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しかし、成長するに従ってルルーシュは《彼》に似てくる。
「……他人の空似とは思えぬな」
彼の小さな頃を見ているようだ。シャルルはそう呟く。
「君もそう思う?」
シャルルの隣でルルーシュの姿を見つめていたV.V.がそう聞いてくる。
「ただの偶然だと思っていたのですが」
そういえば、あのとき、C.C.が何か意味ありげに口にしていたではないか。
『お前たちは、必ずもう一度、あいつに出会う。もっとも、最初はお前たちの知っているあいつではないだろうがな』
と、思い出す。
あのときは自分達を慰めるためだと思っていた。
だが、実は違ったのではないか。
「彼女なら、何かを知っていてもおかしくはないよね」
彼の秘密を、とV.V.が呟く。
「あのとき、C.C.は無条件で彼を信用していたし……でも、それは間違っていなかったけど」
それは彼がコードを持っていたからだと思っていた。
しかし、だ。
ひょっとしたら、他の理由があったのかもしれない。
「聞いてみますか?」
シャルルはそう問いかける。
「素直に教えてくれるとは思わないけどね」
ため息とともにV.V.がそう言った。
「むしろ、あしらわれて終わり、のような気もするけど」
でも、と彼は続ける。
「確認しないと、何もできないしね」
だから、と言う彼にシャルルもうなずいて見せた。
「確かにその通りです」
もっとも、と彼は言葉を重ねた。
「もし、そうだとしても……ルルーシュは……あの子は、私とマリアンヌのかわいい息子です」
幸せにしてやりたい。彼はそう呟く。
「あの子のために優しい世界を作ってやりたい、と思います」
ルルーシュという存在が自分に与えてくれたもの何分の一かでも返せればいい。
そして、彼に対しても、だ。
「もっとも、それがあの子の望む《優しい世界》だとは限らないわけですが」
「それは仕方がないよ。人によってその認識は違うんだし……ただ、多くの人が《優しい》と感じる世界を作っていくしかないだろうね」
実際、ブリタニアは現在、その領土を拡大しているのだし、とV.V.は苦笑を浮かべる。
「そうですね」
確かに、それは矛盾しているかもしれない。
「それでも今更、止めるわけにはいきますまい」
優しい世界を作ることとは別に、コードに関する場所は自分達の手に収めておかなければいけないと考えるからだ。
そうしなければ、誰に利用されるかわからない。
最悪、世界が混乱しかねないのだ。
「最終的に、優しい世界が残れば、それでいいのです」
たとえ、後の世で自分がどれだけあしざまに言われようとかまわない。シャルルがそう付け加えれば、V.V.は小さなため息をつく。
「君がすべて背負わなくていいんだよ?」
そのまま、彼はシャルルを見上げてくる。
「いいえ。これは私の役目です」
皇帝である、と言い返す。
「同じように、ルルーシュの父としての役目も果たさなければいけないでしょう」
マリアンヌの夫として、そして、ナナリーの父としても……と続ける。
「だから、まだ、死にませんよ」
シャルルはそう言って笑った。
「そういう問題じゃないんだけどね」
深いため息とともにV.V.は言葉を口にする。
「とりあえず、C.C.を探そうか」
まずはそれからだ、と言いながら、彼は立ち上がった。
「そうですね」
確かに、と口にしながら、シャルルもまた腰を上げる。そのまま二人そろって歩き出した。
「ようやく気がついたのか?」
二人の問いかけに、C.C.はあきれたという表情でこう言った。
「もっとも、正確に言えばあいつになるかもしれないあいつ、だがな」
自分の中に
「あいつの魂――そう呼んでいいのかどうかはわからないが――はルルーシュの中で眠っている」
きっぱりと断言されて、シャルルは言葉を失う。
「……起こすことは?」
できるの? とV.V.が問いかけた。その声が期待と恐怖に揺れているのは、あの日彼女が口にした言葉を忘れていないからだろう。
「ほっといても、おそらく起きるぞ」
