13
C.C.達と合流したときから、いやな予感を感じていた。
双子が額を付き合わせつつ話し合っている姿を見ればなおさらだ。
「……考えすぎだといいんだが」
ため息とともにこう告げる。
「だが、二人とも思いこんだら一直線のようだからな」
子どもの頃の願いを叶えるのに五十年以上費やすとか、と考えた瞬間、ルルーシュは深いため息をついてしまった。そんな二人が自分の肉親なのだ。
「まぁ、俺もそうだったからな」
考えてみれば、とため息をつく。他人から見れば、自分たちはよく似た親子なのだろう。それを受け入れられるかどうかはまた別の話だ。
「ともかく、早々に退散するか」
本当なら、きちんと別れの挨拶をして――ついでに、彼に今までの礼を言うべきか――出かけた方がいいのはわかっている。だが、それでは絶対に出発できないような気がするのだ。
「あの二人には書き置きを残しておけばいいだろう」
それがいい、と自分で頷く。
方針が決まれば行動を起こすだけだ。そう呟くと、ルルーシュは自分の荷物の中からペンとノートを取り出す。本当は便せんの方がいいのだろうが、現在、そのようなものは手元にはない。だから、妥協して貰おう。そう考えながら手早く文面を綴っていく。
とりあえず、満足のいく内容のものが書き上がったところで丁寧に切り取るとテーブルの上へと置いた。
そのまま荷物を持ち上げるとドアの方へと向かう。
しかし、だ。
いくらノブを回しても、そこが開くことはない。
「……あいつら……」
まさか、こんな手段にでられるとは思わなかった。ルルーシュはそう呟くと顔をしかめる。同時に、いつの間に、とも思う。人の気配はまったく感じなかったのだ。
「どうするか、だな」
もちろん、無理矢理、ドアを破るという方法もある。
しかし、それでは目立ちすぎるのではないか。
かといって、窓から抜け出すことが出来るかと考えても難しいという結論しか出てこない。
「俺は、ここにいてはいけない存在だ、といっているのに」
何故、こんなことを……と呟きながら窓際へと移動した。
もちろん、飛び降りるのは不可能だろう。もっとも、覚悟さえあれば可能だが、動けるようになるまでの時間を考慮に入れなければいけない。そうなれば、不確定要素が多すぎる。もちろん、最終的にそれしか方法がないとなれば話は別だが。
そんなことを考えながら周囲をよく観察する。そうすれば、壁に人差し指の長さほどの突起があることに気付く。それを使えば隣の部屋まで移動できるのではないか。
「あちらまでは鍵はかかっていないだろう」
かかっているようならば、さらに別の部屋に移動すればいい。
「落ちたとしても、それは妥協範囲内の出来事だ」
ケガをしたとしてもすぐに治る。だから、と苦笑を浮かべる。
「別に構わないな」
それも、自分に与えられた罰だと思えばいい。ルルーシュはそう呟く。
「だが、そうなると荷物は減らさなければいけないか」
自分の体力を考え見れば、全てを持って移動するのは難しいだろう。だから、必要最低限に絞らなければいけないのではないか。その他のものは、必要になったときにまた手に入れればいい。
「どちらにしろ、ここから出ていくのが最優先だ」
あの二人にこれ以上情が移らないうちに、とルルーシュは呟く。
そのままきびすを返すと荷物を置いてある場所へと進む。そして、必要なものだけを鞄の中から取りだした。
「思ったより多いな」
だが、必要だと思ったものの量を見てルルーシュは顔をしかめる。だが、運べない量ではない。もっとも、手で運ぶことは不可能だ。
「仕方がない」
こう呟くと、スカーフを取り出す。そして、出来るだけコンパクトになるように荷物を積める。
満足がいくように包み終わったそれをウエストに縛り付けた。
「しかし、こうしてみると、風呂敷という文化は優れているな」
荷物が多かろうと少なかろうと、布一枚できちんとまとめることが出来る。そして、必要ならば、こうして背負うことも可能だ。
侵略をした国を――どれだけ反発があろうと――徹底的にどうかさせようとするのであればシャルルの取った政策は間違っていなかったのではないか。だが、その結果、このような優れた文化や慣習が失われたとすれば、将来的に大きな損失だったと思える。
もっとも、まだ侵略されて二桁の年数に達していなかったあの時であれば、その政策さえ撤回されれば、十分に取り戻すことも可能だったはずだ。
だから、きっと、今頃は人々が少しずつ自分たちの文化を取り戻しているだろう。
それが正しい世界なのだから、と少しだけ懐かしいと感じる人々の顔を思い描く。そして、彼はそこで今も生きていてくれているだろうか。
「……未練だな」
小さな声でそう呟く。
「戻れないし、戻っては行けない場所だ、あそこは」
だから、せめて彼らの平穏を祈るだけにしておこう。自分にそう言い聞かせる。
「ともかく、ここから逃げ出さなくてはいけないな」
無理矢理意識を切り替えた。
