何で、俺が魔王の花嫁?

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 体中が痛い。
 それは傷の痛みではなく熱のせいだろうか。
 意識が不意に自分の状況を認識する。この痛みでは眠りの中に逃げ込むことも難しいのではないか。声を出すことすら痛みを増幅させるかもしれない。そう考えると怖くて出来ない。
 しかし、だ。あの状況で生きているだけマシなのか。とりあえず手足もちゃんとついているようだし。
 そう考えるだけでも時間がかかる。痛みでどうしても思考が散漫になってしまうのだ。
 だが、何か違和感がある。
 熱のせいではっきりとは言えないのだが、自分が今眠っている部屋は病院ゃないようなきがする。だからといって実家でもない。純和風の家にこのような内装の部屋はなかったはずだ。
 ではどこなのだろう。
「……お薬ですよ」
 その答えを見つける前にこんな声が耳に届く。同時にくちびるにコップのようなものが押し当てられた。のどの渇きを覚えていたから、素直にそれを口にする。その中に痛み止めだけではなく睡眠導入剤も入っていたのだろうか。次の瞬間、猛烈な眠気に襲われる。
「危ないですよ」
 ふらついた瞬間、柔らかな腕が身体を支えてくれた。しかし、やはり何かがおかしい。
「まだまだ本調子ではないのですから、ゆっくりとお休みくださいませ」
 おかしいのはわかるが、眠気には逆らえない。
 ゆっくりと身体をそれだけで意識がゆっくりと眠りの中へと落ちていく。
 とりあえず後でもいいか。
 まだ時間はあるだろうし。
 そう考えると同時に、俺は素直に欲求に従うことにした。

 夢を見た。
 それは一人の少女の物語だ。
 いや、そう言うには平凡──と言っていいのかどうかは少し悩むが──な日常だろう。
 強く優しい父と慈愛に満ちた母。そして三人の兄たち。
 そんな家族の中に生まれた末っ子が彼女だ。
 誰よりも愛され周囲に可愛がられていた。その愛情を感じつつ、少女は母親のように愛情深い性格へと育っていった。それは王族として何よりも重要なものだと家族が考えているからだ。
 五歳になり、他の王族へのお披露目もかねて誕生日を祝うパーティが行われた。
 何故、五歳なのか。
 それはこの世界では幼児の死亡率が高いからだ。
 もっとも、それは地球とは違った理由からである。
 この世界では肉体と魂は別の性質を帯びているものらしい。その二つが交わって初めて生物として存在を許されるのだ。
 これが草木であれば何の問題もない。芽吹いた時点でその存在は完成されているのだ。
 動物となれば少しだけ難しくなる。
 それでも彼等は意思よりも本能の方が強いから歩き出せるようになれば問題はなくなるらしい。同時に、その時点で世界に危害を加えるような《変種》は淘汰されるのだ。
 だが、人間は違う。
 本能と意思。その二つがそろわなければ《人間》ではない。だが、それがあるから肉体との結びつきに時間がかかる。その二つの持つ性質が真逆であればあるほど、それは顕著になるのだ。
 だから、時々どうしてもそれが混じり合わないことがある。混じり合えなければ、それぞれが元の場所に戻ろうとする。離れてしまえば、人は生きていくことが出来ないのだ。
 そのタイムリミットが五歳、と言うことになっているのだとか。
 だから、王族でも平民でも子どもが五歳になるまでは大々的に祝うことはない。五歳まではまだ、神の手にある存在だと信じられているからだ。
 そういうところは日本の考え方と似ているな、と思う。あちらでも『七つまでは神の子』と言われて、共同体の一員ではなく産土神の眷属として扱われていたとばあさまに教わったし。
 そういうわけで彼女の五歳の誕生日にはすべての王族が集まった。
 この世界が箱庭のようだと思ったのは、彼女が父親である王様に招待客を紹介されてからだ。
 この世界には四つの王国があるのだという。その王家のすべてが婚姻関係にあるらしいのだ。身分を考えれば仕方がないのかもしれないが、それでどうして遺伝子上の問題が出ないのかと思う。
 それとも、それを避けるための手段があるのか。
 夢だからと言い切るには現実味がありすぎる。少女に向けられる敵意すらはっきりとわかるのだ。
 しかし、何故、初めて家族以外の存在の前に姿を現した彼女が敵意を向けられなければいけないのだろうか。
 それとも、こんな風に彼女が注目されるのが気に入らないのか、と心の中でつぶやく。何故そう考えたかと言えば、夏埜姉さんが似たような理由でさんざん俺をいじめてくれたからだ。その下の春香姉さんは逆にかばってくれたのに、と後から知ってあきれた記憶がある。
 それと同じように感じている人間がこの中にいるのか。
 だが、それは王族としてはあまりに幼稚すぎるような気がする。
 しかし、そのまま変わらないのであれば今後厄介なことになるだろう。最悪のことにならなければいいが。そう考えてしまうのは、彼女の人生をなぞっているうちに親しみがわいたからか。
 あるいは、冬美姉さんの娘である知香ちゃんと彼女が同じくらいの年齢だからかもしれない。
 そうしている間にも彼女に限界が訪れた。小さい子にはさすがに長時間の緊張は辛い。それがわかったのか、彼女の一番上の兄が彼女の身体を抱き上げた。
 まさにその瞬間、憎悪の視線が強くなる。
 そう言う事か、と心の中でつぶやくと同時に次第に目の前の光景が薄れていく。
「エレーヌ。いい子だね」
 彼女を呼ぶ声だけがしっかりと記憶に残った。

