何で、俺が魔王の花嫁?

010



【自分と同じくらい妹を愛せるもの】
 それがユベールの出した条件だった。
「まさか、こう来るとは、な」
 さすがのジョフロアも一瞬、絶句したほどだ。
「いけませんか?」
 ユーベルが挑むようにそう問いかけてくる。
「だめだと思います」
 すぐには言葉が出てこない。だが、反対の声は意外なところから上がった。
「どうしてだい、エレーヌ」
 心外だという表情でユベールが聞き返している。と言うことは、彼も彼女がそう言うとは思っていなかったのだろう。
「けっこんするのであれば、あいてのかたをいちばんにしないとだめです。ここにはおにいさまいがい、たよれるかたがいないのですから」
 それなのにそんなことを言うなんて、とエレーヌは口にした。それに感動をしたのか。エリザベートが彼女の体を抱きしめている。
「いい子ですね。母様はそう言ってもらえて凄くうれしいです」
 気を遣っていたつもりだったが、自分の預かりすらぬ場所であれこれあったようだ。それについては反省しなければいけないだろう。
 だが、それは後でもできる。
 今優先すべきなのは、喜んでくれると思っていたかわいい妹の反論にショックを受けている息子の方だろう。
「さて……エレーヌはそう言っておるが、条件は撤回するか?」
「いいえ!」
 だが、すぐに彼はこう言い返してくる。
「やはり条件は変更いたしません。エレーヌはそう言いますが、私にとってはそれが一番重要なことですから」
 その言葉にジョフロアは無意識のうちに眉間を抑えていた。
「これが《妹》ではなく《民》であれば今すぐにでもお前に王座を譲るものを」
 あくまでも『エレーヌが最優先』と言い張るのであればユーグに王位を譲ることも考えなければならないだろう。その際には申し訳ないが魔王の手も借りなければならないだろうが。
「よかろう。その言葉を条件として交付しよう。ただし、だ。これ以降、お前の行動でエレーヌが悲しむようなことになれば、その時点でお前は王族ではなくなる。その覚悟をしておくがよい」
 その前に釘だけは刺しておきたい。自分にしてもかわいい息子をむざむざと切り捨てたいわけではないのだ。
「かしこまりました」
 それにユベールは静かにうなずいてみせる。それが逆に恐ろしいと思えてならない。
 いったい自分の息子はどこでねじ曲がってしまったのか。心の中でそうつぶやくしかできないジョフロアだった。

 その告知は彼女の耳にも届いていた。
「何て傲慢なのかしら。あの方の妹に産まれただけでは飽き足らず、周囲のものの愛情まで独り占めしないといけないなんて」
 それが彼女の思い込みだと指摘する者は誰もいない。
「まぁ、いいですわ。まずはあの方に選ばれさえすればいいのですもの」
 後は自分の魅力でどうにでもなる。そうなった後は邪魔者はさっさと追い出せばいい。
「ユベール様……」
 あなたが愛するのはわたくしだけです。そうつぶやく彼女の声を耳にするものは、本人以外誰もいなかった。

「ユベールおにいさまはおかしいです」
 モーブに髪をすいてもらいながら、俺は本音を吐き出す。
「ぜったいにいきすぎです」
「そうですね。姫様は魔王様の花嫁でいらっしゃるのに」
 できればそれは口にしないでほしい。だが、それを言っても無駄だと言うことも知っている。
「まおうさまのおかお、しらない」
 その代わりにこんなセリフがこぼれ出た。
「姫様が大きくなられたら会いに来てくださいますわ。今、姫様のお顔を見ればそのまま連れ帰りそうだから、と我慢しておいでですのよ」
 そういうところはいじらしいですね、とモーブは笑う。
「そうなの」
 いじらしいというのか、それともと悩む。だが、モーブがそう思っているのであればあえて突っ込まないでおこう。
「そうですわ。でも、姫様がお望みなら絵姿ぐらいは手に入れてきますけど」
 どうされますか、とモーブは問いかけてくる。
「……あとのたのしみにとっておく。それよりもモーブ」
「はい」
「ごしんようのたんけんのようなものがほしいです」
 漠然と『手元に持っていた方がいい』という思いがわいてくるのだ。こういうときはそれに従っておいた方がいいと思う。
「……そうですわね。短剣も姫様には大きいでしょうから何か別のものを用意させます」
 これから城内に人も増えていく。それはもちろん、ユベールの婚約者候補の令嬢達だ。しかし、彼女たちは一人で来るわけではない。身の回りのことを行う侍女や護衛の騎士を連れてくるだろう。その中によからぬことを考える者がいないと限らないのだ。
 同時に、モーブがいつでもそばにいられるわけではない。
「よういさせる?」
「えぇ。知り合いに頼みますわ」
 これも突っ込んではいけないものだろう。そう判断をする。
「……おねがいします」
 ともかく必要なのは自分の身を守るための武器だ。そう判断をして俺はそう言った。

 次第に華やかになっていく城内の空気に、俺は精神的な疲労を感じていた。
 何というか、強引に俺と顔を合わせて自分を印象づけようとするもの達が多いのだ。しかし、にこやかなのは表面だけだ。その内心は俺の存在を疎んじていると言うのが十二分に伝わってくる。
 間違いなく、これが原因だろう。
「……へやからでたくない」
 もう誰彼に声をかけられるのはいやだ。言外にそう付け加える。
「わかっております」
 カミラが即座にそう口にした。
「モーブが今、先生からお気持ちが落ち着くお茶を分けてもらいに行っております。それを姫様のお薬だと皆に伝えておきましょう」
 それでも押しかけてくる人間は資格がないと判断してかまわないのではないか。彼女はそう続けた。
「カミラの言うとおりですわ。それではユベール様の出された条件とは真逆の行動です」
 ホノラもそう言ってうなずいている。
「そうだね」
 本当に兄様は余計なことをしてくれて、と心の中だけで付け加えた。それがなければ自分の周辺はもっと静かだったはずだ。
 もっとも、この状況が目的だったのなら、十二分に達成できているが。
「せきにんをとってにいさまになんとかしていただくのがいちばんでしょうけど」
 彼は今、令嬢達の保護者との会談に忙しいと聞いている。だから、すぐには動けないだろう。
「……おくにいます」
 ここではなく奥の部屋ならばこの喧噪も聞こえないのではないか。そう思って口にする。
「いつもでしたらお止めしますが……今日ばかりは仕方がありませんね」
 カミラがそう言いながら俺が立ち上がるのを手伝ってくれる。ホノラは即座にドアを開けていた。
 寝室へと避難しながら、早くこれが終わってほしい。そう思わずにいられない俺だった。


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