03
それから、どれだけの時間が経っただろうか。
「やはり死ねなかったか」
ため息とともにルルーシュは体を起こす。
「……何で?」
確かに死んでいたのに、と直ぐ近くで声がする。それに視線を向ければ、あの子供――おそらく、彼がヴィクトルだろう――がいるのが見えた。そして、その隣にもう一つ、人影がある。
「どうやら、そいつは私たちと同じ存在らしいな」
まさか三人目がいたとは、と聞き覚えがありすぎる声が耳朶を打つ。
「――?」
とっさに彼女の真実の名を口にしてしまったのは、予想外の再会――いや、この場合、出会いというべきなのだろうか、とルルーシュは心の中で呟く――をしたせいだろうか。
「お前!」
しかし、信じられないというのはC.C.の方も同じだったようだ。
「何故、その名を知っている!」
「……C.C.?」
その剣幕にヴィクトルが泣きそうな表情を作る。だが、それにも彼女は気付いていないらしい。
「……お前ではないお前に教えられたからだ」
その時のことは説明できる。しかし、今、どうして自分がここにいるのかは説明できない……とルルーシュは言い返す。
「私ではない私?」
意味がわからない、と彼女は目をすがめる。
「そう言えば、以前、人の記憶をのぞき込んでくれたな。なら、今のお前も同じ事が出来るのか?」
それとも、別人なのだろうか、彼女は。
ここは自分の知っている世界の過去だと思っていた。だが、パラレルワールドという可能性もあるのか、と今更ながらに気付く。
「Cの世界を壊した弊害が出ているのか?」
ぼそっと、そう呟いた。
「なんか、面白そうな話だな、それは」
ニヤリ、と笑いながらC.C.は言葉を口にする。
「そう言うことなら、遠慮しない方が良さそうだな」
次の瞬間、彼女の手がルルーシュの襟首を掴んだ。そのまま己の方へと引き寄せる。
「……あっ」
逆らう間も与えられず、しっかりと唇をふさがれてしまった。
そう言えば、昔から自分はそうだったな……と意味もなく思い出す。C.C.はもちろん、カレンにも同じように強引にキスを奪われたような気がする。それ以前にも、ユーフェミアにも……と思いだした瞬間、むなしくなってしまったのは言うまでもないことだ。
「なるほど」
唇を離すと共に彼女はさらに楽しげな表情を作った。
「なかなか楽しい状況だったようだな」
自分ではない自分が少しうらやましい。そうも彼女は付け加える。
「しかし、そうなるとやはり解せないな。どこでコードが増えたのか……」
それとも、消えたのか? と眉根を寄せた。
「……と言うと、ここには別のコードが存在しているのか?」
自分が受け取ったものとは別の、とルルーシュは聞き返す。
「まぁ、そう言うことだ」
そう言えば、自分はシャルルからコードを押しつけられた。そして、シャルルはV.V.のものを奪ったらしい。
だが、そのV.V.に最初にギアスを与えた人間は誰なのか。
それが気にならなかったわけではない。しかし、聞けるような状況ではなかった。おそらく、あちらのC.C.もそれに関しては教えてくれなかっただろう。
「……C.C.……」
一人だけ話が見えないのが気に入らなかったのか。ヴィクトルが彼女の名を呼んだ。
「あぁ。安心しろ。これはお前達の敵ではない」
少なくとも、今は……と彼女は意味ありげな声音で付け加える。
「だから、しばらくお前はこいつと一緒にいろ」
そのケガでは足手まといだ……と彼女は続けた。
「C.C.!」
「心配するな。あいつはちゃんと探してやる。その間に、お前はケガを治せ」
ついでに、こいつに今の状況を説明してやればいい。そうすればこいつが食事その他を用意してくれるはずだ。そう言って彼女はさらに目を細める。
「なぁ」
子供の世話は得意だろう? と彼女は問いかけてきた。
「否定はしないが……」
「大丈夫だ。とりあえず、隠れ家はあるからな」
必要なものも揃っているはずだ。彼女はそう付け加える。
「そう言うことだ、ヴィクトル。今は大人しく言うことを聞け」
他人のためにシンでもいいとまで考えた人間だ。疑わなくてもいいだろう? と彼女はさらに言葉を重ねた。そうすれば、ヴィクトルは小さく首を縦に振ってみせる。
「とりあえず、隠れ家には案内してやる」
この言葉に、ルルーシュもとりあえず頷いて見せた。
しかし、目的地に着いた途端、させられたのが料理だというのは何なのか。しかも、ここまでしっかりとヴィクトルを背負ってくる羽目になったし。よく、自分の体力が保ったものだ、とルルーシュはため息をつく。
いくらコードを持っているとは言え、体力が増大するわけでも何でもないらしい。
ある意味、不便なものだな……と心の中で呟く。
それでも、今まで身につけたことは十分に出来るらしい。そして、C.C.の様子から判断して、新しい技量は身につけられるようだ。
「体力もつけようと思えばつけられるのか?」
もっとも、それは自分のジャンルではないが……と苦笑と共に付け加える。しかし、こちらの世界ではもう少し体力がないと辛いような気がする。車はもちろん、馬もそう簡単に手にはいるとは思えないのだ。
