15
「お前がここまで、あの二人を突き放すとは、思わなかったぞ」
感心しているのか、それともあきれているのか。どちらとも取れる口調でC.C.がこう言ってくる。
「そうか? 俺はちゃんと宣言していたぞ」
嫌いになるかもしれない。二人には何度も言っていた、とルルーシュは言い返す。
「それに、あのくらいはまだ可愛いものだと思うが?」
ただ、顔も見せない、声をかけないだけだ。実際に手を挙げているわけではないだろう、とルルーシュは言い返す。
「それでも構わないからいろ、といったのはお前だろう?」
逆にこう聞き返した。
「確かに、言ったな」
だから、自分は傍観しているのだ……と彼女は笑う。
「あの二人にもそう言ってあるぞ」
自分は手出しをしない。ルルーシュを説得しないなら、自力でやれ。そうも付け加える。
「その結果が、あれか」
逆効果としか思えない言動の数々か、とあきれたくなった。
「いっそ、北風と太陽の寓話でも誰か読ませればいいものを」
飴だけでもムチだけでもダメだ。それを理解できなければ、本当の君主にはなれない。
力だけで世界を支配しようとしたから、自分たちのような歪みがでてしまったのではないか。そんなことも考えてしまう。
「あいつらも世界が自分の思い通りにならないことは知っているはずなんだがな」
ため息とともにC.C.はそう呟く。
「逆に言えば、それだけお前が気に入られたと言うことか」
本当に、初めて見たものを《親》と認識する雛のようだな、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「まったく……そもそも、皇族の育児方法には問題があるのではないか?」
他のきょうだいたちを見ていれば、と心の中で付け加える。自分たちにしても普通だとが思えないが、それでも、他の者達よりはましだったと思う。それはきっと、マリアンヌが平民出身だったからではないか。
だが、それもシャルルが彼女のやることを認めていたからだろう。
「何よりも、ありがた迷惑だな」
自分たちの好意を他人が必ずしも《好意》として受け止めるとは限らない。
誰も、それを教えないのか……とルルーシュは呟く。
「教えても意味がないからだろう。どのみち、今、あいつらの傍にいる連中は、多少なりとも打算を持っているか……ヴィクトルのギアスをかけられた連中だけだ」
どちらにしろ、本心から双子の手助けをしようとしている連中はいない。自分もな、と彼女は苦笑と共に付け加える。
「……なるほど。お前の望みは重荷を他人に押しつけることだったな、そう言えば」
忘れていた、と呟く。
「そう言うことだ。もっとも、あいつはここしばらくギアスを使っていなかったが」
流石に、なりふり構っていられる状況ではない。C.C.の言葉に、ルルーシュは唇を噛む。
やはり、彼のギアスが暴走することは止められないのか。そして、その結果、彼は達成者になる。
しかし、だ。
今、この世界にあるコードは二つ。
ここまで呟いて、ルルーシュはあることに気が付く。
「今、コード保持者は何人いるんだ?」
正確には、と続ける。
「……私とお前、それに、後半人前がいるか」
「どういう意味だ?」
「ギアスを与えられない、という意味だな」
コードをただ持っている、というだけだ……と彼女は笑う。
「それも、我々のように死なないわけでも何でもないぞ」
どうしてそのようなことが可能なのか。それも自分にはわからない。彼女はそうも付け加えた。
「ギアスが何であるのか。どうして存在しているのか。わからない。わかっているのは、どうすれば相手に与えられるか。そして、その先に待っているものが何であるのかだけだ」
自分も押しつけられたようなものだし、といわれた言葉をルルーシュは否定できない。
「そうだな」
それでも、だ。
「ヴィクトルには達成者になって欲しくなかったのだが」
こう言いながらも、ある可能性がわき上がってくる。
どう考えても、自分のいた時間軸とここではコードの数が合わない。イレギュラーである自分がいるのだ。記憶している数よりも多くなければいけないのではないか。
それとも、そのような状況だから、自分がここに来ることになったのか。
「考えたくない可能性だな」
