01
今の自分に違和感を覚えるようになったのはいつからだろう。
「僕は、僕なのに……」
自分がいるべき場所はここではない。そんな思いにもさいなまれる。
いや、それだけではない。
体験していないはずの記憶が自分の中に存在している。
「でも……あれも僕なんだ」
理由なんてわからない。それでも夢の中で見たことも現実だったのだ、と思える。
他の人間もそうなのだろうか。そう思って遊びに来たきょうだいたちに問いかけてみたことがある。だが、誰もそれが本当のことだとは受け止めてくれない。
『すべては、夢だよ。あるいは、本の読み過ぎでそう錯覚しているだけではないかな』
少しは別のことにも興味を持たないとだめだよ、と続けたのは二番目の
妹たちに至っては、自分がおもしろいお話をしてくれているとしか認識していないようだ。
「……本当なのに……」
どうして、彼らは信じてくれないのだろうか。
「V.V.様なら信じてくださるかな」
こんな、まさしく夢物語としか言いようがないことでも、とルルーシュは呟く。
彼本人が、ある意味、自分達の理から外れた存在らしい。自分と同じような外見なのに、ずっと長く生きている。それは、彼があの
それ以上に長い年月を生きている相手も知っている。
しかし、彼女の場合、まじめに答えてくれるかどうかは一種の賭のようなものなのだ。だから、こういうまじめな相談の時には信用できない、と思う。
「今度いらしたときに聞いてみよう」
それがいいか、とルルーシュは結論を出す。
「……でも、どうしてあんな夢を見るのかな」
マリアンヌやナナリーはもちろん、シャルルだって時間が許す限りこの離宮に足を運んでくれる。異母兄弟達も、だ。自分もよく他のきょうだい達のところに遊びに行くし……と続ける。だから、あんな自分達だけの世界にこもっているわけではない。
もちろん、それを好ましく思っていない者達がいることも知っていた。
しかし、そんな者達と実際に顔を合わせたことはない。そうならないように、父や母、異母兄姉達が気をつけてくれている。
「……それとも、僕が知らないだけなのかな」
問いかけても、自分はまだ子供だから、と言って彼らは教えてくれない。だが、それに甘えていていいのだろうか。そんなことも考えるようになってきていた。
考えてみれば、それも自分があの夢を見るようになってからのような気がする。
そう考えて、ルルーシュはため息をひとつついた。
どうしても、自分の最近の思考は、あの夢の中の《自分》に引きずられているような気がする。
それではいけないのではないか。
心の中でそう呟いたときだ。
「ルル様」
いつの間に来ていたのか。アーニャが声をかけてくる。
「ナナリー様が待ってる。お茶の約束」
この言葉に、ルルーシュは慌てて時計へと視線を向けた。
「もうそんな時間か。呼びに来てくれてありがとう」
ついつい、考え事をしていて忘れるところだった……と彼女に視線を戻しながら告げる。
「それが、私の役目だから」
こう言って、アーニャが微笑む。
「でもルル様にほめてもらえるとうれしい、です」
その声がとてもうれしそうだ。
「そうか」
一緒に暮らしているからか。ナナリーほどではないが、そう言って微笑む彼女はかわいい。
「と言うことで行こうか」
ナナリーを待たせているし、と付け加えながらルルーシュは立ち上がる。
「はい、ルル様」
そんな彼の後を当然のようにアーニャが付いてきた。
いつものようにV.V.は不意にやってきた。
「ごめんね、眠くなる時間に」
苦笑ともに彼はそう声をかけてくる。
「いえ。僕も相談に乗っていただきたいことがありましたから、ちょうどよかったです」
ルルーシュは即座にこう言い返す。
「相談? 僕に?」
「はい。父上は最近お忙しいらしくてお顔も見ていませんし、母さんもそんな父上のおそばにいますから……」
C.C.はちょっと当てにできないし、と小声で付け加える。
「……まぁ、彼女は、そうかもしれないね」
確かに否定できない、とV.V.も同意をしてくれた。
