僕の知らない 昨日・今日・明日

20


 目を開ければ、そこには彼の顔があるものだ。そう信じていた。
 しかし、だ。
 今、自分の目の前にあるのは別のものだ。
「……L.L.?」
 自分たちは助かったのだろうか。それとも、と思いながらヴィクトルは体を起こそうとする。
「兄さん! 気がついたの?」
 だが、それよりも早く、シャルルの声が耳に届いた。視線を向ければ、泣きはらして真っ赤になった目元を隠すこともせずに自分を見つめている彼の姿が確認できる。
 いや、彼だけではない。
 ここにはC.C.の姿もあった。
 だが、一番会いたい人のそれはない。
「……L.L.、は?」
 だから、何とか声を絞り出すとこう問いかける。その瞬間、シャルルの顔がくしゃっとゆがんだ。
「シャルル?」
 そういえば、彼は自分といて大丈夫なのだろうか。無意識に《ギアス》をかけてはいけない。自分は《ギアス》を制御できなくなっていたはずなのだ。
「安心しろ。今のお前はギアスを使えない」
 そのときだ。C.C.の静かな声が耳に届く。
「使えない?」
 それはどういうことなのか。そう思いながら彼女の顔を見つめる。
「あいつに感謝するんだな」
 小さなため息とともに彼女は言葉を綴りだした。
「文字通り、命をかけてお前を守った。お前が生きているのは、あいつがお前にコードを譲ったからだ」
 こう言われて、ヴィクトルはあることを思い出す。
『何を犠牲にしても、生き延びたいか?』
『僕は、シャルルを守らないと……僕は、あの子のお兄ちゃんだから……僕は帰らないと』
『わかった。なら、何があってもシャルルを守れ。いいな?』
 あれは、てっきり夢の中の会話だと思っていた。
 だが、そうではなかったらしい。
「僕が、あんなことを言ったから?」
 だから、彼は自分に命を譲り渡して死んでしまったのだろうか。
「あいつが決めたことだ」
 淡々とした口調を崩すことなくC.C.は言う。
「あいつにとって、お前たちは恨んでも仕方がない存在だったにも関わらずに、だ」
 しかし、その後に続けられた言葉は予想もしていなかったものだった。
「どうして……」
「あいつは、お前たちに大切なものを奪われたから、だよ」
 もっとも、お前たちには、まだ、責任はないが。彼女はそう続ける。
「……どう、言うこと、ですか?」
 自分たちには責任がない。それでも彼の憎まれることをした、と言うことだろうか。でも、いつ? と思う。
「私にも、よくわからない。ただ、あいつはこの時代の人間ではなかった」
 コードも、時々とんでもないいたずらをしてくれる……とため息とともに告げられる。その言葉が、ますますヴィクトルを混乱させた。
「意味がわかりません」
「安心しろ。私もよくわからない」
 何故、そのようなことが起きたのかは……と彼女は言った。
「ただ、これだけは教えておいてやろう」
 私は優しい女だからな、と言われてもうなずいていいものか、どうか、悩む。
「お前たちは、必ずもう一度、あいつに出会う。もっとも、最初はお前たちの知っているあいつではないだろうがな」
 だが、いずれ《L.L.》になるかもしれない存在だ。もっとも、そのときはヴィクトルとシャルルは彼に恨まれることになる。
「どうするかは、お前たちが決めろ」
 少なくとも、シャルルが帝位へとつくまではつきあってやろう。そう彼女は言った。
「最初からの約束通りにな」
 この言葉に、ヴィクトルは小さくうなずく。そうする以外にできることがない、と言うことも否定できない事実だ。
 そのまま、またシーツへと体を沈める。そんな彼の手をシャルルが握りしめてきた。
「……シャルル……」
 どうした? と声をかける。
「優しかった、よね?」
 誰が、と言われなくてもわかった。
「あぁ……いろいろと教えてくれた」
 自分たちが知らなかったいろいろなことだ。そして、それは自分たちの強みになるだろう。
 それを教えてくれたのが、彼なりに自分たちを心配してくれたからだ。そして、彼は決して自分たちを憎んでいると気づかせなかった。
「僕たちは……どうすれば、いいのかな?」
 ヴィクトルなら、知っているのではないか。そう言われても困る。
「わからない……でも、探すことができる」
 何を探せばいいのかわからないが、それでも、そうするしかない。だから、と続ければシャルルは小さく首を縦に振ってみせる。
「だから、僕は、皇帝になるよ」
 そうすれば力が手に入るから。力があれば、できることが増える。その後で、避ける方法を探そう。そういう彼の成長も、L.L.のおかけではないか。
 だから、とヴィクトルは言葉を綴る。
「今だけは、彼のために泣いてもいいかな?」
 シャルルの前では泣かない、と言っていたけれど……と彼は続けた。
「もちろんだよ、兄さん」
 すぐにシャルルは言い返してくる。
 その言葉を耳にした瞬間、涙がこぼれ落ちた。