 その後も何度もエレーヌの夢を見た。そうしている間に、自分と彼女の境目が薄れたような気がする。
 だが、それは錯覚だろう。
 自分は中二病にかかっていないはずだし。第一年齢と性別が違う。
 それとも、と心の中でつぶやくと同時に不安がわき上がってくる。それを必死に否定しようとする自分がいることに、俺は気付いていた。

 体調さえ戻れば、きっとすべてがわかるはず。心の中でそうつぶやいていた。

 そんな日々をいったいどれだけ続けただろうか。
 ようやく熱が下がったのだろう。だるさはあるが痛みを感じなくなった。そのことにほっとしながらも、今まで保留してきたあれこれを確認することにした。
 目の前の広がるのは夢の中で何度も見たエレーヌの部屋だった。
「……どうして……」
 自分はここにいるのだろうか。
 そのまま顔を覆おうと手を持ち上げる。
 だが、その動きはすぐに止った。
「小さい……」
 少なくとも、自分が最後に記憶していた自分の手ではない。むしろ知香ちゃんと同じくらいの大きさだ。
 ここまで来るとまさかが現実だったと言うことだろうか。そう思いながら股間に手を伸ばす。
「……ない……」
 その瞬間、絶望感が全身を覆う。
 いくら何でもそれはない。
 幼女だろうと何だろうと、自分がなるのは違うのではないか。俺は男だったのに、と心の中で付け加える。しかし、これが現実なのだろう。
 では、どうして自分はこの姿でここにいるのか。
 一番可能性が高いのは転生ではないか。と言うことは、やはり自分はあのときに一度死んだのか。そして、ここに生まれた。そのまま彼女として生きるはずが、あの熱のせいで自分の意識が目覚めてしまったのだろう。
 これって何のラノベだ?
 そう考えてため息をつく。
「エレーヌ様。お薬がご用意できました」
 その時だ。ドアが開いて人が入ってくる。だが、彼女はベッドの上に半身を起こしている自分を見て目を丸くした。
「エレーヌ様! 意識が戻られたのですか!!」
 そしてこう叫ぶ。
 次の瞬間、泣き出した彼女になんと声をかけるべきか。すぐに思いつかなかった。



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