05
C.C.が戻ってきたのは、もうじき、月の形が一巡りすると言うときだった。
暗闇に紛れて姿を見せるとは、まさしく魔女だな……と思いながら、ルルーシュは彼女を招き入れる。
だが、彼女の後に続く姿はない。
「……一人か?」
ヴィクトルの弟を迎えに行ってきたのではないか。そう問いかけた。
「かなり厄介なことになっていてな」
自分だけでは連れ出すことが難しかったのだ、といいながら、彼女は椅子に腰を下ろす。そんな彼女の前に、とりあえず自分が飲むつもりで用意しておいた紅茶を差し出した。
「……お茶か……どうせなら、酒の方がよかったのだが……」
やはり、シーツはどこにいてもC.C.か。そう思わずにはいられないセリフを彼女は口にしてくれる。
「残念だが、俺もヴィクトルも未成年だ」
アルコールを口に出来る年齢ではない、と言い返す。
「そうだったか?」
そんなもの、無視する性格かと思ったのに……と彼女は笑う。
「……まぁ、これだけうまく淹れられるなら構わないか」
アルコールでなくても、と言われたのはほめ言葉なのだろうか。それとも、と思う。
「ともかく、あのことは心配ない。当面は命の危険はないはずだ」
とりあえず、後はヴィクトル次第だが……と彼女は続ける。
「というと?」
「はっきり言えば、私一人では手出しのしようがない、ということだな」
ヴィクトルに覚悟があるのであれば何とかなるかもしれないが、と彼女は言う。つまり、ヴィクトルが誰かの提案を受け入れるかどうか、ということか。そうすることで味方を増やす。しかし、それは裏切られるかもしれないと言うことと同意でもある。
もし、自分がまだ《ギアス》を使えていたら、状況は変わっていたのかもしれない。だが、もう二度と、あの力を使いたくないというのも事実だ。
確かに、《絶対尊守》の力は、こう言うときには有効かもしれない。だが、全ての人間に《ギアス》をかけるわけにはいかないのだ。必ず、どこかで歪みがでるに決まっている。
まして、人の心は移ろいやす。弁が立つ人間が一人でも敵にいればあっさりとそれまでの信頼は覆されるだろう。それを嫌と言うほど、味あわされた。
だから、出来るなら《ギアス》は使わない方がいい。もっとも、使おうにも自分にはもう使えないが。そう心の中で付け加えた。
「準備に時間がかかると?」
第一、これは自分の戦いではない。だから、と思考を無理矢理中断させるとこう問いかけた。
「まぁ、そんなところだ」
それだけではないが、と彼女は苦笑を浮かべる。
「当面、あの子の命は保証されている。それだけは確約できるから、いいのだがな」
だが、それもヴィクトルが連中に掴まらなければ、の話だ。彼女はそう続けた。
「だから、あいつに飛び出されるとまずい」
そして、と彼女は続ける。
「厄介なのがあの子の傍にいるからな」
自分では相手に近づけない。だから、と彼女は続けた。
「とりあえず、手助けをしてくれる者を連れてくる。それまでの間でいい。もう少しあいつの面倒を見てやってくれないか?」
急いでしなければいけないことがあるわけではないだろう? と確認するように口にされる。
「だが、俺はあまり長い時間、ヴィクトルの傍にいない方がいいような気がする」
いずれ離れていく存在なのだから、とルルーシュは言い返した。
「わかっている。後少しの時間でいい」
せめて、自分が戻ってくるまで……と彼女は食い下がる。
「何故、俺に?」
「お前以外に、あいつらに抵抗できそうな人間を知らないからな」
自分をのぞいての話だが、と言われてルルーシュは顔をしかめた。
「……ギアス能力者か」
自分たち以外が抵抗できないのは、と口にする。ということは、C.C.が言っている『厄介なの』というのは、コード保持者なのかもしれない。
「そんなところだ」
否定しても意味はない。そう判断したのか。彼女はあっさりと頷いて見せた。
「なら、お前が連れてくる人間も同じなのではないか?」
ギアスにかけられるのではないか、と言外に問いかける。
「それなりに対策を取っている連中だから、大丈夫だろう」
他の人間よりは体勢があるはずだ。そう言われて、ルルーシュはある組織のことを思い出す。
「なるほど……嚮団のメンバーか」
自分の時代の者達は自分が殲滅してしまったが、この時代はまだ存続している。そして、おそらく中華連邦に本拠地を移す前にはブリタニアに本部があったのだろう。
「わかった。ただし、お前が帰ってくるまで、だぞ?」
それ以上は付き合わない。ルルーシュはそう言う。
「……あぁ。いいだろう」
