僕の知らない 昨日・今日・明日

11


 着替え終わって、最後の点検をしていたときだ。外からノックの音が響いてくる。
「L.L.」
 とっさにシャルルが不安そうな表情を作りながら呼びかけてきた。
「いい子だから、少しの間黙っていろ」
 確認をして、もし、追っ手ならばそれなりの対処を取るしかない。そうでなければ安心してドアを開ける。
 ただそれだけのことだ。
 だから難しいことはない。そう思いながら、C.C.から教えられた言葉を唇に乗せる。次の瞬間、やはり聞かされていた言葉が返ってきた。
「……味方、だな」
 どうやら、と心の中で呟きながらそれでも慎重にドアを開ける。
 次の瞬間、ルルーシュの目の前に突きつけるように嚮団のマークが付いた封筒が差し出された。
「俺に、か?」
 視線を相手の顔へと移動させながら問いかける。そうすれば、濃い色のサングラスで目元を隠した相手が頷いて見せた。
 年齢は、おそらく二十代後半から、三十代前半、といったところだろうか。肌の色は、ブリタニア人よりも濃い。あるいは、他国との混血なのかもしれないな、と判断をする。
 だが、どこか懐かしいような気がするのは錯覚か。
 こんなことを考えながら渡された手紙の封を切る。中から乱雑に折りたたまれた便せんを引っ張り出すと中に書かれた文字を読み取った。
「あの魔女が!」
 こう口にすると、思わず手にしたそれを握りつぶす。
「絶対に遊んで嫌がるな」
 まったく、普通に移動しても目立たないだろうに……とそのままはき出す。
「L.L.?」
 どうしたの? とシャルルが問いかけてくる。その瞳に不安の色が浮かんでいた。
 本当に、双子なのに性格が違う。同じ質問をしてきても、ヴィクトルはもっと興味津々という表情を見せるのだが、と心の中で呟く。
「IDが親子だそうだ。俺とお前が」
 まったく、とため息混じりに付け加える。
「いったい、いくつの時の子どもだ?」
 思わずこう言ってしまうのは、実年齢の差を考えてのことだ。
「……でも、直接血が繋がってない、と言えばいいだけじゃないかと」
 父の後妻とか、とシャルルが即座に言ってくる。さらりとそんな言葉が出てきたのは、彼らがもっと複雑な家庭環境にあったからだろう。
「そうだな」
 もし、そのあたりをつっこまれたら適当にごまかすしかない。ため息とともに心の中で呟く。
「ともかく、お待たせしました。さっさと移動しましょう」
 いざとなれば、彼に全てを押しつけてしまえ。そう考えるが、決して表情には出さない。そのあたりは――多少不本意だが――得意なのだ、とルルーシュは思う。
「気にしなくていい」
 返された声は耳障りと言っていい。きっと、何か機械を通しているのだろう。
 それはどうしてなのか。
 一番あり得るのは、周囲に本来の声を聞かせたくないと思っているから、だろう。しかし、ただの一般人がそのようなことをする理由がわからない。あるいは、自分が知らないだけで彼は有名人なのだろうか。
 そう思いながら、もう一度よく相手を確認した。
 サングラスに隠れて気付かなかったが、目元に傷がある。ということはケガか何かで機械を通さなければ会話が出来ないのかもしれない。
 そのあたりのことは聞かない方がいいだろう。下手に問いかければ、後々困ることになるかもしれない。知らなければ、それで終わる話だ。
「荷物はそれだけか?」
 相手の問いかけに、ルルーシュは頷く。
「なら、お前はその子の手でも握っていろ」
 言葉とともに彼はさっさと荷物を持ち上げた。
「……L.L.」
 その様子を見つめていれば、そっとシャルルが呼びかけてくる。
「とりあえず、その名前はおかしいな」
 人前で呼びかけるには、とルルーシュは言い返す。
「では、何と呼べばいいのですか?」
 この問いかけはもっともなものだ。だから、偽名を考えるしかないのだろう。それも、すぐに反応できる名前がいい。ここまで考えた瞬間、脳裏に浮かんだのは『やはり』としか言えない名前だった。
「そうだな……母さんかナナリーとでも呼べばいい」
 この名前であれば、誰の口から呼ばれようとはならず反応をしてしまう。だから、丁度いい。そう思いつつも胸の奥が痛む。しかし、他の名前では反応が送れる可能性がある以上、仕方がないか……と思い直す。
「ナナリーですか?」
「あぁ。間違えるなよ?」
 この言葉に、シャルルはしっかりと頷いてみせる。
「お前も、構わないな?」
 さらに彼にも念を押しておく。
「名前を呼ぶ機会があるかどうかはわからないが、留意しておこう」
 即座にそう言い返される。
「では、行こうか」
 そのままさっさと歩き出してしまった。どうやら、彼は自分たちと接触する時間を最低限にしたいらしい。もっとも、それは自分も同じだから、とルルーシュは心の中で呟く。
「シャルル」
 とりあえず、というように手を差し出す。その瞬間、待ちかねたように彼は手を繋いできた。

