何で、俺が魔王の花嫁?

025



 朝、目覚めたときにはもう、すべてが終わっていた。
 それはいい。
 あれがどうなろうと自分にはもう関係ないことだ。
 それよりも、とため息をつく。
「まさか遙佳姉さんが夜来様だとは……」
 彼女は確かに自分のことを気にかけてくれていた。それが行きすぎていじりのようになってもいたが、とため息をつく。
「それでも、大学に行くことを後押ししてくれたのは姉さんだし」
 しかし、その遙佳姉さんがどうして《夜来香》として転生していたのか。その理由がわからない。
「《俺》の転生に関わっているのは間違いないんだろうけど」
 本当に何がどうなっているのか。そこまでつぶやいたところでノックの音が響いてくる。
「はい、どうぞ」
 しとやかな王女の仮面をかぶりながら俺は言葉を返す。
「失礼します、姫様」
 その言葉とともにモーブ達が入ってくる。
「姫様、陛下がお呼びです。ご準備をお願いいたします」
 その言葉に俺は首をかしげる。
 まだ早朝と言っていいこの時間帯に呼び出されるとは思ってもみなかった。呼び出されるとしても朝食の時間だと考えていたのに、と心の中でつぶやく。
 しかし、行かないわけにはいかない。
「わかりました」
 そう答えるとベッドを抜け出す。そうすれば侍女達が大急ぎで着替えさせてくれる。
 本当は自分で着替えた方が早いのに。
 そう思うが、立場上仕方がない。おとなしく着せ替え人形になっている。
「姫様。もうよろしいですよ」
 数分後にはどこの誰が見ても一国の王女だとわかる姿に変わっていた。
「ありがとう」
 にっこりと微笑んでそう告げる。
「では、行きましょう」
 夕べのことはきっと夜来様が説明してくれているに違いない。姉さんであったのならばなおさらだ。だから、俺は何も言わなくていいはず。
 自分にそう言い聞かせると俺は足を前に踏み出した。
 長い廊下を歩いて目的地まで向かう。ドアの前でモーブがノックをした。そして、俺の到着を告げる。
「入りなさい」
 夜来様とお父様だけが待っているだろう。そう思って部屋に入れば、なぜか各国の王様方もいた。
「エレーヌ、まいりました」
 それでも礼儀を思い出して淑女らしく礼をとる。 「これで全員そろったの」
 夜来様がまずは口火を切った。
「さて……昨夜のことだが、あれの処分はすでに我がしておる。後は好きにせよ」
 その言葉にお父様が頭を下げた。
「すでにあれは王統譜からも除籍してあります」
 後は捨て扶持を与えて死ぬまで誰かに世話をさせるだけだ。お父様はそう告げる。
「何を言っておる! ユベール殿はそなたの長子であろう」
 それに異を唱えたのはビソデフローラ王パブロだ。
「おかしいのはそなたの方であろう?」
 ため息交じりに彼を諫めるのはフェティダ王ロレンソである。こういうときに最年長の彼の存在はありがたい。
「魔王様を暗殺しようなど、この世界の住人であれば考えられぬ。それを実行しようとしたものは八つ裂きにされたとしても文句は言えぬのだぞ?」
「そなたがそのような考えであれば、ヴィクトリアを嫁がせることも考えねばならぬな」
 ため息交じりにガリカ王ユージンが付け加える。
「ファナ姫がかわいいのはわかる。私とてヴィクトリアの父だからな。しかし、これとそれとは次元が違いすぎる」
 あきらめろ、と彼は続けた。
「ファナは狂ってしまった。何があろうとユベール殿から離れぬと……」
 いくらビソデフローラ王家の人間とは言え、それは……とパブロは唇を震わせる。
「だから『好きにせよ』と言っておる」
 狂ったのであれば、そのまま幽閉すればよい。そこにあれがいようと我は関知せぬ。夜来様はそう続けた。
「パブロ。それで我慢すればよかろう」
「そうだな。ファナ殿には悪いが、彼女が城におらぬ方がヴィクトリアも安心できよう」
 目の前の各国の王様方の会話を聞きながら、自分はなぜここに呼ばれたのだろうか、と思う。こういう話なら俺はいなくてもいいではないか、と。
「それと、エレーヌ」
「はい、お父様」
「そなたの婚姻のことだが……異例だが早めることにした」
 お父様の言葉に俺は一瞬考え込む。
「お兄様のことをごまかすためですか?」
 思わず俺はこう問いかける。
「そう考えてもらってもよい。人は慶事の方を喜ぶからの」
 元からいなかった人間のことよりも、とお父様は続けた。
「わかりました。お父様のよろしいように」
 国民に魔王との仲は壊れていないと知らしめなければいけない。そのためならば妥協するしかないだろう。
 問題は、と視線を夜来様へと向ける。
 彼が元姉だと言うことか。
「ふむ。では、月が変わった頃に」
「はい。それでかまいません」
 元々は十年前に連れ去られていたとしてもおかしくはない。それを夜来様の慈悲で今まで伸ばしてもらっていたのだから。お父様はそう言う。
 だが、きっと、子供をそばに置いておくのが面倒だったからではないか。
 彼女のわがままぶりを俺はよく知っている。転生したからとはいえ、その性格が変わるとは思えない。ただ、かぶっている猫は分厚くなったようだが。
 どちらにしろ、結婚するしかないからな。まぁ、悪いようにはならないだろう。俺はそう考えていた。

