僕の知らない 昨日・今日・明日

16


 彼はルルーシュの言葉を聞く前にバリケードを撤去してくれる。それだけ厄介な状況なのだ、ということはわかっていた。
「……シャルルや他の者達は?」
 ヴィクトルのギアスは人の意識に作用するもののはず。
 つまり、それが今、無制限に垂れ流しになっている状況なのだ。下手に近づいたら、その影響に取り込まれてしまう。確実にそれをはねのけられるのは、コード保持者だけだろう。
「とりあえず、別棟に避難している」
 自分はルルーシュを連れ出すためにここに残ったが、と彼は顔をしかめた。
「場所さえ教えてくれれば、俺一人で行く」
 現状では、彼もヴィクトルの暴走に巻き込まれかねない。そうなった場合、実力で彼を止められる人間がどれだけいるだろうか。
「後は、出来るだけ早くあの魔女を捕まえて連れ戻すしかないだろうな」
 自分が暴走したときに、彼女はどこからかギアスを押さえるコンタクトを持ってきた。ということは、ある程度制御する方法を知っていると言うことだろう。
 もっとも、それに頼ることなく自力で制御できればそれが一番いいのかもしれないが。
「わかっている。目的地はわかっていたからな。すぐに追いかけさせた」
 それでも、いつ戻ってくるか。それはわからない。言葉とともに、彼は最後のたなを脇に移動させた。そのまま、ドアノブを掴む。
「ヴィクトルは、今、応接間にいる」
 そのまま、勢いよくドアを開けながら彼はこういった。
「わかった」
 頷き返すと、ルルーシュはそのまま彼の脇をすり抜ける。そして、本当に久々に部屋の外へと出た。
 しかし、ここはこんなに殺伐とした空気で満たされていただろうか。そう思わずにはいられないほど、屋敷の内部は荒れている。最初にここに足を踏み入れたときにはもっと隅々まできちんと掃除がされていたのに、と心の中で付け加えた。
 それもヴィクトルの《ギアス》のせいなのだろうか。
 あるいは、ここも戦場になるかもしれないと知った者達が早々に逃げ出したからか。
 どちらにしろ、彼らが選んだことだろう。
「……昔から、ブリタニアはこうか」
 こんな風に、幼い頃から人は裏切るものだと骨の髄までたたき込まれてしまった。だから、彼らは彼らなりの《優しい世界》を望んだのだろう。しかし、それは自分にとっての《優しい世界》ではなかった。
 そして、あのままではシャルル達を排除してもまた同じ事が起きていたに決まっている。
 だから、自分はあの世界を壊したのだ。
 誰か一人のための優しい世界ではなく、誰にも優しい世界を作るために、だ。
 しかし、それ以前の世界はやはり変わっていない。そして、自分が変えてはいけないのだ。でなければ、歴史が変わってしまう。
 だから、自分は傍観者でいたかった。
 そう考えていたのは、ひょっとして責任逃れだったのだろうか。
 ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「……しかし、俺に出来ることは何もなかったはずだ」
 たとえ、これから起こることの結末を知っていたとしても、それを彼らに伝えることは許されない。それと同じように、とルルーシュは唇を噛む。
 だが、それとヴィクトルのことは別だろう。
 今の彼を放置すればその未来すら変わってしまうのではないか。
「……酷いな」
 実際、彼がいると聞かされた場所の近くには、ただぼうっと立ってい者達の姿がある。彼らの瞳を見ればギアスがかけられていることは一目瞭然だった。
 やはり、彼の《ギアス》も人の精神に作用するものだったらしい。こうなると、血筋としか言いようがないのではないか。
 そんなことを考えながら、きっちりと閉められたドアへと歩み寄る。軽く呼吸を整えるとノックをした。
「ヴィクトル、俺だ」
 そのまま中にいるであろう彼に声をかける。
『L.L.?』
 すぐに涙に濡れた声が返ってきた。
「そうだ。開けるぞ?」
 言葉とともにノブを回す。鍵はかけられていなかったのだろう。何の苦もなくそこは開く。
 しかし、問題があったのはその後だ。
「L.L.!」
 言葉とともにヴィクトルが飛びついてくる。前回でもその衝撃をこらえきれずに倒れたのに、会わない間に一回り大きくなった彼ではなおさらだ。しっかりと後ろにひっくり返ってしまった。
 しかし、その衝撃も痛みも今のルルーシュにはどうでもいいことだと言っていい。
 反射的にヴィクトルの両目は真紅に染まっている。そして、その奥にあの印がしっかりと刻まれていた。
「僕……」
「あぁ……暴走だ」
 隠していても仕方がない。それよりも現実をしっかりと認識させておかなければ、さらなる厄災が広がるだろう。そう判断して、ルルーシュはきっぱりと言い切る。
「だから、言っただろう? ギアスは必要以外使うな、と」
 今更遅いが、とため息をつく。
「仕方がない。あれが帰ってくるまで、お前も俺と一緒に籠城だ」
 シャルルにまでギアスをかけるわけにはいかないだろうから、とルルーシュは付け加える。
「いいの?」
「いいも悪いも、この場でギアスにかからないとわかっているのは俺だけだからな」
 仕方がない、と続けた。
「ともかく、どけ。このままでは起きられない」
 無理矢理引きはがすには体勢が悪い、というのは口実かもしれない。それでも、そう言うことにしておけ、とルルーシュは思う。
「……ごめんなさい」
 慌ててヴィクトルが離れる。
 それを確認して、ルルーシュは体を起こした。ついでというようにカーディガンを脱ぐと彼の頭からかぶせる。
「L.L.?」
「他の誰かにギアスをかけると厄介だからな。暑くても、部屋に行くまでそれをかぶっていろ」
 お前のギアス発動条件は相手の目を見ることなのだろう? と付け加えれば、布の下で小さく頷くのがわかった。
「ギアスを無効化するレンズでもあればいいが……そうでないなら、目に布をまいておくしかないな」
 そのあたりはC.C.が帰ってきてから考えよう。ルルーシュはそう言う彼の肩に手を置く。
「行くぞ」
 そのまま、小さな肩を抱くようにして歩き出した。

