10
ヴィクトルはC.C.達と共に行動しているはず。それなのに、どうして自分の目の前には彼と同じ顔の少年がいるのだろうか。
「……ヴィクトル、ではないな」
確認するようにこう呟く。その瞬間、少年が顔を上げた。
「お兄さん、ヴィクトルを知っているの?」
涙をぬぐう間も惜しい、というように彼はこう問いかけてくる。しかし、こんなに無防備でいいのか。自分が敵だったならばどうするつもりなのか……と言いたくなる。
「C.C.もな」
これは、確かに彼らが焦って助け出そうとしても仕方がないかもしれない。だが、どこをどうすれば、目の前の少年があれになるのか。そうも言いたくなる。
「C.C.も?」
嬉しそうな表情を隠さずに彼は聞き返してきた。
「あぁ……」
しかし――思い切り不本意だが――そんな表情をすると、彼はヴィクトル以上にナナリーに似ている。これでは、放り出すわけにいかないではないか。心の中でそう呟くと、ルルーシュはため息をつく。
「……シャルル、でいいのか?」
まずは名前を確認しよう。違っていれば自分の推測が間違っていることになる。その方がありがたい。そんなことを考えながら言葉を口にした。
「それも、ヴィクトルから聞いたの?」
少年――シャルルは頷いてみせる。
「お前はあいつらと一緒にいたのではないのか?」
そう言う理由で別れたはずなのに、と付け加えた。
「……そうなの?」
知らない、と彼は言い返してくる。正確に言えば、会えなかったのだ、とも。
「僕たちは、ふらふらとしていたから」
落ち着く間はなかった、と彼は付け加えた。
「なるほど。すれ違ったというわけか」
まったくあいつらも詰めが甘い、とため息をつく。
「仕方がない。付いてくるか?」
ここで見捨てるわけにはいかない。かといって、いつまでも一緒にいるわけにもいかない。だから、早々に嚮団と連絡をつけなければいけないだろう。C.C.の言っていたことが嘘でなければいいのだが。そう思いながら言葉を重ねる。
「付いていっても、いいの?」
おずおずと彼は問いかけてきた。
「いやなら置いていくが?」
その方が自分的には楽だ、と心の中で付け加える。
「行く!」
しかし、シャルルはそうではなかったらしい。言葉とともにルルーシュの服の袖をしっかりと握りしめてくる。
「付いてくる気があるなら、置いていかない。だから、安心しろ」
ため息とともにそう告げた。
「本当だね?」
シャルルはそう言いながらルルーシュを見上げてくる。
いったい、どうしてここまで猜疑心が大きくなってしまったのか。そう思わずにはいられない。だが、逆に言えばそれだけ彼――彼らは周囲のものによって翻弄されてきたと言うことか。
「もちろんだ」
その結果、彼らはあんな決断を下したのだろうか。
どちらにしろ、自分のスタンスは変わらない。極力彼らとは距離を置くだけだ。
「さっさと見つけてくれればいいんだが」
約束通り、とるるーしゅは呟いていた。
しかし、ヴィクトル同様、市井のことを何も知らない等しいシャルルを連れて歩くのは結構骨が折れる。まして、彼を狙っている者達の方がおおいとなればなおさらだ。
「とりあえず、何とかするしかないか」
どうやら、連中はシャルルの容姿を追っ手に伝えているらしい。
ならば、見た目を変えるしかないだろう。
瞳の色は無理でも髪の毛の色ならば何とでもなる。後は、服装を普段の彼が身につけないようなものにすればいいのではないか。
「L.L.?」
その時だ。彼の思考をシャルルの声が中断させた。
「どうした?」
もう見つかったのか? と思いながら視線を向ける。そうすれば、彼が手に大きな箱を持っているのが見えた。
「それは?」
「C.C.の使いだって言う人が持ってきた」
用事があるから、とすぐに立ち去ってしまったが……と彼は続ける。
「何なんだ、いったい」
とりあえず、中を確認しなければいけないだろう。そう思いながら、ルルーシュは彼の手からそれを受け取った。
「少し離れていろ」