 またしても衣装合わせだの何だのと忙しい日々を送っていた。
 お母様にしてみれば悲しめばいいのか喜べばいいのかわからない状況だったに違いない。それでも娘のために笑顔を作ってくれていたが。  あの人達は結局、離宮で暮らすことになったらしい。ファナ姫はそれでも幸せだったのか。眠りに落ちているあの人のそばでニコニコと笑っているそうだ。ただ、時々我に返るのか、なぜ自分がここにいるのかわからないと言う表情をするらしい。それを哀れというのは彼女に失礼なのだろうか。
 そんなことを考えるが、すぐに忙しさで忘れてしまった。
 結婚しきって、こんなに大変だったんだ。特に花嫁はあれこれと決めなければいけないことがある。ドレスに始まって装飾品から式の後のパーティの献立、来てくださった皆様へのお土産等、本当に沢山あった。それは前世の結婚式も変わらないのかもしれないが、こちらはさらに派手だ。相手が相手だから、と言う理由もあるのかもしれない。
「……面倒くさい」
 ため息交じりにそうつぶやけば、お母様があきれたような視線を向けてきた。
「相手が魔王様でなければここまでしません」
 そしてきっぱりという。
「わかっていますわ、お母様。ただ、面倒くさいのは事実です」
「その気持ちもわかります。でも、あきらめなさい」
「……はい」
 やっぱりね、と俺はため息をつく。その後はあきらめて試着を繰り返していた。
 やっと決まったのは、式の二週間前。
 完成するのか、と思えば、お針子達が頑張って一週間前には完成させてきた。他のものも同様。
 料理に関しては前日から料理人達に頑張ってもらわなければいけない。
 そう思っていれば今度は俺の肌を磨くことに侍女達が頑張り始めた。
「別に、そこまでしなくても……」
「いいえ。姫様が一番おきれいでなければいけません」
 こう言うとモーブ達はさらにあれこれとし始める。恥ずかしいところまでしっかりと洗われたりなんかして、終わったときにはぐったりだ。
 まぁ、確かに肌つやはよくなったけどな。
 当日は当日で朝から着替えだのヘアメイクだのって大騒ぎだったし。お父様達とゆっくりとお別れもできなかった。
 もっとも、あちらもあれこれと忙しくてそんな時間はとれなかったみたいだが。それでも二言三言だけでも家族と会話ができてよかったのかもしれない。むしろ、これからのお母様が心配だと思う。
 ユーグ兄様とアンリ兄様にはそんなお母様を支えてほしいとお願いしておいた。
 お父様には『ありがとうございます』とだけ告げる。
「そなたには迷惑をかけたな」
 お父様はこう言葉を返してくれた。
「いえ。お父様のご苦労に比べればまだまだです。ですが、これからのお母様が心配で……」
「わかっておる」
 だから、安心しなさい。そう言うお父様にうなずき返す。
 そのお父様に手を引かれて大聖堂の中を進んだ。
 壇上で夜来様が待っている。
 これからどうなるのかわからないが、とりあえずは無難なところに収まったのかな。そう思わないとやっていられない。

 その日、俺は魔王の花嫁となった。

 で、しっかりと押し倒されているわけだが……
「どうしてこうなってるのかな?」
「気にするな。夫婦がすべきことをするだけよ」
「……思いきり気にするに決まっているでしょう!」
 こんな結果が待っているとは思わなかった。
 まぁ、これもまた幸せなのだろう。


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