02
何故かV.V.だけではなくC.C.も離宮に居座っていた。
マリアンヌが認めている以上、自分がどうこう言うべきではないとはわかっている。それでも、どうして……とは思う。
これがV.V.だけであればよくあることだ。特にシャルルの周囲が騒がしいらしい状況では、だ。
だが、C.C.は違う。
自分が小さな頃は住み込んでいたらしいが、少なくともナナリーが生まれてからは泊まり込むことはおろか、顔を出すこともなかったのに。
それとも、自分が知らないだけでシャルルやマリアンヌの前には顔を出していたのだろうか。
「ナナリーは喜んでいるけど」
自分はそうできない、とルルーシュはため息をつく。
「昔は、無条件で喜べたんだけどな」
やはり、あれこれと世界のことがわかってきたからだろうか。それとも、別の理由なのか……と悩む。
「夢の中の《僕》なら、どう思うんだろうな」
小さな声でそう呟いた。
「でも、僕は《僕》だから」
自分自身が判断をするしかない。
「僕がナナリーを守らないといけないんだ」
夢の中の《自分》ではなく、と自分に言い聞かせるように言葉を重ねた。
「でも、本当に何が起きているんだろう。珍しく、母さんも毎日、こっちに帰ってきているし」
V.V.はシャルルに会いに行ってもすぐに戻ってくる。
まるで、ここから離れているのが怖い、と考えているようだ。
「でも、理由を聞いても教えてくれないんだろうな」
自分がまだ子供だから。
そう言われるなら、もっと早く生まれていればよかった。そうすれば、母も安心して自分に話をしてくれるのではないか。
「……何で、僕は子供なんだろう」
言ってもどうしようもないことはわかっている。それでも、こうぼやきたくなる。
「お前はまだ子供でいいんだよ」
その瞬間、背後からこんな声が届く。同時に細い腕に抱きしめられた。
「C.C.?」
何を、と言外に問いかけながら彼女の顔を振り仰ぐ。
「早く大人になられてはつまらないからな」
自分達が、と彼女は微笑む。
「まぁ、悩むことは大切だがな」
それでもまだ子供のままでいてほしい。そう彼女は続けた。
「マリアンヌが帰ってくるのは、簡単だ。シャルルがまた、浮気をしたからだ」
夜まで一緒にいたくないと言うことだろう、と教えてくれる。
「それは……いつものことでしょう?」
自分が知っているだけでも、母の後に数名、シャルルの後宮に入ったものがいるではないか。もっとも、彼女たちは《妃》の位を与えられていないが。
「いつもは、な。今回はコーネリアよりも年下らしい」
それがマリアンヌには引っかかる点だそうだ。確かに、自分もそれはまずいだろうと思うし、とC.C.は言う。
「……コゥ姉上よりも?」
「むしろクロヴィスの方が近いかもしれないぞ」
と言うことは、まだ学校に通っていてもおかしくはないと言うことではないか。
「……母さんが怒るのも当然だよ、それ」
「だろう? V.V.ですらあきれていたからな」
しかし、それとC.C.達がここに居座っているのと上手く結びつかない。
「まぁ、さすがのシャルルも今回のことは反省しているからな。適当な相手に押しつけるだろう」
だから、そちらは問題ない。
「もっとも、逆恨みをされている可能性があるからな。今しばらくは気をつけた方がいいだろう、と言うことだ」
自分かマリアンヌがいれば対処できるだろう。だから、安心しろ。彼女はそう言って笑った。
「僕は何もしなくていいのか?」
そう言うことであれば、とルルーシュは問いかける。
「お前に何ができる?」
確かにそうかもしれない。しかし、即座にそう言い返されるのは気に入らない。
「とりあえず、ナナリーとできるだけ一緒にいろ。運動神経的に辛いときは、V.V.にでも押しつけておけ」
彼は昔から運動神経がよかったから、と彼女は笑う。
「……そうなんだ」
と言うことは、運動神経に難があるのは自分だけなのだろうか。ただでさえ、
「本当、中身はシャルルにそっくりだよ、お前は」
だが、彼女はこう言うとさらに眼を細めた。
「あいつがまともに剣を振るえるようにさせるのにどれだけ苦労したか」
だからといって、先頭に立つものが何もできないのでは士気が上がらない。今のように代理のものがいたわけではないのだ。
