何で、俺が魔王の花嫁?

024



「そもそも、あの時、お前がこの子を突き飛ばしたりしなければ、誰も不幸にならなかったものを」
 夜来様が言葉を重ねる。
「しかも、お前のゆがんだ愛情のためと知ったとき、お前の両親は自死しようとしたぞ!」
 それを止めるのにどれだけ苦労したことか。彼はさらにこう告げた。そのときの様子が思い浮かんでしまうのは彼らをよく知っていたからだろう。
 優しかったあの二人が死を選ぶとはよほどのことだ。
「何で……」
 俺を殺したのか。そんなつぶやきが唇からこぼれ落ちる。そんなことをしなければ誰も傷つかなかったのに。
「貴方が当主の座を手に入れられなかったからだ」
 そのつぶやきを拾ったのだろう。彼はいきなりこう叫ぶ。
「それでは貴方が浮かばれない! だから、せめて安らかに眠ってもらおうと思っただけだ」
 何を言っているんだ、こいつは。
 誰がそんなことをしてくれと頼んだ?
 俺は家の後を継ぐよりももっと他にやりたいことがあったのに。
 それを邪魔しやがって。そもそも、誰がそれを頼んだんだ? 頼んでないよな? と心の中だけで口にしていたつもりがしっかりと口から出ていたらしい。
「……なにを言っているんですか?」
 それを耳にしたあいつが呆然と聞き返してくる。
「うちは冬美姉さんが継ぐのが当然だろう? 俺自身、跡取りとしての教育は受けていないんだし」
 何よりもなりたい職業があった。それのために大学を選んだし、その第一歩の受験の日に殺されてうれしいはずがないだろう。忘れたと思っていた恨みとともに俺はそう告げる。
「確かにの。死んでしまえば跡目は継げぬ。むしろ、生きていた方がその可能性が高かったかもしれぬ」
 彼方が事をなせば父母の意見も変わっただろう。それを支えたならば『忠臣よ』とたたえられただろうに、と遙佳姉さんもうなずく。
 しかし、それもすべて『IF』の世界だ。
 俺は皆を悲しませたこいつを許せない。だから、と口を開いた。
「今生ではアンタが兄かもしれない。でも、俺は二度とアンタを兄とは呼ばない」
 二度と顔も見たくない。そう言いきる。
「エレーヌ……私は君を大切にしてきたつもりだが?」
「アンタのは『大切』と言わない。好意の押しつけはやめてくれないか?」
 全部、俺が望んでいないことばかりだった。特にアンタの婚約者選びのせいで俺は殺されそうになったぞ、と付け加えた。
「だから俺は、アンタの好意は信じない!」
 むしろ嫌悪してやる、と言い切る。
「そんな……」
 なぜ、伝わらない。彼はそうつぶやく。
「当然であろう? 独りよがりな感情の押しつけは迷惑以外の何物でもない」
 それどころか、やられた本人から恨まれても仕方がないことだ。夜来様はそう付け加える。
「まして、そのせいで命を落とせばな」
 それは誰のことを言っているのだろう。
 俺のことだとするならば、怒りは普通に感じる。しかし、恨んでいるかと言われれば首をかしげるしかない。
 それはどうしてなのだろうか。
 真っ先に恨み辛みをぶつけてもおかしくはないだろうに、その気になれないのだ。
 むしろ、あいつがどうなってもいい。ただ、俺の視界から消えてほしいと思う。
「さっさと消えてくれるかな?」
 そう告げれば、あいつは目を丸くして俺を見つめる。
「お前がどうなろうと、俺にはどうでもいい。ただ、視界の中に入らないでくれればいいだけだ」
 冷たい口調でそう言いきれば、あいつは信じられないという表情を作った。
「あんなになついてくれていたのに……」
 そしてこうつぶやく。
「アンタが長兄だから仕方なしに付き合ってただけだ。週に一度ぐらいだったし……それに、何も知らなかったからな」
 知ってたら義理でも付き合わなかった。吐き捨てるようにそう告げる。
 誰が自分を殺した相手に付き合いたいと思うのか。
 まして、それがあまり好きでなかった相手ならなおさらだ。
「当然であろう?」
 そんな俺とあいつの間に体を割り込ませるように移動しながら夜来さま──いや、遙佳姉さんがあいつをにらみつける。
「おぬしは殺人犯だ。その犯人がどうして好かれていると思うのか。せめて何もせず、ただ見守っておれば今少しはマシだったかもしれぬがな」
 自分で正体をばらした以上、このような態度をとられても当然だろう。そう続ける。
「だから、おぬしはさっさと消えるがよかろう。せめてもの情けで命だけは取らずにいてやる」
 さっさと消えるがよい、と続けながら彼は剣の切っ先をのど元に突きつけた。
「何を……私はエレーヌの兄ですよ?」
 この期に及んでそんなセリフを口にするのか。
「それに」
 言葉とともにあいつは上着の中へと手を差し入れる。
「貴方はここで亡くなるのですから」
 そう叫ぶと彼は手を引き抜いた。その手には何かを握りしめている。
「ここまでとはの」
 無駄なことを。そう付け加えると彼はあっさりとそれをはじき飛ばす。
「うわっ」
 だが、それは夜来に当たらなかった。目に見えぬ何かにぶつかるとあいつの方へとまっすぐに飛んでいく。そして、あいつの首にがぶりとかみついた。
「……ひっ」
 その次の瞬間、あいつは苦しみ出す。
「見るな!」
 そこから先は夜来様の手に視界を遮られたせいで何も見えなかった。それどころか声すらも聞こえない。
 気がついたときには俺はベッドの上だった。

 エレーヌの体を抱き上げ城の中へと戻る。そこにはモーブがいた。
「申し訳ありません」
「気にするでない。あれが何かをしたのであろう」
 そう言うと彼はまっすぐにエレーヌの部屋に向かおうとした。しかし、すぐに足を止める。
「モーブ」
「お預かりします」
 そう言うとモーブは夜来の手からエレーヌの体を受け取る。
「部屋に行っておれ」
 彼女にそう命じると夜来は体の向きを変えた。そこに白い人影が見える。
「あれを引き入れた娘か」
 ゆらりとそれは歩み寄ってきた。 「……あの方が死ぬくらいなら、お前が死ねばよかったのに」
 そのまま彼女はこんなセリフを口にする。
「……死んではおらんぞ……まぁ、生きているとも言えぬがな」
「何を!」
「眠っておるだけよ。悪夢とともにのぉ。決して目覚めぬ夢の世界でな」
 あれにはふさわしい罰よ、と夜来は笑う。
「あれの抜け殻がほしいなら持って行くがよい」
 我には必要がない、と彼は続けた。
「ただし、あれの罪は消えぬ。ジョフロアをはじめとする王族がどうですか。そこまでは知らぬ」
 そう告げると彼は体の向きを変える。そして、エレーヌ達の後を追った。

 後にはファナだけが残された。


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