08
その結果わかったのは、現在がシャルルの父が亡くなった後。暗黒時代とも言われていた皇位争いの時期だ、ということだ。
「……やはり、成人していない皇族の資料は出ていないな」
自分たちの時代もそうだったのだ。そして、それが慣習だと聞いている。だから、当然といえば当然なのかもしれない。
「だが、厄介だな」
色々な意味で、とルルーシュは呟く。
「下手に誰かと関わるわけもいかないと言うことか」
相手が平民だと思っていれば、身分を隠した皇族だ……と言う可能性だってある。実際、自分たちも七年間、そうやって姿を隠していたのだ。他のものが同じようなことをしないとは言い切れない。
「しかし……この時代のことをもっとよく調べておくべきだったな」
この後の皇位継承権争い――いわゆる《血の紋章事件》に関しては、母のこともあって皆が教えてくれていた。しかし、何故過去の時代のことは誰も詳しく話そうとはしなかったのだ。
その理由が何だったのか。
間違いなく、シャルルにとって不都合なことだったのだろう。だから、自分は知らない方がいいと、アリエス離宮にいた頃は考えていた。そして、調べようとしたときにはもう、資料が手に入らない状況だったのだ。
「あいつが皇族だったことは間違いないはずだ」
だから、それが問題だったと言うことはあり得ない。では、何が問題だったのだろうか、と呟く。
「ここには、それに関しての資料はないからな」
流石に、今現在進行中の事柄の結末を書いた書物などあるはずがない。
「俺がここに来たことで、未来が変わる可能性も、未だに捨てきれないし」
ここがいわゆるパラレルワールドだという可能性も存在している。
「ということは情報の切り売りはしない方が安全だ、ということだな」
何よりもそんなことをすれば相手の記憶に残りかねない。万が一を考えれば、それはしていけないことだ。
「やはり、手っ取り早いのは賭チェスか」
シュナイゼルレベルの人間がそうごろごろいるはずがない。ならば、自分が負ける可能性は低いはずだ。
「こういう時代だからこそ、余計にそう言う娯楽を求めているだろうと思うんだが」
だが、それはそれで厄介なことになるかもしれない。貴族など、プライドが高いだけの存在だし……と続ける。
しかし、それを逆手にとってこちらの有利な状況に持ち込めるかもしれない。
「何を考えているの?」
あまりに思考に没頭しすぎていたのか。どうやら彼は近づいてきていたことに気付かなかったらしい。
これはあまりよくない傾向だな。そう思いながら、ルルーシュは小さなため息をついた。
「どうやったら、外で必要な情報を集められるか、だ」
自分には人を夜盗だけの財力はない。味方といえる人間もいない。その状況でどうすれば効率的に情報を集められるか。それを考えていた。
「とりあえず、この国の人間はチェスが好きだからな。そして、俺はとりあえず人並み以上の実力を持っている」
それを使って相手から情報を得るにはどうしたらいいかを……と続ける。
「チェス、出来るの?」
ヴィクトルが嬉しそうに問いかけてきた。
「……ヴィクトル?」
「あのね。チェスセットを見つけたんだ」
ルルーシュが出来るかどうか、それを聞こうと思って来たのだ……と彼は続ける。
それはタイミングがよかったのか悪かったのか、とルルーシュは苦笑を浮かべた。
「仕方がないな」
色々と考えなければいけないことがある。だが、ここで下手なことを言って彼にまただだをこねられるのも困る。そう考えて、ルルーシュは頷いた。
「よかった。C.C.は強いのになかなか相手をしてくれないし、あの子は僕より弱いんだ」
だから、といいながら彼はルルーシュの腕を両手で掴む。
「あいつ、強かったのか」
対戦したことがないから知らなかった、と呟きながら、ルルーシュはヴィクトルに導かれるまま歩き出した。
当然といえば当然だが、勝負はルルーシュの圧勝で終わった。少しは手加減をすべきだったか、とルルーシュは首をかしげる。
「すごいね、L.L.」
しかし、ヴィクトルはとても嬉しそうにこう言ってきた。
「みんな、何でか手加減をするんだ」
自分と勝負をするときに、と彼は続ける。それがとても面白くなかった、と唇をとがらせる。そう言えば、クロヴィスがよく、同じようなことを言っては自分に勝負をせがんできたな、と思い出す。高位の皇位継承権を持っているから、周囲の者達が彼を喜ばせようとそんな行動に出るのだ、とも。
もし、彼が手加減をされるのがクロヴィスと同じ理由なのだとするなら、やはり彼は《彼》なのかもしれない。
