何で、俺が魔王の花嫁?

009



 三人を下がらせると同時にエリザベートが姿を見せた。
「何かあったのか?」
 その問いかけに彼女は小さくうなずく。そして、己のドレスの後ろへと視線を向ける。
「エレーヌ。お父様にご挨拶を」
 その言葉で彼女がそこにいるのだとわかった。隠れていたのはユベールに見つからないようにという配慮からか。
「おとうさま、おかえりなさいませ。ごぶじにおもどりになってとてもうれしいです」
 姿を見せると同時にエレーヌはそう言って小さくお辞儀をした。その様子が本当にかわいらしい。
 だが、わざわざ顔を見せたのだ。何か理由があるのだろう。そう考えてジョフロアは表情を引き締める。
「何かあったのか?」
 ユベールがこっそりと何かをしでかしたわけではないだろうが、と思いつつ問いかけた。
「はい……どうやらこの子は目に魔力感知が出たようですわ」
 エリザベートの言葉にジョフロアは目を大きく見開く。
「まことか?」
「調べさせましたから……もちろん、魔術師長とファーマンには強く口止めしてあります」
 もちろん侍女達にも、とエリザベートは答えた。
「モーブは別ですが」
「彼女は仕方があるまい。それで?」
「この子の魔力感知は魔術師としての素養が現れたものだと。おそらく、これも先日の高熱が原因で出てきたのではないかとのことですが……詳しいことは魔術師長に隣室に控えてもらっておりますので、そちらからお聞きくださいませ」
 確かに伝聞よりはその方がいいだろう。
「それでエレーヌに何か不都合なことでもあるのか?」
「いえ。ただ、魔力が暴走して一時的に視界がおかしくなる可能性はあるそうですが……それに関してはモーブが簡単な制御方法を教えると言っておりましたので任せようかと思います」
 魔術師超では目立ちすぎる。魔力が強い子供はただでさえ引く手あまただから、と言われて首を縦に振って見せた。
「おとうさま……」
 それを見たからか。エレーヌが不安そうな表情で呼びかけてくる。
「エレーヌはわるいこなのでしょうか」
「そんなことはないぞ」
 彼女の言葉を即座に否定した。それだけではなくいすから立ち上がりそばへと歩み寄る。
「お前も私たちのかわいい子供だ。それに、魔力があることは悪いことではない」
 うまくいけば高位の治療魔法まで使えるだろう。そうすれば命を助けられるものも増える。
 もっとも、魔族達にそれが通用するかどうかは別問題だ。だが、そのあたりについてはモーブが適切な判断を下すだろう。
「そうですよ。あなたはあなたのままでいればいいのです」
 エリザベートも待たそう言ってエレーヌの頭をなでる。
「ただ、お兄様達には内緒にしておきなさい。彼らにも矜持があるからね」
 珍しい才能だ。それを兄たちがうらやむとは思えない。しかし、人の心は複雑だ。自分にないものをほしがる可能性は否定できない。
 もっとも、この子を守るための力になるのだと説明すれば、表面上、それを見せることはないだろう。
「はい」
 ある意味、一番重い荷物を背負っている娘の髪をそっとなでた。
「話は変わるが……近いうちに夜会を開く。ユベールの婚約者選びだ」
「とうとう観念しましたの?」
「観念させたが……納得はしておるまい」
 義務だと言ったから渋々うなずいただけだろう。それでも一度口に出した以上、自分は話を進めるだけだ。
「……とんでもない条件をつけてきそうですわ」
「そのときはそのときよ」
 あまりにひどければ、それこそ廃嫡すればいい。
「エリザベートは子供達の衣装について頼む。エレーヌも挨拶だけはさせねばなるまい」
 挨拶だけですめばよいが、と小声で付け加える。
「そのあたりは私の役目だな。エレーヌはかわいらしく着飾っておいで」
 とりあえずはそれが彼女の役目だ。そういえばエレーヌは小さく首を縦に振ってみせる。
「ほほえんでみなさまにごあいさつをすればいいのですね?」
 エレーヌが確認するように問いかけてきた。
「えぇ、そうですわ」
「それができれば、今は十分だね」
 こんな小さな子供でも自分がなすべきことをわきまえている。それなのに、どうしてユベールは、とジョフロアはため息をつきたくなった。しかし、そうすればエレーヌが気に病むのではないか。
「おとうさま、おつかれですか?」
 ふっとエレーヌがこう問いかけてくる。
「どうしてそう思ったのかな?」
「きらきらがすくないです……ゆっくりときえていきます」
 だからそう思ったのだ、とエレーヌは言外に続けた。
「そうだね。少し休もう」
 なるほど。魔力感知というものはこういうこともわかるのか。これはきちんと制御できるようにさせなければなるまい、と思う。
「いい子ですね、エレーヌ。これからもお父様のきらきらが減っているときは教えてくださいね」
 それにもかかわらずエリザベートはエレーヌにこう言い聞かせている。
「はい」
 この部屋に入ってきたときの不安そうな表情はどこに行ったのか。満面の笑みとともに彼女はうなずいていた。

 その知らせは各国の王族貴族へとすぐに伝えられた。
 一国の王妃になれるかもしれない。
 資質さえ認められれば貴族の身分さえあればいいのだ。少女達が色めき立つのも当然だろう。
 己を磨き、少しでも王子達の目にとまればチャンスはある。
 そのためにも努力は欠かさない。それが普通の考えだ。
「わたくし以上にふさわしいものはあの場には必要ありませんわ」
 だが、中には相手の邪魔をして参加させないようにしようと考える者もいた。
「後は言わなくてもわかりますね?」
 その言葉に闇の中から同意を示す気配が伝わってくる。
「では、後は任せます」
 彼女の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、闇の中の気配が消えた。だが、彼女はそれを気にする様子はない。
「さて、ドレスを選ばなければ」
 自分がもっとも映えるものを、と楽しげにつぶやいた。

 数日後、ユベールからの条件が告知される。それは彼を知っているものには納得を、知らぬもの達には困惑を与えるものだった。


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