12
二度目の経験で覚悟は出来ていたとはいえ、やはり、きつかったな……とルルーシュは思う。
「L.L.!」
そのままゆっくりを目を開ければ、涙で顔をぐちゃぐちゃにしているシャルルの姿が確認できた。
「大丈夫だ。この程度で、俺は死なない」
いや、死ねないと言った方が正しいのか。どちらにしろ、今、こうして話が出来ているならいいのではないか……とは思う。
もっとも、今回のことは完全に自分のミスだと言うこともわかっていた。
「すまなかったな、心配をかけて」
泣かせるつもりはなかったのだ。そう思いながら言葉を口にする。
「それを言うなら、こちらのミスだろう」
ため息混じりにこう言ってきたのは、傍にいた彼だ。
「守ると言ったのに、な」
珍しくも、その声音には悔恨の色がはっきりと感じ取れた。
「気にするな。最初から覚悟していたことだ」
せめて、ナイトメアフレームがあれば多少は役に立ったのかもしれない。だが、生身の自分ではどう考えても足手まといにしかならない。その位のことは十分に認識している。
だから、相手の剣先を避けるのではなく、己の体で止めることを選んだのだ。
もっとも、そのせいでシャルルにここまで衝撃を与えるとは予想もしていなかったが。ヴィクトルであれば、このくらいは平然としていたのではないかと思うのだ。
もっとも、それも表面だけかもしれない。
彼は自分他取り乱すことでシャルルをはじめとする周囲の者達がどのような反応を見せるか。それを理解できていたようなのだ。そんなところは、あのころの自分に似ているような気がする。あるいは、守らなければいけない存在が身近にいた……と言う共通点があるからかもしれない。
「それよりも、着替えないとな」
服を、と言いながら身を起こす。
「流石に、これでは目立ちすぎるだろう」
剣で刺された跡がくっきりと残っているから、と付け加えた。
「そうだな。着替えて貰った方がいい」
今すぐに着替えて貰って構わないか? と彼が言ってくる。
「ここで?」
驚いたように口にしたのはシャルルだ。
「構わないだろう? 男同士だし」
苦笑と共にルルーシュは言い返す。
「……あっ……」
この指摘に、シャルルは驚いたような表情を作る。これは、確認しなくても自分が女だと思いこんでいたな、とルルーシュはため息をついた。
「忘れていたようだな」
「ごめんなさい」
ルルーシュの言葉にシャルルはすぐに謝罪の言葉を口にする。
「だって、ものすごく綺麗だったから」
こう言われても、嬉しくはない。それでも、シャルルの精一杯のほめ言葉なのだとわかっていた。
「そう言うことにしておく。とりあえず、適当に着換えを選んでくれ」
流石にこの血の跡を消さなければ着替えても意味はない。そう思ったときだ。
「これを使えばいい」
言葉とともに濡れたタオルが差し出される。
「わざわざ濡らしてきてくれたのか?」
ここまでしてくれるとは思わなかった。
「ありがとう」
だが、これがあると楽だ。そう思って感謝の言葉を唇に乗せる。
「気にしなくていい。当然のことだ」
言葉とともに彼は体の向きを変えた。
「こいつらを始末してくる。何かあったら叫べ」
そして、そのまま事切れた襲撃者の足を掴むと歩き出す。自分も手伝うべきなのではないか、と一瞬考えた。しかし、どう考えても邪魔する結果にしかならないような気がする。それよりは、彼が戻ってくると同時に出発できるようにした方がいいのではないか。
「L.L.」
心の中でそう呟くと同時に、シャルルが呼びかけてくる。
「何だ?」
視線を向ければ、その手には布の山があるのがわかった。
「これでいい?」
おずおずと差し出しながら、彼は問いかけてくる。
「あぁ」
そんな彼に微笑み返すと、ルルーシュは頷いて見せた。
「あぁ、そうだ。適当に穴を掘ってくれないか?」
今着ている衣服は持って歩くわけにはいかない。だから、埋めてしまおう。そう説明すれば、彼はすぐに行動を開始する。こんな些細なことでも彼にとって見れば初めての経験なのだろう。楽しそうな表情を浮かべている。
ルルーシュが服を受け取れば、彼は早速解いたようすで木の枝を探しに茂みの方へと向かった。
「見える範囲にいろよ?」
そんな彼の背中に向かって言葉を投げる。
「はい」
こう言うところは、やはり育ちがいいというのだろうか。
自分だって何も知らなかった頃は父や母の言葉を疑おうなんて思わなかった。彼らに注意をされれば素直に頷いた記憶もある。
それと同じ状況なのだろうか。
