13


 神官見習いの服を身につけて僕らはアルスフィオと同じ馬車に乗り込んだ。ここまで彼と同行していたもの達は騎士服をまとってついてくる。
「……しかし、いいのかねぇ」
 彼がつぶやくようにこう言う。
「何が?」
 反射的に僕は聞き返す。
「いや、たいしたことじゃないんだが……昨日までと比べてこんなに楽でいいのかなって思っただけだよ」
「それはそうだね」
 確かに、昨日までは前に進むのも自分の足で、だった。しかし、今はそうではない。
 しかも、だ。
 周囲に護衛までついている。もっとも、それは僕らのためではないけどね。
「でも、追っ手を気にしないでいいだけマシだよ」
「……否定できねぇ」
 それは二人とも同じ気持ちだったらしい。そう言い合うとうなずく。
「だが、本当に大丈夫なのか?」
 襲われるとかないのか、と彼は聞いてくる。
「教団と敵対したいならするだろうのぉ」
 そこにアルスフィオ殿が口を挟んでくる。
「つまり?」
 彼はさらに問いかけた。
「それは世界を敵に回すのと同じかのぉ」
 ふっと笑みを浮かべるとアルスフィオ殿は言葉を発する。
「あちらでも宗教戦争ってあるし、それと同じようなものかな」
 微妙に違うか、と僕はつぶやく。
「あぁ……十字軍とかジハードとかか」
 確かにあれは過激だったらしいな、と彼もうなずいた。
「つまり、今護衛についている方々は一騎当千だと?」
「……いっきとうせんとはどういう意味かの」
「一人の騎兵が専任の敵を相手に互角に戦ったという意味から転じて優れた実力者と言う意味で使います」
 確か、と僕はフォローを求めるように輔を見る。
「水希の言うとおりで大丈夫だ」
「なるほど。それならばそう言えるのかもしれませんね」
 彼にしても自分の部下が褒められたからか。うれしそうにうなずいている。
「もっとも、教都にはもっと強い者もおりますよ」
 そのものがいる限りあいつらもうかつに手出ししてこないだろう。彼はそう続ける。
「だといいのですが」
 しかし、輔は疑うような声音でそう告げた。
「後がないものはどのような行動に出るかわかりませんから」
 あいつが未来を考えているとは思えない。彼はそう続ける。
「……そうだね」
 あの国の荒れようでは、と僕もうなずく。
「困ったものです。先王も問題でしたが、それ以上に今は民にとって厳しい状況のようです」
 先王はまだ民を殺さないように手心を加えていた。いや、加えていたのはその息子達かもしれないが、それでも生きていけた。
 しかし、今は違う。
 あの男は民の生き死にすら気にしない。彼が気にしているのは自分の手元にどれだけの財があるか、だ。
 ひょっとしたら以前の方がましだったのかもしれない。
 そう考える者が増えていることも否定できなかった。その多くは国を捨て別の国へと逃げ出している。
 しかし、一部には現状をひっくり返そうと動いているもの達もいないわけではない。
「そのようなもの達は見つかり次第処分されているとか」
「同じ轍は踏まないと言うことか」
 呆れたように輔がつぶやく。
「……人は権力を手に入れると変わるっていうことだろうね」
 僕はそう言うと外へと視線を向けた。
 そこはただの山道のはず。しかし、何か違和感を覚える。
 いったい何が、と確認するために身を乗り出す。遠くてはっきりとは見えないが、何人かが茂みに隠れている。しかも、その手には武器を持っているようだ。
「どうした?」
 輔がそう問いかけてくる。
「襲撃?」
 反射的にそう口にした。
「マジかよ!」
「だって、あれ……」
 言葉とともに草むらの方向を指さす。そうすれば彼もそちらを見つめる。
「……あぁ、そうだな」
 盗賊か、それともそれに擬態している別の連中か。どちらだろうな、と彼は続ける。
「盗賊ならこの陣営を見て出てこないでしょう」
 皆殺しに出来ない以上、見逃しが方がいいと判断するはず、とアルスフィオ殿がいう。
「命あっての物種だからな」
 彼もそう言ってうなずく。
「問題はそうでなかったときだ」
 だが、すぐにこう付け加える。
「俺たちが教団を頼って逃げたと言うことはばれているだろうし」
「……アルスフィオ殿なら交渉材料として最適か」
「あぁ」
 そうなれば襲ってくるだろう。見た目は普通の盗賊だし、うまくごまかされると思っているはずだ。
「そこまで考えられますか」
「……過去の経験からな」
 不本意ながら、と輔は言い返す。
「あなた方の世界は争いがないのでは?」
 アルスフィオ殿がこう問いかけてきた。
「争いというか……国を挙げての戦争はないぞ。小競り合いはあるが」
 第一、自分達の国は表面上は平和だったし……と彼は言い返す。
「俺自身の考えについては、いろいろとあったんだよ」
 言うつもりはない、と言外に彼は続けた。
「……生きていればいろいろなことがあるでしょう」
 アルスフィオ殿もそれ以上問いかけようとはしない。
「騎士達に気をつけるように言いましょう」
 代わりにそう口にする。
 しかし、それは少し遅かったようだ。
「敵襲!」
 馬車の外からそんな声が響いてくる。
「慌てるな! 陣形を整えろ」
「はっ」
 さすがに熟練の騎士らしい。即座に指示を出す。そして他のもの達もそれに従う。
「……最悪のパターンだな」
 輔はその様子を見ながらつぶやく。
「大丈夫かな?」
「わからない。いつでも動けるようにしておけ」
「了解」
 彼の言葉に僕はうなずいて見せた。

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