 こうやって、三人で歩いていると意外と人目をひかないものらしい。いや、完全に人目を避けることは出来たわけではない。ただ、注意を向ける必要がない、と思われているようなのだ。
 おそらく、それは自分たちが、とりあえず普通の家族に見えるからだろう。
「……母さん」
 そんなことを考えていれば、シャルルがそっと呼びかけてくる。
「どうした?」
 疲れたのか? と口にしながら視線を向けた。
「……あそこにいる人……」
 小さな声で彼は言い返す。同時にさりげなくある方向を指さした。
 何気ない振りをして視線を向ければ、軍人らしき人影が確認できる。
「知っているのか?」
 同じ人物を彼も確認したのだろう。こう問いかけてくる。そのイントネーションに聞き覚えがあるような気がするのはどうしてなのだろう。それとも、ただの錯覚か。
「……前に、殺されかかった……」
 小さな声でシャルルはこう言い返してくる。
「そうか」
 ため息とともに彼は呟く。
「とりあえず、普通にしていろ。その方が気付かれない」
 ルルーシュは微笑みと共にそう言った。
「第一、今のお前は女の子だろう? なら、笑っていた方がいい」
 不本意だが、自分が女性に見えるように……と続ける。
「そうですね」
 言われてみればそうだった、とシャルルも頷いて見せた。
「お前達はあいつの事は気にするな。それは俺の役目だ」
 彼がそう言ってくる。
「そのための護衛だろう?」
 さらに付け加えられた言葉には納得しないわけにはいかない。
「わかった。言葉に甘えさせて貰おう」
 自分がやろうとしても失敗するだけだ。それならば専門家に任せた方がいい。そう判断をしてルルーシュは告げる。
「そう言うことだ、シャルル。安心していい」
「はい」
 ルルーシュの言葉に、彼もようやく安心したような表情を作る。
「次の街まで行けば車が用意されているはずだ。そこでまく事にしよう」
 彼はさらにそう付け加えた。つまり、そのあたりの算段は出来ていると言うことか。
「任せる」
 言葉とともに、ルルーシュは笑みを深めて見せた。

 だが、本当に大丈夫なのか。
 そんな不安がわき上がってきたのは、人気のない場所にさしかかったときだ。
 不穏な空気が周囲を包んでいる。
「……母さん……」
 流石にここまであからさまに垂れ流されてはシャルルも気付いてしまったらしい。こう言いながら、彼がすり寄ってくる。
「大丈夫だ」
 こう言いながらも、彼を安心させるようにそっとその肩に手を置いた。
「すまないが、荷物を頼む」
 その時だ。不意に彼がこう言ってくる。同時に、二人の目の前に彼が肩に担いで似た荷物が置かれた。
「あぁ」
 何かあったときにすぐに動けるようにルルーシュはそれを抱え上げる。彼が持ちきれなかったものはシャルルが同じように抱きしめていた。
「出来るだけ片づけるが……万が一の時には自力で何とかしてくれ」
 予想以上に数が多い、と彼は呟くように口にする。
「わかった」
 いざとなれば、シャルルだけ逃がせばいいか。多少痛みを感じても、自分は死ぬことはないのだ。子どもに死なれるよりも自分が痛い思いをした方がいいな。ルルーシュはとっさにそう判断をすると頷いてみせる。
 まるでそれを待っていたかのように、周囲から人影が次々と現れた。どこかスザクや母の動きに似通っているような気がする隙のない動きから判断して、連中も正規の訓練を積んだ軍人なのだろう。
「母さん」
「大丈夫。あいつは強い」
 おそらくだが、この三分の二の人数であれば彼は何の苦もなく相手をたたき伏せていたはずだ。そんな気がする。
 しかし、流石に両手の指の数よりも多い人数では荷が重いのかもしれない。
「それに、お前のことはちゃんと私が守るから」
 大丈夫だ、と微笑む。
「でも」
「子どもを守るのは当然のことだからな」
 だから、お前は黙って守られていろ。そして、大人になったら子どもを守ってやれ……と付け加える。
「うん、わかった」
 シャルルがこう言って頷く。そんな彼をルルーシュは空いている方の手で引き寄せる。先ほどまで彼がいた場所を剣先がかすめた。
 いつの間に戦闘が始まっていたのか。
 眉をしかめながら、ルルーシュはシャルルをかばうようにしながら相手をにらみつけた。



11.04.18 up