僕の知らない 昨日・今日・明日 第二部

05


 もう少しルルーシュは休んでいなければいけない。そう言って全員を追い出したのはC.C.だ。
 だが、それはマリアンヌとナナリーを遠ざけるための口実だと言うことはわかっていた。
 それでも、一人になると眠気は襲ってくる。ベッドに体を横たえてうとうととしているうちに眠ってしまっていたらしい。人の気配を感じて目を覚ましたときには、空が明るくなっていた。
「起こしてしまったか?」
 ゆっくりと体の向きを変えると同時にそう声をかけられる。
「……シャルル?」
 こう聞き返して、すぐに『しまった』と思う。彼は自分をこちらの《ルルーシュ》だと認識していたのではないか。そう考えた瞬間、顔をしかめる。
 だが、それもいつまでも続かない。
「やっぱり、L.L.だ」
 うれしそうなV.V.の声が耳に届いたからだ。
「だから、言っただろう?」
 さらにC.C.がこう言ったのが聞こえる。
「ごめん。信用していなかった」
 それにこう言い返すとは、さすが……と言っていいのだろうか。
「とりあえず、ルルーシュでいい。母さんとナナリーが聞いたら不審に思うだろうからな」
 それに、間違いなくそれが自分の本名だし……とため息混じりに口にする。
「……本当に、それでいいのですか?」
 シャルルがこう問いかけてきた。
「その口調も、やめておいた方がいいかもしれないですよ。少なくとも、人前では……」
 今も昔も、シャルルが自分の父であることには変わらない。だから、自分としては彼に敬語を使うことに違和感はなかった。
 だが、彼の方はそうではないらしい。複雑な表情を作っている。
「頭では理解しているつもりなのだが……そう言われても、昔の印象が強すぎて難しいのですよ」
 苦笑とともにシャルルがそう告げた。
「だが、それではマリアンヌにばれるぞ?」
 いいのか? とC.C.が口を挟んでくる。
「……それは……」
 困るな、と彼は呟く。
「だろう?」
 にやり、と笑いながら彼女は言い返す。
「だから、早々に何とかするんだな」
 人前で演技ができるように、と彼女は続ける。
「……本当は、俺がここからいなくなる方がいいんだろうが」
 そうすれば誰も困ることはないはずだ、とルルーシュは言う。
「だめです!」
「却下、だ」
 即座に二人がそう言い返してくる。
「嚮団に行けば、母さん達は納得するかな……と思うんだが」
 これならば、他の者達も違和感を持たないはずだ。
「それなら、大歓迎です」
 即座にV.V.が前言を翻す。
「何なら、コードもお返しします」
 さらにこう付け加えた。
「いらない……第一、この状況で受け取れるのか?」
 自分は今、ギアスを持っていない。それでも、とC.C.へと視線を向ける。
「無理だな」
 そうすれば、彼女がこう言ってきた。
「C.C.?」
「同じ人間が《ギアス》を二度、受け取れたというデーターはない」
 少なくとも、自分はそんなことができた人間を知らない。彼女はそう言いきる。
「そうである以上、コードの移譲は不可能だ」
 もう一人の《ルルーシュ》であれば可能かもしれないが、とC.C.は続けた。
「だが、もう一人のルルーシュが私と契約しても同じ《ギアス》を手に入れられるかどうか。それはわからない」
 手に入れたとしても、今の状況では彼がギアスを暴走させられるかどうか、わからない……と告げる彼女の言葉は正しいだろう。
「それでも、俺がここにいるのには理由があるんだろうな」
 ため息とともにルルーシュはそう告げる。
「それが何なのか、未だにわかっていないが」
 こう言うと同時に、誰かの手がルルーシュの頭の上に置かれた。
「難しいことは考えるな。お前は当面、のんびりとしていればいい。面倒なことはそれが代わりにやってくれるだろう」
 なぁ、シャルル? と彼女は視線を移動させる。
「……確かに。今、皇帝の地位にあるのは私ですから」
 それも、ルルーシュL.L.ヴィクトルV.V.がいてくれたからだ、と彼は言う。
「それに……私とマリアンヌの息子には違いないのだし……」