 こうなればとばかりに、ルルーシュは自分たちが使っている階を全て占有することにした。その方がヴィクトルにもいいと思ったのだ。
「……だからといって、何故、お前が食事を運んでくるんだ?」
 いつものように食事を持ってきた彼にそう問いかける。
「他の連中は恐がってこないからだ」
 そう言われては納得するしかない。
「ならば、俺が取りに行くから声をかければいいだろうが」
「現在、こちらにいるのは嚮団の者達だからな。それは無理だな」
 そうすれば、今度はこんなセリフが返ってきた。
「C.C.にあれだけ心酔している連中が、彼女と同じ存在であるお前を呼びつけるなんて出来ると思うか?」
 さらにこう付け加える。
「お前は?」
「俺は嚮団の一員じゃないからな。あいつの個人的な知り合いだと思ってくれればいい」
 第一、彼女をそこまで妄信的にあがめられるか? と彼はさらに問いかけてきた。
「無理だな」
 中身を知っている以上、とルルーシュは即座に断言する。
「つまり、そう言うことだ」
 だから、文句も言えるし協力もしている……と彼は続けた。
「俺に関しても同じだと?」
「否定はしないよ」
 君がどれだけ鈍くさいか、嫌と言うほど知っている……と付け加えられれば反論する気力すらわいてこない。
「……シャルルは?」
 代わりにこう問いかける。
 誰よりも信頼していた兄と引き離された彼は、今どうしているだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
「とりあえずは、元気だな」
 少なくとも見た目は、と彼は続けた。
「そうか」
 おそらく周囲を心配させまいとしているのだろう。
「なら、今度呼んできてくれ。ヴィクトルには会わせられないが、俺とならば茶を飲んでも構わないだろう」
 この状況では関わるのは仕方がない。小さなため息とともに続ける。
「あとは、キッチンで久々に何かを作るか」
 そうすればあの魔女も帰ってきそうな気がするし、と付け加えれば、彼も苦笑を浮かべた。
「可能性は否定しないな」
 彼女のことだから、と頷いてみせる。
 本当に彼は彼女のことを尊敬もしていないらしい。そう言うところが彼女の救いになっているのではないか。しかし、何故、自分の知っている彼女は一人だったのだろう。
 そう考えれば、一つの答えしか見いだせない。
「それと、だ」
 不本意だが、とルルーシュは付け加えた。
「現状はどうなっているんだ?」
 こちらの陣営の配置その他は、と問いかける。
「いきなりどうした?」
 関わらないのではなかったのか? と彼は言外に聞き返してきた。
「不本意だがな。あいつが帰ってこないのはそのせいではないか?」
 そして、このままでは自分たちにまで被害が及びかねない。もっとも、自分は死なないから困らないが、子どもが死ぬのを見るのは寝覚めが悪いから……とルルーシュは説明をした。
「そうか」
 ため息とともに彼は頷く。
「シャルルにでも説明させる。あいつのためにもその方がいいだろう」
 必要だろうからな、と彼が言った理由にも想像が付く。
「そうだな」
 だから、ルルーシュはこう言い返した。



11.06.03 up