そして、おそらく自分は逃げ回ることになるだろう。
「まぁ、当面はここに乙付いていられるだろうがな」
言葉とともに料理を皿に移す。大皿にひとまとめにしたのは、まだヴィクトルが自分のことを疑っているからだ。同じ皿から取れば多少は彼の猜疑心を和らげることが出来るだろう。
そんなことを考えながら、皿を手にする。
「取り皿は並べてくれたか?」
そのまま食堂へと移動しながら問いかけた。
「もちろんだ。しかし、何故、こんな面倒なことをさせる?」
どんなときでも偉そうな態度は変わらないのか。そう思わせる口調でC.C.が問いかけてくる。ルルーシュはそれにヴィクトルに視線を向けることで答えた。
「なるほど」
この子供は、とC.C.はため息をつく。
「そう言うな。気持ちはわかる」
自分も妹と自分以外を信じられないと思っていた頃があったからな、とルルーシュは苦笑を浮かべた。その瞬間、ヴィクトルが視線を向けてくる。
「俺も母を暗殺されたからな。お前よりも、もう少し幼い頃に」
そして、妹は自由を失った。
小さな声でそう付け加える。
「世界の全てが敵だと思っていた」
言葉とともにテーブルに皿を置く。
「誰が敵で誰が味方か。自分自身で納得できないうちは、警戒されても仕方がないだろう」
さらにこう付け加える。
「……なるほど」
実際に経験している人間の言葉は重いな、とC.C.は頷く。
「で、妹は?」
「少なくとも、最後に見たときは元気だったな。俺の手も離れたから、大丈夫だろう」
最後に自分のために泣いてくれた。それだけでも自分にとっては十分だ。そう心の中で付け加える。
「とりあえず、俺たちが口を付けた後でもいい。料理に手をつけるんだな」
ヴィクトルが誰を待っているのかはわからない。だが、何も口にしなければその相手が来る前に倒れるぞ。それでは、相手に心配をかけてしまうことになるだろう……と言葉を重ねた。
「それは、いやだろう?」
こう付け加えれば、ヴィクトルは小さく頷いてみせる。
「いいこだ」
こう言って微笑む。
「というわけで冷めないうちに食べよう」
どうせなら温かいうちの方がおいしいからな。そう言って、ルルーシュは自分から料理に手をつけた。
食事が終わると、C.C.は隠れ家を出て行った。
「後かたづけぐらい手伝っていけばいいものを」
もっとも、そんなことをするような存在ではない、ということはよくわかっていたが。
「ヴィクトル。出来るようならテーブルを拭いてくれ」
とりあえず、とルルーシュは残っているもう一人の少年に声をかけた。
「僕が?」
何故、と彼はすぐに言ってくる。
「ここにいるのは、俺とお前だけだ。そして、俺は食器を洗っている。ならば、手の空いているお前がテーブルを拭くのは当然のことだろう」
自分はヴィクトルの家来でも何でもないのだから、とルルーシュは言い返す。
「お前がどれだけ偉い家の人間かは知らないし、興味もない。だが、ここでは座っていれば回りが全てをやってくれると思うな」
そう付け加える。
「でも!」
「出来なければ、これから覚える。そうすれば、今まで見えなかったことも見えるようになる」
それは人の上に立つ上でも重要なことだ。ただ命令をするだけの人間よりも、相手がどれだけ心を砕いてくれているか知っている相手の方に尊敬の念を抱く者の方が多いはずだし、とさらに言葉を重ねる。
「……それは、お前の経験から、か?」
「そんなものだ。自分でできれば、他人の手を煩わせずにすんだからな」
そして、バカが何かをしようとしているときもわかった……と続けた。
「どう、すればいい?」
その言葉が彼の心を動かしたのか。おずおずと問いかけてくる。
「そこにふきんがあるだろう? それを使って、テーブルの上を端からゆっくりと拭いていけばいい」
そう言いながら、ルルーシュは皿を洗う手を一度止めた。そして、別のふきんを持ってテーブルへと戻る。そのまま手本を見せるようにテーブルを拭いてみせる。
「出来そうか?」
一角を拭き終わったところで問いかければ彼は小さく首を縦に振って見せた。
「いいこだ」
微笑みながらこう言えば、ヴィクトルは驚いたような表情を作る。
「そんなこと、初めて言われた」
「だとするなら、お前の傍にいた連中は他人を見る目がない、ということになる」
手厳しいことを言われても、正しければ行動に移せる。そう言う子供はいいこに決まっているだろう。そう口にしながらも、ルルーシュは、それは自分が言って欲しかった言葉だと気付いていた。
「……あの」
おずおずと彼は声をかけてくる。
「何だ?」
「何と、呼べばいい?」
お前のことを、と言われて、ルルーシュは少し悩む。本名を告げるわけにはいかないからだ。だが、直ぐにある呼び名を思いついた。
「そうだな……L.L.とでも呼んでくれればいい」
自分もC.C.と同じような存在だから、と言葉を重ねる。
「L.L.」
確認するようにヴィクトルが繰り返していた。