 父として子供のわがままを聞くのは当然ではないか。
「いろいろと複雑なものはありますが」
 だが、どちらのルルーシュにしろ、悲しませたくはない。そして、マリアンヌとナナリーもだ。
「妥協するしかないでしょうね」
 上手くできるかどうかは別にして、と彼はため息をつく。
「……そんなことを言うと、ここにいるあいつが悲しむ」
 ルルーシュは苦笑とともに自分の胸をそっと押さえた。
「こいつは、お前が大好きだ」
 そういえば、自分もまだこの頃は父を尊敬していただろうか。
 もっと正確に言えば、母が暗殺される前は、だ。
「だから、そんなことを言われればこいつが悲しむし……そうすると、俺も悲しくなる」
 どうやら、感情はつながっているらしい。そして、元々が小さなルルーシュの体だからか。自分が彼の中で眠っていたときよりも影響力は大きいのではないか。そう分析してしまう。
 しかし、それ以上に見物だったのはシャルルの表情ではないだろうか。
 何を言っているのかと言うようにあごを引いた後、驚いたように目を見開いた。そして、最終的には首から上が真っ赤に染まる。
 その見事な変化を見て、やはり彼は自分の父とは違うのだ、と思う。
 あの男は、本当に不器用な存在だった。特に、愛情を示すことには……と今だからいえる。
「……ともかく、そいつらの方が今は大人なんだから、面倒なことは押しつけてしまえ」
 特にマリアンヌのことは、とC.C.は笑いながら言った。
「だが、一時的にブリタニアを離れるのには賛成だぞ。そうすれば、そいつの変化はそのせいだといえるだろう?」
 確かにそれには一理あるかもしれない。しかし、だ。
「母さんが許可してくれると思うか?」
 それが一番の問題ではないか。ルルーシュはそう言う。
「だから、そいつらに任せておけばいいと言っただろう?」
 いくらでも理由を考えてくれるはずだ。C.C.はそう言う。
「なぁ?」
 意味ありげな視線を彼女は二人へと向ける。
「……マリアンヌをごまかせるとは思えないのだが……」
「でも、L.L.にさせるわけにはいかないよ?」
 それこそ、不信感を与えることになる……とV.V.が言う。シャルルも渋々ながら同意を示して見せた。
「と言うことは、儂がやるしかないのだろうな」
 ため息とともに彼は言葉を口にする。
「……何かいい口実があればよいが……」
 まずはそれを考えなければいけないのではないか。シャルルはそう呟く。
「今回のことでいいだろう。こいつはあのときの光景を目の当たりにしてしまったからな。マリアンヌとともに隠れていたナナリーとは衝撃の度合いが違う」
 それを口実に、少し、気分転換をさせるとでも言っておけばいい。そう告げたのはC.C.だ。
「こいつは繊細な精神の持ち主、だったんだろう?」
 からかうように言葉を重ねる。
「今のこいつは違うがな」
 それが言いたかったのか、とルルーシュはため息をつく。
「気に入らないなら、俺は引っ込むぞ」
 やろうと思えばできるはずだ。そう思いながら告げる。
「……それは」
「僕はいやだよ……せっかく会えたのに」
 もう一人のルルーシュも大切だけど、あなたも同じくらい大切だから……とV.V.が抱きついてきた。
「だから変わるにしても、もう少し経ってからにして」
 さらに彼はそう言ってくる。
「……兄さん」
「いいじゃないか」
 そう言って唇をとがらせる様子は記憶の中のそれと変わらない。
「やっと会えたんだよ? このくらいわがままを言ってもあの子だって理解してくれる」
 そうでしょう? と彼は確認するようにルルーシュの顔をのぞき込んできた。
「……まぁ、な」
 あきれているといった方が正しいかもしれないが、と心の中だけで付け加える。
「わかりました」
 あきらめたような口調でシャルルが言う。
「何とかしましょう」
 その表情がどこか殉教者めいているのは、相手があのマリアンヌだからだろう。
「……どこであろうと、母さんは母さんか」
 ある意味感心すると同時に、何故か安心している自分がいることにルルーシュは気づいていた。



11.12.23