07
「まったく……いつまで待たせるつもりだ、あいつは」
ため息とともにルルーシュはそう呟く。
「いくら何でも、時間がかかりすぎていないか?」
さらに言葉を重ねてしまう。それも当然だろう。あの日別れてから、もう一月以上経っているのだ。
「ここの本もあらかた読んでしまったぞ」
あの日から、ヴィクトルとの関係はぎくしゃくしたままだ。自分がそばにいれば、彼が困ったような表情をする。だから、図書室に逃げ込んでいた結果が、これである。
「どうするかな」
自分が取れるであろう行動は二つ。もう一度、読み直すか。それとも、外に出て別のいたのし身を探すか、だ。
「いっそ、食べられる野草でも探してくるか」
そうすれば、サラダに使えるし、気分転換にもなる。一石二鳥ではないか。もっとも、ヴィクトルを追いかけている連中に見つからないようには注意しなければいけないだろう。
だが、幸いなことに、ここには連中が入ってこられない理由があるらしい。だから、この近辺であれば大丈夫だろう。
「確か、近くで見掛けたしな」
洗濯物を干したりしているときに、とルルーシュは付け加える。
もっとも、確認したわけではないから、別のものかもしれない。それならばそれで、次からは調べなくてすむだろう。
「行ってみるか」
こればかりは実物を確認しなければ意味はないのだ。そう呟くと手にしていた本を閉じる。サイドテーブルの上に置くと、ルルーシュは立ち上がった。
足早に廊下に出ると、真っ直ぐに玄関へと向かう。
そのままノブに手をかけたときだ。
「でていくの?」
頭の上から、焦ったような声が響いてくる。
「ヴィクトル?」
何故、彼がここに……と思いながらルルーシュは呼びかけた。
「僕をおいて、行くの?」
ここから、と彼は続ける。それだけではない。勢いよく階段を駆け下りてきた。
「何の話だ?」
意味がわからない、と聞き返す。
「今までだって、お前をおいて庭に出たことはあっただろうが」
それが何故、ヴィクトルを置いていく、という行為に繋がるのか。訳がわからない、と付け加える。
「……だって……」
そう言ってヴィクトルはルルーシュの服の裾を握りしめてくる。
「僕がL.L.にギアスをかけようとしたから……怒っていると思って」
もう一ヶ月近く前の話をいつまでも怒っていると思っていたのか。ルルーシュは一瞬あきれたくなる。しかし、ヴィクトルはあくまでも本気のようだ。
「怒っているなら、お前のために料理など作らない」
とりあえず、とルルーシュは口を開く。
「放っておく方が楽だからな」
空腹になれば、適当に何かを口にするだろう。食べられるものはきちんと常備されているのだ。一応、料理の基本も教えておいたつもりだし、と続ける。
「手間暇をかけると言うことは、相手のことを気にかけているという証拠でもある」
自分はそれなりにヴィクトルのことを気にかけてはいた、とルルーシュは付け加えた。
「ただ、それでも優先順位は変わらない。それをどう告げていいものか、わからなかっただけだ」
自分の知っているものは、注意をすればすぐに納得して謝ってくれた。しかし、ヴィクトルは自分と顔を合わせたくなかったようだし……と続ける。
「こういう事は、放っておいた方がいいときもあるからな」
自分の中で納得できる状況になるまで、と口にしながら彼の髪を撫でた。
ナナリーだって、きちんと話をして彼女が納得するまで待っていられたら、あんな事にはならなかったのではないか。
そう考えた瞬間、ルルーシュは口元に苦い笑みを浮かべる。
それこそ、今更言っても仕方のない事実ではないか。一度終わってしまったことを後からあれこれ言ったところでその時まで時間が戻るわけではないのだ。
だから、せめて、同じ事を繰り返さないようにしたい。
「俺とお前は別人だ。だから、話をしてくれなければわからないこともある。それだけは覚えておけ」
いいな、と付け加えればヴィクトルは小さく頷いて見せた。
「なら、そろそろ放してくれ。料理に使うハーブを採りに行きたい」
心配ならば、着いてきても構わない。そう付け加えれば彼は嬉しそうな表情を作った。
「本当に、一緒に行ってもいいの?」
その表情のまま、こう問いかけてくる。
「あぁ。ついでに見分け方も教えてやろう」
ひょっとして、彼なりに歩み寄ろうとして色々と考えていたのだろうか。そして、その方法を見つけられずに困っていたのかもしれない。取り返しの着かなくなる前にその事実に気付いてよかった。本気でそう考える。
「うん、ありがとう」
ヴィクトルの笑顔が、それを証明していた。
何とか二人の間の空気が元に戻った。その事実にルルーシュは胸をなで下ろす。それでも、出来る限り距離を取ろうと苦心していた。
だが、ヴィクトルは違う。
ルルーシュが自分のことを嫌っていないなら、と考えているのか。さらに甘えてくるようになった。あるいは、そうして彼を引き留めようとしているのかもしれない。
「ひょっとして、俺の言葉を別の意味で受け止めたか?」
その可能性が強いな、と思う。
「まぁ、ギアスを使われるよりはましか」
自分には聞かないが、と小さなため息とともに付け加える。だが、他の人間にも使ってはいけないのだと認識する契機になるのならば構わない。
