいから。
 最終的に僕は毒杯をあおった。眠るように逝ける毒だったのは仲間としての慈悲だったのだろうね。あるいは、父を殺した功績か。
 意識を失ったと思ったら今の僕として生まれていた。
「ただ、それだけだよ」
 だから、今の人生では自由に生きようと思っていたんだ。そう続ける。
「……そうか」
 彼は僕の言葉をかみしめるようにそうつぶやく。暫くそのまま考えている。
「でも、結果として王家の簒奪にならないか、それ」
 やがて彼はつぶやくようにそう告げた。
「それに……それならばどうして身代わりとしてのお前を呼び寄せたのか。それもわからない」
 一番わからないのはお前の父親の代わりぶりだ。それには僕も同意だ。しかし、今更確かめることはできない。
「とりあえず、お前の前世についてはこれ以上聞くことはない。ただし、知っている情報は教えて欲しいが」
「わかっているよ」
 と言っても、僕の情報は古いものだが。
「後は……そのときになってから考えるか」
 彼の言葉に僕はしっかりとうなずいた。

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