僕の知らない 昨日・今日・明日

09


 C.C.がようやく戻ってきたのは、季節が変わった頃だった。
「ごゆっくりだったな」
 イヤミの代わりにルルーシュはこんな言葉を投げつける。
「そう言うな。連中の監視の目がきつくてな」
 下手なルートを使って戻れば、また、逃げ回る羽目になるかねない。そう判断したから、時間をかけたのだ。そう彼女は言い返してくる。
「まぁ、いい。これで、俺はお役ご免だな?」
 ヴィクトルを連れていくのだろう? とルルーシュは言外に付け加えた。
「別に、お前も一緒に来てくれて構わないのだぞ?」
 そうしてくれれば、家事をしなくてすむ、と彼女は真顔で付け加える。
「……お前、本当に女か?」
 こんなセリフを言っても無駄だ、ということはよくわかっていた。自分たちが一緒にいた頃だって、結局、家事をしていたのは自分で、彼女はごろごろとしていただけだ。本当に、そんな態度でよくも今まで暮らしていられたものだ、と思う。
 きっと、嚮団の者達が甘やかしたからだ。すぐにそんな結論に達してしまう。
「もちろん、女だぞ?」
 何なら調べてみるか? と彼女は笑いながら言ってくる。
「その後で何を押しつけられるかわからないからな。やめておく」
 ヴィクトルの面倒だけならばまだしも、この女の面倒まで見られるか。ルルーシュは心の中でそうはき出す。
「そうか。残念だな」
 わざとらしいため息とともに彼女はこういった。
「仕方がないだろう。俺には俺でやりたいことがある」
 いったい、何故、自分がこの時代に来なければいけなかったのか。それを知らなくてはいけない。そのためには、もっとこの国ブリタニアの事を知らなければいけないのではないか。
 ここではそれが出来なかった。だから、とルルーシュは口にする。
「どこかでまたすれ違うかもしれない。しかし、今は別れて動いた方がいいだろう」
 色々な意味で、と彼は続けた。
「仕方がない」
 悔しいが、とC.C.が言い返してくる。
「C.C.?」
 何故、悔しいのか。そう考えれば、答えは一つしか出てこない。
「俺に家事と子守を続けさせるつもりだったな」
 低い声でこう問いかける。
「出来る人間がするのが一番だろう?」
 違うのか? と彼女は逆に聞き返してきた。
「お前もできるはずだが?」
 自分が見た彼女の過去と目の前の魔女が同一ならば、だ。少なくとも、自分がここに来るまでの歴史はそう大きく変わらないだろう、と思えるが。
「……まったく……女の過去を知ろうとするのはいい趣味とは言えないぞ」
「好きで知ったわけじゃない。無理矢理見せられただけだ!」
 ため息とともに告げるC.C.にルルーシュは言い返す。
「第一、誰が女だ? 人前で、平気で下着姿にはなるわ、その下着の洗濯を押しつけるわ、あまつさえ、人が入浴していれば押し入ろうとしてくるわ……男でもここまで図々しい奴はいないぞ」
 さらにこう付け加えた。本当はもっとあれこれ言ってやりたいことがあったのだが、面倒だからやめておく。
「……ほぉ……そこまでやっていいのか」
 しかし、さすがは《魔女》というべきか。彼女はこう言って笑う。
「お前な……」
 知らないぞ、とルルーシュは言外に付け加える。
「それは次に行動を共にするまで残しておく」
 今は我慢してやろう、とC.C.は偉そうな表情を作った。本当に、こう言うところも変わらない、とルルーシュは心の中で呟く。
「それよりも、あの子は?」
 もう、それに関してはどうでもいいというようにC.C.はこう問いかけてくる。
「部屋だ」
 それにこう言い返す。
「そうか……ごねられるな」
 言外に『お前が悪い』と言われているような気がするのは錯覚だろうか。
「何とかするのがお前の役目だろう」
 そこまで引き受けていない。ルルーシュはそう言い返す。
「本当にお前は頑固だな」
 ため息とともに彼女は言葉をはき出した。
「仕方がない。お前が死ぬことはないと思うが、万が一のことを考えれば連絡を取れた方がいいだろう。後で連絡方法を教えてやる」
 こう言い残すと、彼女は真っ直ぐに階段へと向かう。だが、途中で足を止めた。
「弁当ぐらいは作ってくれるんだろうな?」
 そのまま、顔だけ振り向くとこういう。それは疑問ではなく確認だ。
「ヴィクトルの分のついでならな」
 仕方がない、と思いつつこう言い返す。
「なら、三人分だ。お前の分を除いて」
「……三人分?」
 彼女たちと自分の分か、とルルーシュは首をひねる。それがわかったのだろう。
「もう一人、外で警戒をしている人間がいる。そいつの分は多めで頼むぞ」
 体力人間だからな、と彼女は即座に口にした。
「ここの食材は、残しておいても意味はない。必要があれば、また、補充させる」
 だから、好きなだけ使え……と笑いながら付け加える。
「……そうさせて貰おう」
 出来るだけ、保存の利く食べ物の方がいいんだろうな。ルルーシュは心の中で呟きながらきびすを返した。