万が一、これが危険物でも自分であれば大きな問題はない。だが、シャルルはそういうわけにはいかないのだ。ここで歴史を変えるわけにはいかない以上、彼には生きていてもらわなければいけない。
「……はい」
ヴィクトルよりも素直に彼は指示に従ってくれる。やはり、これは二人の性格の違いだろうな。そんなことを考えながら、ルルーシュは慎重に箱の蓋を開けた。
幸いなことに、何のしかけもない。
だが、仕掛けがあった方がよかったかもしれない、と思う。
「……着替え……」
それはわかる。
しかし、だ。
「女性のもの、ですよね?」
ルルーシュの態度から危険はない、と判断したのだろう。脇からのぞき込んだシャルルがこう問いかけてくる。
「認めたくはないが、そのようだな」
深いため息とともにルルーシュはそう言い返す。
「これをどうするのでしょうか」
しかし、これを見てそう言えるのか。こう言うところは、あの父の片鱗が見えるような気がする、と心の中で呟いてしまう。
「俺たちが着るんだろう」
ため息混じりにこう言い返す。
「でも、女性用ですよね?」
真顔で彼は問いかけの言葉を口にした。
「連中が探しているのはアッシュブロンドにすみれ色の瞳をした《少年》とその連れだからな」
少しでも目をそらすために女装をさせようと言うのだろう。
しかし、まだ十歳前後のシャルルはともかく、もうじき二十歳に手が届く自分が女装をしてはばれるのではないか。そう言いたいが、アッシュフォード学園にいた頃のあれこれを思い出せば諦めるしかない。
「ウィッグが入っているのも、そのためだろう」
不本意だが、返送をしないわけにはいかないだろう。
「……でも、女の子の恰好ですよね?」
どうやら、この年齢でも女装は嫌らしい。もっとも、男であれば当然だろう。
「だが、このままではヴィクトル達と合流するのは難しくなるぞ?」
いいのか、と問いかけた。
「それは、いやです」
即座にこう言い返してくる。
「なら、妥協するしかないな。何故か、俺まで女装に付き合うことが確定しているし」
深いため息とともにルルーシュは付け加えた。
「L.L.は似合うと思いますけど?」
シャルルに悪気はない。きっとないに決まっている。
しかし、逢ったばかりの子どもにまでこう言われると、何か自分が男であるということに自信が持てなくなってくる。それとも、彼的にはこれはほめ言葉なのだろうか。
「しかし、女装したところで次はどこに行けばいいんだ?」
目的地がわからなければ、移動も出来ない。
「こんな馬鹿馬鹿しい恰好は出来るだけ最低限ですませたいんだが」
思わず本音を口にしてしまう。
「後で、迎えに来るって……」
シャルルが『今思い出した』というような表情で言葉を口にする。
「それまでに着替えておいてくれると嬉しいって言っていた」
「……そうか」
つまり、出来るだけ早く着換えをすませておかないと厄介なことになると言うことか……とルルーシュは呟く。
「仕方がない。諦めて着替えるぞ」
こうなったら、さっさとシャルルをあの二人に引き取らせる。そして、今度こそ自分は彼らと縁を切るのだ。心の中でそう繰り返しながら、まずはシャルルのための服を取り上げる。
「何で、僕が先……」
「一人で着替えられるのか?」
ならば、自分は自分だけの面倒を見ればいい。だが、そうでないならば、動きにくい女性用の服ではなく、動きやすい服装の時に終わらせてしまいたい。彼にもわかるように、と言葉を選びながらルルーシュは説明をする。
「……そう言うことなら、仕方がないです」
最初から彼がそういうだろうと言うことはわかっていた。というよりも、皇族でありながら自分のことは一通り自分で出来た自分たちの方が異端だったのだ、と言った方が正しいのか。
もっとも、今のシャルルも普通の服なら一人で着替えられる。問題なのは、身につけなければいけないのが後ろにファスナーがある少女用のワンピースと言うことだけとも言えるが。
「わかったならいい」
ともかく、さっさと終わらせてしまおう。そう考えながらルルーシュは箱の中から二人分の服を引っ張り出し、ベッドの上に広げ始めた。