後は、どうやって自分のことを諦めさせるか、だ。
今のままでは、自分が『傍にいる』というまで、彼は行動をするだろう。それでも受け入れないとわかったならば、彼はどうするか。そう考えれば答えはすぐに見つかる。
「あの魔女が帰ってくれば、一番手っ取り早いんだろうがな」
ため息とともにルルーシュはそう呟く。ヴィクトルを彼女に押しつけている最中に、自分が姿を消せばいいだけのことだ。幸か不幸か、荷物はないに等しい。
「……金を稼ぐ手だてだけは考えておかないとな」
あればあるだけ都合がよくなるのはお金だ。
もっとも、これだけ国内が乱れている今、それがどれだけの意味を持つか。《日本》から《エリア11》へと名前を変えされられたあの国で、かつて使われていた紙幣が紙切れになった事をよく覚えているのだ。
それに、と続ける。確か、各皇帝候補達が勝手に紙幣を発行していたのはこの時代だったのではないか。
「そのあたりの事も調べておかないとな」
せっかく、苦労して金を稼いでも、一瞬で紙くずになられたら困る。
「かといって、金や宝石では、換金するのが面倒だ」
価値はあまり変動しないな、と呟く。
「まったく……まだここに籠もっているというなら、ネット環境でも整えろ」
でなければ、もっと情報をよこせ! と続ける。
「とりあえず、ここ数年の情勢だけでも調べるか」
ハーブだけではなく野草やキノコを見つけて収穫してきたのが先日のこと。それを保存食にした後、保存場所を探していて屋根裏の一室に新聞らしきものが積み上げられているのを見つけてしまった。
いったい誰が用意したものかはわからない。
しかし、いつ崩れるかわからない状況で積み上げられているというのは許し難い。ヴィクトルが興味津々だったことも含めて、だ。
「片づけと平行して出来ればいいが……難しいだろうな」
読み始めると止まらなくなるのがああいったものの恐ろしさなのだ。
過去に、何度も経験がある身としては状況が簡単に想像が付く。
同時に、あの状況が許し難いのだ。
「とりあえず、年代別に分類だけはしておきたいな」
その後で、ざっと目を通してから縛るなり何なりすればいい。
「今日は読まないようにすれば、大丈夫だろう」
自分に言い聞かせるように呟く。
「さっさと始めてしまうか」
そうすれば、食事の準備の時間を除いても、何とか今日中に終わるような気がする。
「それがいいな」
何よりも、そうしているときには、あれこれ余計なことを考えないですむだろう。
だから、とルルーシュは立ち上がる。
まるでそれを待っていたかのように、ドアがノックされた。
「ヴィクトル?」
選択肢が一つしかないというのは、時には厄介なものだ。そう思いながらルルーシュは問いかける。
「うん。L.L.、ちょっと、時間ある?」
わからないことがあるんだけど、とドアの向こうで彼は言葉を口にした。
「鍵は開いている」
ひょっとして、どこかに監視カメラでもあるのだろうか。毎回毎回、こうタイミングよくノックをされるとそんなことも疑いたくなる。もちろん、自分が調べられる範疇に、そんなものがないのはわかってはいたが。
そんなことを考えながらドアを見つめていれば、すぐにヴィクトルが顔を見せた。
ルルーシュの顔を見た瞬間、彼は小走りに駆け寄ってくる。
「これなんだけど」
言葉とともに、彼はルルーシュに開いたページを差し出して見せた。
「これか……」
そこにはサクラダイトについての論文が書かれている。
「あれを液化すれば、より高いエネルギーを得られるというのは、本当?」
そう言えば、この時代はサクラダイトを製錬することは出来ても、純化させることはまだ研究途中だったか。心の中でそう呟く。
「液化すれば、それだけ純化された状態になるからな。不純物が少ない方が効率はいい」
もっとも、とルルーシュは続ける。
「そこにも書かれてあるとおり、液化すれば、それだけ扱いが難しくなる。その対策は考えておかないといけないだろうな」
ほんの僅かでも大きな爆発を起こす。それを利用したことがある身としては、こう付け加えるしかない。
「それについては、まだ研究途中と言うことか」
ざっと最後まで読み終わって、ルルーシュはそう締めくくった。同時に、その論文を書いた人間の名前に苦笑を浮かべたくなる。どうやら、この論文はロイドの先祖の一人が書いたものらしい。彼の研究者としての脂質は、この人物から伝えられたものなのだろうか。
もっとも、それを確かめることはできないが。
「しかし、現状ではその研究も難しいだろうな」
落ち着いて研究を進められる環境を得られているかどうか。
「……上の新聞を確認すれば、それもわかるか?」
ということは、やはり整理を進めた方がいいと言うことか。ルルーシュはそう呟く。
「何をするの?」
お手伝いできる? とヴィクトルはすぐに問いかけてくる。
「力仕事だ。手伝ってくれる気があるなら、付き合え」
どうせなら、人手はあった方がいい。そして、彼でも猫の手よりはましだろう。そう考えてルルーシュはこういう。
「うん」
それに、ヴィクトルはすぐに頷いて見せた。