08


 馬は一頭だけしかいなかったから二人で乗った。
 考えてみれば彼は一人暮らしだ。一頭いれば十分なのだろう。それが簡単に推測できるから、輔も何も言わない。
 問題は、二時間ほど馬の背でゆられていたせいで眠気がピークになっていることか。
「……悪い」
「いいけど……寝そう」
「我慢してくれ。このままだと落ちるぞ」
「わかっているけど……」
 まぶたが勝手に落ちてくるのは避けられない。
「……仕方がないな」
 そう言うと彼は一度馬を止める。
「ほら、前に行け」
 後ろに乗っていた僕を降ろすと彼はこう言う。
「その方が対処しやすいからな」
 何を、と言わなくても想像が付く。
「……ごめん」
 寝落ちしても大丈夫なように、と言うことだろう。確かに、後ろに抱きついているよりは前に乗っている方がいろいろといいのはわかっているが、少し恥ずかしい。誰が見ているわけでもないのにね。
「気にしなくていい」
 苦笑と共に彼はそう言う。
「いくら眠かったとは言え、見張りを任せたのはこっちだしな」
 そのせいで寝てないんだから、と言われたが素直にうなずけない。
「輔だって、ベッドで横になっていただけでしょう?」
 眠っていなかったではないか、と言外に告げる。
「気づいていたのか?」
「呼吸が違うからね」
 眠っているときの呼吸ではなかった。だから、と僕は付け加える。
「……そうか」
 今までばれたことはなかったんだが、と輔はため息をつく。つまり、今までに何度もそういうことをしてきたのだろう。
 まったくこいつは、とため息をつく。
 だからこそ、今まで生き残れたのかもしれないが。
 そんなことを考えながら僕は鞍の前へと移動をする。それを確認してから彼が後ろに座った。
 背中は温かいし、馬の揺れが心地よい。その上、一睡もしていないとなれば、結論は一つだろう。
 気がつけば、僕は夢の中に吸い込まれていた。

「……水希が学校に行っていない?」
 その言葉に彼は信じられないと言うように首を横に振る。
「何時ものように出かけていきましたが……えぇ、変わったところは何もありません」
 できるだけ冷静な声音で彼はそう付け加えた。
「第一、どこかにいなくなるとして、貯金ぐらいは持って行きますよね?」
 タブレットとそれも自宅にある。だから、自分自身の意思でいなくなったのではない、と彼は続けた。
 では、何があったのか。
「……攫われたの、か?」
 まさか、と思う。自分の子供を攫ったところで相手に何の益がある。
 しかし、だ。
 事故をごまかそうとして連れ去ったとすれば話は別だ。
「そうですか。輔君も登校していないのですね?」
 水希の親友の名を出されてますます混乱をする。
「あの二人がそろって学校を休むなんて理由がわかりません。あちらのご両親はなんと言っておいでですか?」
 その問いかけに、あちらも思い当たるものはないと言われた。
 つまり、二人ともサボる理由はないと言うことになる。ならば、やはり事故に巻き込まれた可能性が高い。
「わかりました。今日一日待って、戻ってこなければ警察に届けます」
 それに学校側は輔の親と話し合って欲しいとだけ言い返してきた。
 勝手なことは市内で欲しい、とも。
 要するに大騒ぎするな、と言いたいのだろう。しかし、こちらとしてはそう言うわけにはいかない。
「あの子は妻が残してくれた大切な息子です。大騒ぎだろうと何だろうと、明日には警察に届けます」
 きっぱりと言い切る。子を思う親の気持ちを考えればそれ以上は何も言えないのだろう。沈黙だけが帰ってきた。

 気がつけばもう夕方だった。
「ごめん……ちょっと寝過ぎたね」
 慌てて上半身を起こす。
「気にしなくていい。どのみち、国境だしな」
「本当?」
 そう言いながら視線をさまよわせる。確かにこの峡谷は国境だ。しかし、まだこちら側にいると言うことは国を出たわけではない。
「ここは超えてもいいものか……」
「大丈夫だと思うよ」
 不安そうに言う彼に僕はこう言い返す。
「今が夕方であれば都合がいいしね」
 目立たずに川を渡れる、と付け加えた。
「それはそうだな」
 じゃぁ、行くか。軽い口調で彼はそう言うと立ち上がる。
「お前の話はあっちに行ってから聞くから」
 さらりとそう付け加えられる。
「……そういえば、馬は?」
「あいつならここまで俺たちを連れてきた後、勝手に帰ったよ」
 よっぽど慣れているんだな、と彼はつぶやく。
「なら、隣の国にはあまり長いこといない方がいいね」
 最悪、追ってこられるかもしれない。僕はそう口にする。
「そうだな」
 輔もそう言ってうなずく。
「ともかく、この国からさっさと出て行こう」
 そう言うと彼は立ち上がる。僕も続いて歩き出した。

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