遠い未来、自分たちがどのような関係になるかをルルーシュは忘れてはいない。だから、決して彼に情を移してはいけないのだ。自分にそう言い聞かせる。
しかし、それをヴィクトルに悟られてはいけない、ということもだ。
「L.L.は誰にチェスを教わったの?」
そんな彼の気持ちに気付くことなく、ヴィクトルが問いかけてくる。
「父だな、多分」
それとも母だっただろうか。あのころは二人ともとても優しかった。そして、何でも知っていると思っていた。そんな態度の裏で何を考えているか、知らなかったからだろう。
「……お父さんのこと、好き?」
いったい、何故、そんなことを聞くのだろうか。
「……憎んではいたな」
「どうして?」
「父も母も、俺たちを捨てた存在だ。自分たちの理想だけを追いかけて、な」
そのせいで、自分たちがどれだけ辛酸をなめたことか。ルルーシュはそう付け加える。
「それでも、嫌ってはいなかったんだろう、彼らを」
小さな声で、そう付け加える。
「憎んでいたのに、嫌ってなかったの?」
おかしくはない? と彼が聞き返してきた。やはり、そう言うところはまだ子供なのか、とルルーシュは淡い笑みを口元に浮かべる。
「おかしくはないな」
その表情のまま、言葉を綴った。
「誰かを愛することも憎むことも、その相手のことを気にかけていなければ出来ないことだ」
自分の子供の頃はわからなかったが、と心の中で続ける。
「本当にどうでもいい相手なら、憎むこともしない。視界の中からさっさと追い出すだけだ」
もしくは、最初から意識の中に入れないか、だ。
「あの二人は自分たちの理想だけを見つめていた。そして、それを実現しようと行動していた。その事は認めてもいい。だが、親としては最低だったといだけだよ」
自分たちの理想だけしか見えていなかった、とも言うが……とルルーシュは心の中で付け加える。
それでも、彼らは彼らなりに自分たち兄妹のことを可愛がってくれていたことは否定しない。ただ、それ以上に自分たちの理想とやらが大切だっただけだ。そして、自分はそれを受け入れることが出来なかった。
だが、もし、あのままマリアンヌが
「L.L.は……」
そんな彼に向かってヴィクトルが何かを言おうと口を開いた。しかし、何と言えばわからないらしい。そのまま口をつぐんでしまう。
「……お前がそんな表情をすることではないぞ」
苦笑と共にルルーシュはチェスボード越しに彼の頭に手を置く。
「いずれ、両親の元を離れなければならない。それは少し早かっただけだ」
たとえ、その原因を作ったのが未来の彼だったとしても……と心の中だけで付け加える。それは今の彼の罪ではない。
「それよりも、どうする? このまま終わりにしていいのか?」
ならば、自分はそろそろ夕食の準備をするが、と話題を変えるように言った。
「……もう一回だけ、付き合って?」
どうせ、すぐに負けるだろう。でも、今の勝負よりも一手でも多く打てるなら、とヴィクトルは言う。
「いいこだな、お前は」
なら、こちらも手加減はしない。そう言ってルルーシュは再度駒を並べ始めた。
昼間、ヴィクトルとあんな話をしたからだろうか。部屋に戻ってから、何故か幼い頃のことばかり思い出してしまう。
「まったく……我ながら、弱いな」
完全に決別できていたと思っていたのに、とルルーシュはため息をつく。
「本当に、何故、あいつは俺にこんなものを押しつけたんだ?」
コードなど、と口の中で付け加える。
己を消そうとした自分に対する呪いなのか。
それとも、と呟く。
「いくら考えても、答えが出ないとわかっているのに、な」
答えを導き出せたとしても、それは全て推測でしかない。そして、相手に問いかけようにも、既にこの世界のどこにもいない。Cの世界にも、だ。
あの二人の魂は、自分が完全に消してしまった。
自分がそう願って、彼らに命じたのだ。
その行為を自分は後悔していない。同じような場面に直面したら、また同じ選択をするだろう。
「……俺は……俺たちは、変われる明日が欲しかったから……」
それでも、と小さな声で付け加える。
「あの日々を忘れることは出来ないな」
父や母に慈しまれていたのだ。そう思っていた幼い日を。
それもまた、自分の一部なのだ。
「お前が、俺たちとの日々を忘れなかったように」
今は遠く離れてしまった親友へ向かって、こう告げる。
そのまま、そこで、彼とまた会えるといい。そんなことを考えながらルルーシュは目を閉じた。
夢の中でならば、自分は欲しかったものを手に入れられるだろうか。その疑問に対する答えはそれこそ、夢の中にとけていった。