「……何というか、あれこれ考えるとシュールな状況ではあるな」
彼と自分の関係を考えれば、と思わず呟いてしまう。
その間にも手はしっかりと動いていた。血で肌に張り付いている服をはがすようにして脱ぐと、ぬれタオルで血の後を拭く。といっても背中は無理だ。
「……見えなければいいか?」
次にどこかで風呂に入ったときにきちんと流せばいい。そうは思っても、気持ち悪いと言うことは否定できない事実だ。だが、妥協するしかないだろう。
「しかし、我ながらすごい出血だったな」
真っ赤に染まったタオルを見ながら、こう呟く。
「洗っても綺麗にならないかもしれないな、このタオル」
しかし、借りたものは綺麗にして返したい。本当は新品で返せばいいのだろうが、現状では難しいような気がする。そんなことを考えながら着替え――もちろん、今回も女性用だ――を身につけた。
「……シャルル」
穴は掘り終わったのか、とそのまま問いかける。
しかし、視線を向けた瞬間、苦笑と言うべきか自嘲の笑みと言えばいいのかわからない笑みが口元に浮かんでしまった。彼の視線の先には、どうやら途中で体力が尽きたらしいシャルルが、スコップ代わりに使っていた枝により掛かるようにして座り込んでいたのだ。
神根島で同じような経験をした記憶がある。
そう考えた瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。それは、あの時傍にいたのが彼女だったから、だろう。
「L.L.、ごめんなさい」
「気にするな。無理を言って悪かったな」
苦笑と共にそう告げる。
「そうなると、仕方がない。適当に破いて捨てるか……焼くか、だな」
どちらがいいだろうか。そう思ったときだ。
「渡せ」
戻ってきたらしい彼がこう言ってくる。
「あれらと一緒に埋めてくる。その方が早いだろう?」
それとタオルも、と言われた。
「これは……」
「気にするな」
洗って返そうと思ったのに、と告げる前に彼は小さな笑みを口持ちに刻みながらこういった。その表情が誰かに似ているような気がするのは錯覚だろうか。
「それよりも、早く出発する方が優先だろう?」
連中が戻らないことに不審を抱いている者がいるかもしれない。そいつらが追いかけてくる可能性がある。
「そうだな」
確かに、それは十分にあり得るか……とルルーシュは頷く。
「そう言うことだ」
だから、といわれてはもう遠慮もしていられない。渋々ながら血に染まった衣服とタオルを彼の手に渡す。
「動けるようなら移動するからな」
その言葉に、ルルーシュだけではなくシャルルも頷いて見せた。
シャルルの顔を直接知っているものはいなかったのか。その後はとりあえず襲撃はなかった。
それはいいのだが、なんか別の意味で厄介な状況になってしまったような気がするのは錯覚だろうか。
「……本当に、着いたらお別れなの?」
どうして、この双子はこんなにも自分に懐くのだろう。最低限の面倒しか見ないようにしているのに、とルルーシュは心の中で呟く。
しかも、口にするのは似たようなセリフだ。双子とはここまで似るのだろうか。
「やらなければならないことが、別にあるからな」
そんなことを考えながら、こう告げる。
「……どうしても?」
「あぁ」
彼の言葉にすぐに頷いて見せた。
「元々、お前を拾ったのが偶然だからな」
あの時、シャルルに出逢っていなければ、既に別の地に移動していただろう。あるいは、国外に出ていたかもしれない。
「ヴィクトルにも行ったが、お互いに優先すべき事が違う以上、離れるのは当然のことだ」
誰かのために自分の希望を曲げれば、心のどこかにわだかまりが残ってしまう。それがきっかけで相手を憎むことになるかもしれない。
「お前は俺に憎まれたいか?」
こう問いかければ、シャルルはすぐに首を横に振ってみせる。
「そうだろう? 俺だって、お前達を憎みたくはない。だから、あきらめろ」
騎士であれば違うのだろうが、とルルーシュは続けた。
「どうして?」
「騎士は、忠誠を誓った主を第一に考える存在だからだ、だ」
心の中でどう考えていようと、それを見せることはない。そして、あるじの願いを叶えるのも騎士の役目ではないか。
「残念だが、俺は騎士ではないからな」
こう言って会話を締めくくる。
「でも、僕はL.L.に傍にいて欲しいな」
小さな声でシャルルが言う。
「やるべき事を終えたとなら、考えてやる」
その前に、彼が自分のことを忘れるかもしれないが。ルルーシュはそう考えながら、彼の頭を撫でた。