今も寝ぼけているようなものだ、と彼女は言った。
「C.C.」
それならば、とシャルルは口を開く。
「何故、彼が私たちを恨んでいたのか……知っているなら教えてほしい」
それを知らなければ、今後、ルルーシュを傷つけてしまうかもしれない。それは本意ではないのだ。
「そうだね。僕も知っておきたい」
いや、知らなければいけないのではないか。V.V.もそう言ってうなずいた。
「お前たちにとっては辛い内容かも知れないぞ」
試すような表情でC.C.がそう問いかけてくる。
「それでも聞きたいのか?」
彼女はさらに確認の言葉を投げつけてきた。
「当然だ。私はあの子の父親、だからな」
ならば、当然の権利ではないか。
「僕も、知らないで後悔するよりも知って後悔したい」
V.V.もきっぱりとした口調でそう言った。
「よく言った。ならば、私が知っていることは全部教えてやろう」
珍しくもC.C.はまじめな口調でそう言う。
「長い話になるぞ」
そう前置きすると、彼女はゆっくりと言葉を綴り始めた。
その内容は、どれもこれも信じがたいものだった。いったい何故、
だが、自分以上にショックを受けているのは
「……僕、が?」
彼から幸せを奪ったのか……と呟くと同時に彼はその場に崩れ落ちる。
「兄さん!」
彼がそんな風に弱々しい姿を見せたことはなかった。
彼の涙を見たのも、あのとき――自分がL.L.の命を奪って生き延びたと知ったときに涙をこぼしたのが最後だったはずだ。
「……それは、あいつの世界のお前だ。今、私の目の前にいるお前ではない」
ルルーシュの記憶の中にあるブリタニアと、現在のそれも微妙に変わっているようだし、と彼女は続ける。
「逆に言えば、お前たちがこれからどうするかにかかっているんだろうな」
今、自分達の目の前にいるルルーシュにどう接していくか。それが重要ではないのか。
「あちらでは、お前とあいつが顔を合わせたのは、あいつが世界を壊そうと動き始めた後だったらしいし」
他にもいろいろと違いがある。
だから、これからの未来が変わる可能性だってあるのではないか。
「お前があの子をかわいがっているようにな」
C.C.はそう続ける。
「……だって、あの子はシャルルの子だよ?」
当然のことだ、と言うように彼は口にした。
「あいつの記憶の中のお前は、そんなセリフを一言も口にしなかったようだぞ」
つまり、そこから違うと言うことなのか。
「記憶が戻れば、あいつは混乱するだろうな。そのとき、お前たちがこれからあいつにどう接するかによって状況は変わってくると思うぞ」
がんばって、ルルーシュの仲の悪いイメージを払拭するんだな……と彼女は笑った。
「後は自分達で考えろ」
ルルーシュにとって何がすべての始まりだったのか。それがわかれば打つ手が見えてくるはずだ。そう言うと、彼女は視線を外へと移動させる。つまり、それで話が終わりだ、と言うことだろう。
「……僕は、あの子に憎まれたくない……」
泣きそうな声でV.V.が呟く。
「それは、私も同じです」
そのためにはどうすればいいのか。答えはわかっているはずなのに、何故か言葉にできない。まるで何かに邪魔をされているようだ。そう思わずにいられない。
「あのこのためなら、何でもできるのに」
だが、こう呟くV.V.の気持ちが変わらないならば大丈夫だろう。そう考えている自分がいることもわかっていた。
「あいつらはどうするだろうな」
一人だけになった部屋でC.C.はそう呟く。
「答えは一つしかない。それはわかっているはずだ」
問題なのは、世界がそれを許すかどうかだろう。
「お前はどう思う?」
そう問いかけても答えが返ってこないこともわかっていた。相手もまた眠っているはずなのだ。
それでも必ず会えると言うことも知っている。
「もうじきだな」
今度はどうだろうか。
「まぁ、あいつら次第だろうな」
自分はあくまでも傍観者だ。そう呟く。しかし、それがどこまで通用するか。自分自身にもわからない。
「私ももう一度、あいつに会いたいからな」
浮かべた笑みはとても苦いものだった。