12


 それからまた一眠りして朝になった。
「さて……いつまでもここにいては申し訳ないから出かけるか」
 大切な荷物は彼のイベントリの中に入っているし、後はここに来るときに手渡されたものだけだ。それを確認して部屋から出ようとする。
 ドアに手を伸ばせばなぜか先に開いた。
「もう起きていらっしゃいましたか」
 そこにいたのはあの女性神官だった。
「十分休めましたし、そろそろおいとましようかと」
 僕は微笑みながらそう告げる。
「そのことなのですが……」
 彼女は申し訳なさそうに口を開く。
「出来ればゆっくりとお話をさせていただきたいのでしばしお時間をいただけませんか?」
 彼女はさらに言葉を重ねる。
「輔、どうする?」
 自分だけでは決められないと視線を移動させた。
「特に急ぐ必要はないからかまわないが?」
 ちょうどいい、とは決して口に出さない。あの頃の僕にそう言う腹芸が出来ていたなら状況は変わっていただろうか。ふっとそんな思いが浮かんでくる。
「僕もかまわないよ」
 それを口に出すことはなくこう告げた。
「わかりました。では、こちらで」
 彼女はそう言って僕たちを別の部屋へと案内しようとする。
「ここじゃダメなのか?」
 かすかに眉を寄せながら輔が聞き返す。
「ここではおもてなしできませんから」
 にこやかな表情で彼女はそう言ってくる。しかし、それだけではないような気がしてならないのはどうしてだろう。彼も同じ気持ちなのか。渋面をますます深めている。
「わかりました。おつきあいしましょう」
 それでもすぐに笑顔を作ってこう言い返す。
「ありがとうございます」
 では、こちらに……と彼女は口にすると先に立って歩き始める。
 それはある意味普通の行動だ。しかし、なぜか気になってしまう。まるで何かから僕らを守っているようにすら思えるのだ。
 この考えは気のせいなのだろうか。
 僕が考えすぎだというならばそれでもいい。しかし、万が一の可能性があるのであればそれを打開する方法を考えなければいけない。
 問題は、と心の中で付け加える。
 そのための手段を持っていないことだ。
 やはりナイフの一本でも入手しなければいけないだろう。一番いいのは彼のように収納の魔法を覚えることかもしれない。そうすればばれないで持っていられるだろうに、とため息をつく。
「どうかしたのか?」
 それを聞きつけたのか。彼がそっと問いかけてくる。
「いやな空気だなって思っただけ」
「……そうだな」
 確かに、と彼はうなずく。
「いつでも逃げ出せる心構えだけはしておけ」
「……荷物は?」
「全部収納済みだ」
「なら大丈夫だね」
 最低限の荷物さえ手元に残っているなら、後は最初の計画通りにするだけだ。
 そんなことを確認し合っているうちに目的地までたどり着く。
「どうぞ、お入りください」
 女性神官がそう言ってドアを開けてくれた。しかし、だ。
「中にどなたかいらっしゃいますね?」
 彼はそう言うとドアの前で足を止める。もちろん、僕も、だ。
「あの国の人間ではございません」
 あなた方に迷惑はかからない、と即座に彼女は言い返してくる。
「ただ……今、この神殿に監視のものが着いております。間違いなく隣の国のものかと」
 だから、と彼女は続けた。
「あちらが手出しを出来ない方をお呼びしました。そちらから詳しい話をお聞きください」
 そう言われて僕は彼と視線を合わせる。いったいどういうことになっているのか、状況がわからないのだ。
「……仕方がない。まずは話を聞いてから判断をするしかないね」
 僕はそう判断をする。
「不本意だがな」
 彼もため息をつきながらうなずく。
「ただし、だまし討ちにするようならただではすまないと思えよ?」
 そう口にしたのは輔が完全に彼女たちを信じていないからだろう。
 神に身を捧げているという言葉が完全には飲み込めていないのかもしれない。こればかりは僕が口を酸っぱく告げても無駄だろうと何も言わないでおく。
「えぇ。それは当然のことです」
 ですから遠慮なく、と言われて彼の方が反応に困っている。
「では、失礼します」
 こういうときはさっさと行動に移すしかない。そう判断をして僕は下手の中に足を踏み入れた。
 しかし、だ。
 まさかの人物が部屋の中にはいた。
「……なんか、ものすごく偉そうな人がいる」
 衣装がキラキラだ、とつぶやく。
「確かに。神官よりも上というと神官長か大神官なのだろうけど」
 さて、彼はどちらかな? と輔は女性神官を振り向いた。
「なんだ? 儂が待っていると伝えなんだか?」
 そうすればキラキラの衣装を着た男性がこう言ってくる。
「……申し訳ありません。誰に聞かれるかわからなかったので」
 ここであれば心配はいらないだろうが、と女性神官は言葉を返す。
「どうやらかなり厄介な状況だよ」
「まったく、あのバカは困ったものだな」
「他国で何をしているんだろう、本当に」
「それだけおぬし達を逃がしたくないのよ」
 僕たちの会話に彼が口を挟んでくる。
「その話をさせてもらいたいのだが……その前に自己紹介をせねばな」
 そう言うと彼は立ち上がった。
「上級神官二位のアルスフィオだ。よろしくのぉ」
 その言葉に僕は驚く。上級神官二位と言えばその上にいるのは一位だけ。すなわち大神官だけだ。
「……偉いの?」
 彼がこっそりと問いかけてくる。
「たぶん」
 言葉を濁したのは、僕がまだこちらの記憶を持っていると知られたくないからだ。
「そうか。俺は輔。こいつは水希。どこぞの豚に強引に召喚された一般人だ」
 ちょっと、その説明は何? と言いたくなるセリフを彼は口にする。だが、端的に言えばそれも間違っていないから僕は口を閉じておくことにした。
「外にいるのって、あの豚の配下か?」
「少し違うの。ギルドで依頼を受けたもの達よ。だから、正確にはおぬし達の顔を知らぬ」
 もっとも、今のうちだけだろうが。彼の言葉に僕らはうなずく。
「だから、その前に移動をしようと考えていました」
 そういえば彼は我が意を得たという表情を作る。
「ある方がおぬし達に『会いたい』とおっしゃっておいでだ。儂に付き合ってくれぬかな?」
 自分と同行すれば誰も手出しは出来ないだろう。そして、目的地は大神殿のある場所だ、と続ける。
「……ここまでお膳立てされては仕方がないでしょうね」
 おつきあいさせていただきます。輔がそう告げればアルスフィオはうれしそうにうなずいて見せた。

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