「そう考えれば、あいつの隣にマリアンヌがいるのは幸いだな」
后妃でもあり誰よりも優秀な騎士でもある。何よりも見た目がいい。そんな彼女が戦場にいればいやでも士気が上がるだろう。
「そう言うことだから、お前も自分の代わりになるような優秀な騎士を探すんだな」
もっとも、ルルーシュがやらなくてもシャルルが山ほど候補者を選んでくるだろうが。
「……あぁ、V.V.という可能性もあったな」
嚮団から選んでくるかもしれない。彼女はそうも付け加える。
「もっとも、下手な奴だとマリアンヌが却下するだろう」
たたきのめされて泣いて帰る奴が出るかもしれない、と言うセリフを否定できない。
「母さんだから」
「確かに、そうとしか言いようがないな」
ルルーシュの言葉をC.C.はあっさりと肯定する。
「しかし、どこで教育を間違ったんだか。ちゃんと女らしいことも教えたのにな」
むしろ、そう言うことはルルーシュの方が得意かもしれない。ふっと思いついたようにC.C.がそう言った。
「今度やってみるか?」
「何で、僕が!」
自分は男だ、と主張する。
「ナナリーがまねするぞ」
きっと覚えるだろう。そう言われて、本気で悩んでしまったことは内緒にしておくべきだろうか。ルルーシュはふっとそんなことを考えてしまう。
「ちょっと、C.C.! うちの子に何しているの?」
そんなじゃれ合いとも言える会話を交わしていれば、いきなりマリアンヌがベランダから姿を見せた。
「母さん! ここは二階……」
彼女がいきなり姿を見せるのはいつものことだが、問題はそれではない……と思いながらルルーシュは口にする。
「たかだか二階でしょう? 第一、隣の部屋から十分移動できるわよ」
いや、自分はできないから、とルルーシュは心の中で呟く。
「ナナリーがまねをするから、やめてください」
そうなったら、自分には手に負えなくなる。ため息とともにそう続けた。
「まぁ、あなたの場合、平らなところでも転がるものね。シャルルと一緒で」
そう言うところがかわいいわ、と言われてルルーシュはその場から逃げ出したくなる。しかし、C.C.に抱えられていては不可能だ。
「ナナリーの方は外見はシャルルで中身はお前だからな。本当に、逆じゃなくてよかったよ」
「女の子なら、あそこまで厳つくならないものね」
女性の思考は今ひとつわからない。それよりも解放してくれないだろうか。ルルーシュは本気でそう考えていた。
結局、ルルーシュが彼女たちが解放されたのはV.V.が顔を出した後で、だった。そのときにはもう、抱いていた違和感はどこかに飛んでいってしまっていた。
ひょっとして、最初からそれが目的だったのではないか。
そう気づいても、もう後の祭りだ。
「……今更、聞きに行くわけにいかないし」
やはり、自分では彼女たちから本音を引き出すのは無理なのか。そう呟く。
「こういうのを何というんだっけ……」
聞いた覚えがあるんだけど、と首をひねる。
「そうだ。亀の甲より年の功、だ」
マリアンヌはともかく、C.C.にはぴったりだろう。
「そういえば、彼女は何歳なのかな」
シャルルやV.V.の面倒を見た、と言うことは二人よりも年上と言うことだ。しかし、実際に何歳なのか聞いたことはない。そして、聞いても答えてくれないだろうことは簡単に想像ができる。
「V.V.様ならご存じかな」
それとも、彼もやはりごまかされているのか。
どちらだったとしても、自分の気持ちに踏ん切りはつけられるような気がする。
「母さんに聞くと怒られそうだしな」
女性に年齢を聞いてはいけない、と言って……と続けた。
それがどうしてなのかはわからない。
「クロヴィス兄さんなら知っているかな? それとも、シュナイゼル兄上か……」
オデュッセウスでもいいかもしれない。
もっとも、彼らに会う機会があれば、だ。自分とは違って、それなりに公式行事にも関わっている彼らは忙しい。彼らが住んでいる離宮に足を運んだとしても会えない可能性の方が大きいのだ。
「何でこんなにわからないことばかりが出てくるんだろう」
自分が子供だからだろうか。
そんなことを考えていたからだろう。その晩、ルルーシュは一睡もすることができなかった。
あるいは、何かを感じ取っていたのかもしれない。
そう気づいたのは、すべてが終わった後だった。