この言葉とともにルルーシュはその考えを強引に脳裏から追い出す。
「ともかく、もうしばらく籠城は続けるぞ」
代わりというようにこういった。
「かまわんだろう」
あっさりとC.C.はそれを認める。
「あいつらにも、一つぐらい思い通りにならないことがあってもいいだろうしな」
でなければ、何でも出来ると思いこむだろう。そう続けた。
「しかし、お前が籠城していると、お前の手料理は食べられないのだけが難点だな」
かといって、でていけば即座に双子が駆けつけてくるだろうし……とわざとらしいため息とともに告げる。
「……何が言いたい?」
「うまいものが喰いたいだけだ」
重要なことだろう? と彼女は笑う。
「そこいらにいる料理人でも頼め」
本当に、いつでもどこでも、彼女は代わらない。それを喜んでいいものかどうか。ルルーシュにはわからなかった。
双子の押しかけと泣き落としは毎日続いていた。
それだけではない。最近は強引に押し入ろうというそぶりも見せている。
「本当に、このしつこさは血筋か?」
可能性は否定できないな、と苦笑と共に付け加えた。
「まったく……こんな事で血のつながりを感じるとは思わなかったな」
彼らとの、と口の中だけで付け加える。
「まぁ、あのバリケードを突破できるとは思わないが」
自分ですら、一人で作り上げることは無理だったのだ。それを、子どもの腕力で突破できるかと言えば、答えは否だろう。
それにしても、と苦笑を深める。
この状況では自分も外に出ることは出来ない。必要なときは、彼が外から回ってきてくれるが、それでも緊急事態は困る。まぁ、部屋にと入れも風呂もあるから、問題があるとすれば食事ぐらいだが。
「そう言えば、彼の瞳は何色なんだろうな」
あれだけの身体能力がある人間……と言うと、真っ先に思い出されるのはやはりスザクのことだ。瞳の色を見れば、二人に関係があるのかどうかがわかるのではないか。
もっとも、彼らの間に関係があったとしてもどうでもいいことと言えばそうかもしれない。
彼は、自分の知っている《枢木スザク》ではないのだ。
それはわかっていても知りたいと考えてしまうのは、彼との繋がりを自分が今でも失いたくないと思っているからだろう。
「未練だな」
全てを捨てたはずなのに、どうしても捨てられないものがある。その事実が、とルルーシュは苦笑に自嘲の色を混ぜた。
だが、彼が《敵》だとわかっていても、繋がりを捨てることが出来なかったのだ。誰よりも大切だと思っていたナナリーの手は放したのに、とそう続ける。
それはどうしてなのだろう。
いくつも理由は思い浮かぶが、最後にたどり着く結論は一つだ。
「……俺は、今でも……」
彼のことが好きなのだ。
きっと、この気持ちは薄れることはないだろう。
「会えないときほどこんなにあいつのことを思い出すとはな」
それとも、会えないからこそ、こんなに彼のことを思い出してしまうのだろうか。
「それでも、あいつを忘れるよりはましかもしれないな」
自分が人間であった、と認識できるから……と呟く。
誰かを好きだという気持ちを失ったときに、自分は本当の意味で《魔王》と呼ばれる存在になってしまうのかもしれない。
「俺が知っている
もっとも、そうなった場合、自分は毎日ピザ作りその他に追われていただろう。しかし、それはそれで楽しかったかもしれない。そう考えてしまった瞬間、ルルーシュは深いため息をついた。
「ダメだな。やはり、早々に現状を何とかしなければ」
今、自分の目の前にいる、自分を知らないC.C.にまでいいように使われかねない。
そうなってしまう前に、彼女たちと離れなければ。
心の中でそう付け加えたときだ。
「入っても構わないか?」
窓の方からいきなり声がかけられる。
「どうかしたのか?」
食事の時間には早いだろう。そう言いながら、ルルーシュは定位置になりつつある窓の前から移動をした。同時に、彼が窓枠を超えてくる。
「緊急事態だ。困ったことに、今、ここにC.C.がいない」
そして、対処できるとすればルルーシュだけだ。そう彼は続けた。
「何があった?」
C.C.がいないから自分を呼びに来た、ということはギアス関係だろうか。言外にそう付け加える。
「ヴィクトルが、暴走した」
次の瞬間、彼の口から出たのは想定の中でも一番最悪のものだった。