「なら、ちょうどいいときに顔を出したのかな、僕は」
ちょっと時間が空いたから顔を見に来たんだけど、と彼は続ける。
「そうなんですか?」
「そうだよ。シャルルの予定が変わってしまったからね」
皇帝であれば仕方がないことだが、と彼は言う。
「マリアンヌも忙しいなら……どこかでテロでも起きたかな?」
それとも、新しいエリアでもできたのか。かわいらしい仕草で首をかしげながらそんな言葉を続ける。
「まぁ、僕には関係ないけどね」
そう言うことは彼らに任せているから、とV.V.は言い切った。
「と言うことで、君のことを優先しよう」
相談事って何? とまっすぐにルルーシュを見つめてくる。
「……僕が経験したことがない生活を夢に見ることってあるんでしょうか」
間違いなく、自分が知っている人たちなのに、自分が知らない行動をとる。そんな夢を見るようになったのだ……とルルーシュは言った。
「……夢、か」
そうすれば、真顔で彼は呟く。
「V.V.様?」
そのまま考え込んでしまった彼にルルーシュはおそるおそる問いかける。
「あぁ、ごめん。ちょっとわからないよね」
そうすれば、彼はいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「前にC.C.と話をしたことがあってね。その中に夢の話しもあったんだ」
それと関係があるのかもしれない。そう考えたのだ、と彼は続ける。
「V.V.様にもわからないと言うことでしょう」
「と言うよりも、僕は君が見ている夢の内容を完全には把握できていない。だから、明言を避けておいた方がいいかな? と思っただけ」
推測ならばいくらでもできる。しかし、それが間違っていたら困るから、と彼は続けた。
「それに、君が許してくれるなら確かめる方法はあるしね」
自分には、と彼は目を細める。
「僕が?」
何を、とルルーシュは聞き返す。
「君の夢を覗かせてもらえば、僕にもわかるだろう?」
ただし、ルルーシュにも誰にも内緒にしておきたいことがあるだろう。それも
「僕はV.V.様に隠していることはないですよ?」
もちろん、シャルルやマリアンヌにも……とルルーシュは付け加える。
「だから、見られて困ることはありません」
そう言いきった。
「いい子だね、君は」
次の瞬間、V.V.が柔らかな視線を向けてくる。
「なら、今日は伯父さんが添い寝をしてあげるよ」
しかし、このセリフはなんなのか。そう思わずにいられないルルーシュだった。
目の前にあるのは、アリエス離宮のホールだ。それを階段の上から眺めている。
しかし、視線の先にあるのは信じられない光景だ。
マリアンヌが血まみれで倒れている。
そして、彼女の腕の中にはナナリーがしっかりと抱きしめられていた。
それだけならば、ここまで驚かなかっただろう。
銃を持って笑っていたのは
「……何故、僕が……」
二人を傷つけなければいけないのか。自分で自分がわからない。
『君たちはシャルルの気持ちを弱くするから』
まるでその疑問に答えるかのように夢の中の自分が口を開く。
『君が悪いんだよ、マリアンヌ。僕たちの間に割り込んでくるから』
さらに付け加えられた言葉に、何故か鼓動が激しくなる。
ひょっとして、これが自分の本音だったのだろうか。だとするなら、自分は本当は彼らのことを疎ましく思っていたのか、とショックを受ける。
『母さん! ナナリー!!』
だが、ルルーシュの叫びで彼は現実に引き戻された。
自分がこの子供にこんな表情をさせるはずがない。だから目の前にいるのは自分ではない。
では、誰なのか。
そう考えた瞬間、まるで水がわき出てくるように答えが脳裏に浮かび上がった。
これはやはり
だから、彼は自分達を憎んでいたのだろう。
ならば、これを阻止すればたとえ
そうすれば、彼が目覚めても自分達は《ルルーシュ》を失わなくてもすむのではないか。
「僕は、あなたも、ここにいるルルーシュも、大切だから……」
だから、どちらも失いたくない。
V.V.はそう呟いていた。