窓の所へと戻る。そして、慎重に窓枠を超えてつま先を出っ張りへと乗せた。
「大丈夫そうだな」
崩れることはないようだ。それを確認してゆっくりと移動を開始する。
壁が煉瓦で覆われていたことはルルーシュにとっては幸いだった。とりあえず掴まることが出来るのだ。
横向きになりながら、ゆっくりと進んでいく。
時折風に煽られる。だが、指でしっかりと煉瓦を掴めば何とか耐えられた。
しかし、五メートルと離れていない距離をここまで遠いと感じたことはない。それはきっと、普段とは違う行動を取っているからだろう。
それでも何とか窓枠へと手をかけることが出来た。
ほっと安堵のため息をつく。
そこで気を抜いたのがいけなかったのだろうか。それとも、元々そこがもろくなっていたのか。
「ほわぁっ!」
いきなり、つま先が出っ張りから外れる。とっさに窓枠にすがりつく。しかし、ここに来るまでの間にそれなりに疲労を感じていた指先はあっさりとその上を滑ってしまった。
このままでは間違いなく落ちる。
自分は構わないが、荷物だけは死守しなければ。
ルルーシュがそう覚悟を決めたときだ。いきなり落下が止まった。
「何をしているんだ、お前は」
言葉とともに体が引き上げられる。そこには、ここまで自分たちを護衛してくれた彼がいた。
「……部屋の扉に鍵かかけられていたからな」
こう言いながら、床に足を着く。
「双子か」
それだけで犯人が誰なのか、すぐにわかったようだ。小さなため息とともに言葉がはき出される。
「そうだろうな」
苦笑と共にルルーシュはこう言い返した。
「いつまでもここにいるわけに行かない、とあれほど言ったのに」
邪魔をするようなことをして、とそのまま続ける。
「……別に、今すぐ出て行かなくてもいいのでは?」
珍しいことに、始めて感情を滲ませた声音で彼はそう言ってきた。
「あいつらが、俺を出発させてくれるとは思わないからな」
今回が成功すれば、絶対に味を占めるだろう。そうなれば、絶対にあの二人は自分を一人で行動させないに決まっている。ここにいる者達は、あの二人の言葉を優先するものばかりのはずだし、とルルーシュは付け加える。
「あいつらは嫌いではないが……このままでは嫌いになるどころか憎みそうだ」
ここではないときにそうだったように、と心の中で呟く。
「俺にとって、やらなければならないことの障害になっている以上は、な」
そもそも、自分はここではイレギュラーなのだ。これ以上、世界が変わってしまうような行動を取ってはいけない。そんなことをすれば、出逢えるかもしれない者達と出逢えなくなってしまう。
もっとも、と心の中で呟く。
自分という存在がここにいる以上、どうあがいても歴史は変わっているはずだ。
それでも差違は最小限にしたい。
二度と、あの日々を取り戻せなかったとしても、彼らが幸せな日々を送ってくれるだけでいいのだ。
そのためにも、まずは何故、自分がこの時代に来たのかを知らなければいけない。
彼らには悪いが、それ以外のことは二の次三の次だと言っていいのだ。
「なるほど」
ルルーシュの言葉と表情から何かを察したのか。彼はこう言って頷いてみせる。
「だが、それならばなおさら、きちんと話をした方がいい」
しかし、その後に続いた言葉は、ルルーシュが予想していないものだった。
「でないと、あの双子のことだ。お前の後を追いかけようとするぞ」
どんな手段を使ってでも、と彼は言い切る。
「……あり得なくはないが……今は、それどころではないはずだが?」
周囲が止めるだろう。その間に、国外に出てしまえばいい。
この国で調べなければならないことは確かにまだ残っている。だが、それは《今》でなくてもいいのだ。
それに、あの二人の出会いまで、後三十年近くある。それだけ時間があれば、打開策も見つかっているだろう。
そうでなければ、この力を押しつける相手か。
もっとも、あのころのC.C.の様子を見ていれば、後者の可能性は限りなく低いだろうが。
「そう思っているのは、お前だけだ」
ため息とともに彼はそう言った。
「あの双子は、お前と世界なら、今はお前を選ぶぞ」
本気で懐いているからな、と彼は続ける。
「まぁ、あれだけ親身に世話をされれば、当然といえば当然か?」
さらに付け加えられた言葉の意味がわからない。
「あのくらい、普通だろう?」
ナナリー相手の時のように親身になった覚えはないが、と心の中で呟く。それとも、彼らはそれですら親身と思うような生活を送っていたのだろうか。
「どちらにしろ厄介なことになったな。やりすぎないように気をつけていたのに」
ため息とともに付け加える。
「諦めるんだな。どうやら、お前はそう言う性格のようだ」
平然と彼はそう言う。断定するようなその口調に、ルルーシュはため息をつく。
「お前に、俺の何がわかる」
いくら事実でも、他人から面と向かって指摘されるのは面白くない。その感情のまま、ついつい、言い返してしまった。