本人は残念がるだろうが、とC.C.はわざとらしく付け加える。それに、一瞬だがルルーシュの心が揺れた。しかし、あの可能性を考えれば、すこしでも早く離れた方がいいということも事実だ。
「それと、その時にはお前達が警戒している相手についても教えて貰おう」
いったいどのような人物なのか。わかっていることだけでいい、と続ける。
「何故だ?」
ルルーシュには関係のないことだろう、と彼女は言う。
「コード所持者だからな」
ひょっとしたら、どこかで会うかもしれない。その時に判断を誤ればまずいことになるのではないか。
「……まぁ、その時にやられるのはお前の方だろうがな」
自分はもちろん、ヴィクトルにも負けるだろう、お前は……とC.C.は笑う。それは否定できないかもしれないが、面と向かって言われると面白くない。
「だから、会わないようにしたいんだろうが」
会えばどうなるかわからない。ならば、最初から会わない方がいいのではないか、言い返す。
「確かに、お前にはそれが一番いいだろうな」
逃げるが勝ち、という言葉もあるし……と彼女は笑った。
「……好きに言っていろ」
本当に口が減らない、と思いながらため息をつく。
「とりあえず、これを伝えたかっただけだ。朝になる前にまた出かける」
少しでも早い方がいいだろう。彼女はそう言った。
「ヴィクトルには会っていかないのか?」
C.C.の帰りを待っているようだが、と言外に付け加える。
「あの子を連れてきたわけではないからな。会わない方がいいだろう」
だから、顔も見ずに行く。それに何かを言い返そうかと一瞬考える。だが、確かに肩すかしになるよりは会えないと文句を言っている方がいいかもしれない。そう思い直す。
「わかった。俺は気付かなかったことにするぞ」
C.C.が帰っていたことに、と続ける。
「そうしてくれ」
それが一番いいだろう。そう言ってC.C.も頷いて見せた。
だが、その時にはもう、ヴィクトルはこの会話を耳にしていた。そう気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。
言葉通り、朝起きたら彼女の姿はなかった。しかし、その痕跡はしっかりと残されている。
「……片づけていけばいいものを」
放置された食器を見てルルーシュは思わずこう呟く。
「とりあえず、あいつが起きてくる前に片づけないとな」
洗っておけば、いくらでもごまかせるだろう。そう判断をして手を動かす。
もっとも、その間もルルーシュの脳裏からはもう一人いるというコード保持者のことが引っかかっていた。
イレギュラーなのは自分の方だ、とわかっている。
だが、何故その人物がヴィクトルの弟を狙っているのか。そして、何故、C.C.が相手のことを自分に教えが足らないのか。それが気にかかる。
「確かに、あいつは秘密主義者だったが」
それでも本当に必要なことは聞けば教えてくれていた。その彼女が言わないと言うことは必要ないのか、それとも自分に教えられないことなのか。いったいどちらなのだろう。
「まぁ、教えないとは言わなかったからな」
時が来れば教えてくれるだろう。そう結論づける。
「ともかく、今朝の朝食だが……何がいいかな」
というよりも何が残っていただろうか。とっさに夕べまで存在していた食材を思い浮かべる。
「待てよ……あの魔女が勝手に食べていった可能性もあるな」
自分で確認した方がいいような気がする、とルルーシュは呟く。
「そう言えば、裏に川があったな。あそこで魚は釣れるのか?」
それも調べてみよう。そして、魚がいるようならば気分転換に挑戦してもいいような気がする。
何よりも食卓が充実する、と呟く。
「そう言えばスザクが得意だったな」
魚釣りが、と続ける。猫には嫌われていたようだが、魚や鳥なんかはよく捕まえていた。あるいは、嫌われていたのはそう言うところが関係しているのか。意味もなく、そう考えてしまう。
「そもそも、俺に魚が釣れるかどうかがわからないか」
つれなかったときはその時だ。そう言いながら、洗い終えた食器をかごへと移動する。
「その前に朝食だな」
パンはあったはず。最低でも、後は卵とベーコンか何かが残っていれば形だけは整うだろう。野菜があればもっといいのだが。そう考えながら体の向きを変える。
その時だ。
視界の隅をふわふわのアッシュブロンドがかすめる。
「ヴィクトル?」
起きたのか? と口にしながら視線を向けた。
その時だ。
目の前で赤い鳥が羽ばたく。それが何を意味しているのか、ルルーシュはよく知っていた。