 男の泣き顔は見るものではない。そう考えて、C.C.は部屋を出た。
「何だ。帰ってきていたのか」
 そこに、彼の姿を確認して、そう告げる。
「……全部終わったよ」
 彼は静かな声で言葉を返してきた。
「湖の見える丘の上に、彼を埋めてきた」
 その表情は疲れ切っているように思える。
「……そうか」
 それも無理はないだろう。彼は何度も同じことを繰り返しているらしい。今回は、と思ってもまた裏切られる。それでも正気を保っていられるのはさすがだ、と言うべきなのか。
「あそこはこの国で一番きれいな場所だからな。ルルーシュもいやがらないだろう」
 それに、あそこは将来、彼らが暮らすはずの場所だ。
「それで、お前はどうするんだ、クルルギ」
 また、同じことを繰り返すつもりか? と言外に問いかける。
「そうしようか、と思っていた」
 だが、と彼は続ける。
「今回は何かが違う。そんな気がする。だからもう少し待ってみようかと思う」
 今までに比べれば、そう長い時間ではない。また繰り返すにしても、そのくらいの時間は大きな損失ではない、と彼は言う。
「やはり、お前もそう思うか」
 自分だけの気のせいではなかったのか。C.C.もそう言い返す。
「……と言うことは、お前もそう思っていた、と言うことか」
 二人そろってそう感じたのであれば、そうなのだろう。スザクはそう結論を出したようだ。
「まぁ、それならば、今しばらく様子を見てやろう。間違いなく、あいつは生まれるはずだからな」
 必ずシャルルはマリアンヌと出会う。
 その結果、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという存在が生まれ出るはずだ。
 それが自分たちの知っている《ルルーシュ》になるかどうかはわからない。
「と言いつつ、ルルーシュの記憶をしっかりと保存しているんだろう、お前は」
「悪いか?」
 悔しかったなら、自分もやればいいだろう。そう言い返す。
「いいよ。ルルーシュにあったなら、そのときは別のこともするから」
 しかし、この答えは予想外だった。
「そうか」
 ひょっとして、とんでもない状況になるのではないか……と思わずにいられない。
「まぁ、せいぜいがんばれ」
 だが、それは自分に向けられたものではないから、かまわないのではないか。そう考えてこう言う。
「そうさせてもらうさ」
 言葉とともに彼は体の向きを変えた。
「じゃ……会いたくないけど、そのうちまた会うことになるだろうから」
「……さっさとのたれ死んでくれていいぞ」
「そのセリフはそのまま君に返すよ」
 言葉とともに彼はさっさと歩き出す。どうやら、ルルーシュがいなくなれば、自分にはようがないと言いたいらしい。
「本当に現金なやつだな」
 もっとも、そうでなければルルーシュを追いかけてここまでくることは不可能か。そうも思う。
「まぁ、あいつが生まれてくるまでの、ほんの四十年ほどの時間だな」
 そのときに、また会うことになるだろう、と心の中で呟く。
「さて、あいつらは泣き止んでいるかな?」
 その日までは存在も忘れていてやろう。そう付け加えると、C.C.は建物の中へと戻っていった。

 実際に彼と再会したのは、さらに後になると、この時のC.C.は考えてもいなかった。




11.07.25 up