 今にも駆け寄ろうとしているヴィクトルを護衛が押さえつけている。
「とりあえず、これを渡しておく」
 そんな彼を無視して、C.C.が小さなブローチのようなものを差し出してきた。その表面には見慣れた紋章が刻まれている。
「私たちに連絡をしたいときにはそれを見えるところにつけておけ。嚮団の関係者から声をかける」
 その時に、合図となる言葉、といって教えられたのは、意外なことに日本語だった。
「C.C.?」
 しかし、何故この言葉なのか。そう思わずにはいられない。
「これならば、偶然でも口に出すものはいないからな」
 確実だろう? とC.C.は胸を張っている。
「昔、行ったときに覚えたからな」
 さらに彼女はこう付け加えた。
「無駄に長生きはしていないと言うことか」
 世界中をうろつき回っていたのであれば納得できる。そう考えながらルルーシュはこういった。
「だから、女性に年の話をするなと言っているだろう?」
 即座に彼女はにらみ返してくる。
「それは悪かった。実年齢三桁の魔女でも気にしていたとは思わなかったな」
 究極の若作りなのに、と言い返す。
「貴様!」
「いいじゃないか。見た目だけでも若ければ騙されてくれる男は多いだろう?」
 異性なだけで、とルルーシュは小さな声で付け加えた。
「あぁ、なるほど。そう言うことか」
 納得した、と彼女は目を細める。
「お前の場合、見た目だけじゃなさそうだからな」
 女にもてない代わりに男にもてると、とさらにだめ出しをしてくれた。
「さっさと行け!」
 この魔女が、とルルーシュは怒鳴る。
「そうするぞ。お前こそ、寂しくて泣くなよ?」
 からかうような声音を滲ませながら、C.C.は言葉を口にした。
「大丈夫だろう。少なくとも、お前のその口の悪さを聞かなくてすむだけ平穏だ」
 即座に言い返す。
「……好きに言っていろ」
 この言葉とともに、彼女はヴィクトル達の元へと歩み寄っていく。
「そんなに暴れると、あいつが作ってくれた弁当が台無しになるぞ」
 まだ暴れている彼を落ち着かせようとしているのか。C.C.は彼にこんな言葉を投げかける。だが、まさかそれでヴィクトルが暴れるのをやめるとは思わなかった。
「それに、あいつにはしなければならないことがあると聞いているだろう? お前はあの子を助けに行かなければいけないのではないか?」
 どちらも優先順位は一緒だ。だから、ルルーシュと一緒にはいけない……と彼女は続ける。
「……C.C.」
「大丈夫だ。あいつにはちゃんと護衛兼財布を用意してある。あいつが必要だと思えば、すぐに駆けつけるはずだ」
 もっとも、必要がないと判断すれば、それまでのこと。嚮団がそれなりに見守るだけだ、というのは彼女の好意なのか。それとも、自分を見張ろうとしてのことか。
 どちらにしても構わないか、と思う。
「そう言うことだ。安心しろ」
 必ずまた会える、とルルーシュはヴィクトルに笑いかけた。

 そして、一人でこの時代を確認するためにルルーシュは歩き始めた。



11.03.21 up