06
「よかったのか?」
二人きりになったところで、いきなりC.C.がこう問いかけてくる。
「何が、だ?」
そんな彼女に向かって逆に聞き返した。
「行きたい国があるだろう、お前には」
意味ありげな微笑みとともに彼女はさらに言葉を重ねる。
「何のことだ?」
内心、ぎくっとしながらも言い返した。
「気になるんだろう?」
あいつのことが、とC.C.は笑う。
「意味がわからない」
確かに、会いたいという気持ちはある。だが、同時に会いに行っていいものかどうか、悩む気持ちもあるのだ。
シャルルもV.V.も、ブリタニアにいるそのほかの者達も自分が知っている者達だが微妙に違う。それはかの国の者達にもいえるのではないか。
黒の騎士団の面々であれば、それは我慢できる。
しかし、彼が変わっていたらどうしようか。そう考えると不安でならない。いや、その様子を目の当たりにしたら、今まで以上の衝撃を受けるだろう。
「素直じゃないな」
C.C.はそう言って苦笑を深める。
「案ずるより産むが易し、と言うだろう?」
実際に会ってみればいいものを、と彼女は言った。
「C.C.!」
そんなことができると思うのか。
いや、それよりもだ。
ようやく衝撃が抜けた頭は、現実を認識し始めた。今、目の前にいる彼女は、自分が知っている相手ではない。だから、と口を開く。
「何故、貴様が知っている!」
自分は彼の存在を口に出したことはない、と彼女をにらみつける。
「……寝過ぎてぼけたか? 私はお前の記憶を覗いたことがあるんだぞ?」
もう、四十年以上前のことだが、と彼女は言う。それで、何のことかルルーシュも思い出した。
「……あのときか……」
確かに、それらしきことをされた記憶はある。しかし、あまり思い出したくないことでもあった。だから、あえて記憶の隅に押しやっていたのに、とため息をつく。
「本当に寝ぼけているようだな、お前は」
あきれたように彼女はそう言った。
「……無駄だ、と思っていたからな」
彼とのことは自分の記憶の中にだけとどめておけばいい。そうすれば、もし、こちらの世界の彼に《
「本当にお前は腰抜けだな」
そう言ってC.C.はため息をつく。
「何事も踏み出してみなければわからないだろう?」
それに、と彼女は続ける。
「お前の顔はいいからな。初対面で嫌われることはないと思うぞ?」
少なくとも女には、と言われても納得できない。
「何よりも、今のお前は子供だからな」
かわいらしく微笑んでいれば大概の大人はごまかされるだろう。彼女はそうも言う。
「……まさか」
「そう思うなら、明日の朝、シャルルで試してみるんだな」
きっと、楽しい結果になるはずだ。
「その光景が見られないのは少し残念かな」
彼女のこの言葉を耳にした瞬間、ルルーシュはため息をつく。
「要するに、お前がからかいたいだけか」
彼らを、とルルーシュは聞き返す。
「そんなことはないぞ」
即座に彼女はそう口にした。しかし、その表情が言葉を裏切っている。
「……自分の表情を見てからそう言うセリフは言え」
あきれたように眼を細めると指摘した。
「鏡がないからな、ここは」
自分の顔を見ろといわれても無理だ。彼女はそう言って笑う。
「それに……あの国から現在、嚮団の本部がある中華連邦はすぐ近くだぞ」
その気になれば隙を見て行って帰ってこられる。もちろん、V.V.の協力を得て、だが。
「あの子供が生まれているかどうか。自分の目で確認してくればいい」
何なら、そのままブリタニアに連れてくればいいだろう。そう彼女は続けた。それが誰のことかわからないはずがない。
「ロロのことなら、すでに確認を頼んである。存在していたなら、アリエスに連れてきてくれるそうだ」
自分の護衛にするために、とルルーシュは言い返す。
「まぁ、気になると言えばもう一人いるがな」
目の前の相手が育てて、最後には捨てた少年。彼はやはり、目の前の相手だけに依存しているのだろうか。
「……先を越されたか」
悔しげに呟くC.C.の姿に、ルルーシュは内心満足をする。
「まぁ、いい。マオなら確かに手元にいるぞ。あいつらの面倒を見ていた経験が役に立っている」
とりあえずは、と続けた。
「もっとも、あいつらはある意味、規格外だからな」
「……お前だって人のことはいえないだろう?」
そんな人間が育てて、普通の人間が生まれるとは思えない。ルルーシュはため息混じりにそう告げる。
「なら、その目で確かめて見ろ」
してやったりという表情で彼女は言った。
「シャルルには、お前が他国の様子を確認したいと言っている、と告げておこう」
そうすれば、彼は勝手にルルーシュの願いを叶えようと動いてくれるはずだ。
「あの二人の、お前に対する愛情を再認識するんだな」
実に鬱陶しいぞ、と彼女は笑う。
「……言われなくてもわかっている……」
もう一つの記憶がそれを教えてくれている、とルルーシュはため息をつく。
「よかったな」
愛されていて、と言いながら彼女は歩き出す。
「どうせなら、もっとシンパを増やせるよう努力するんだな」
「どういう意味だ?」
「お前はかわいい、と言うことだよ」
前にも聞いたセリフを彼女は口にしてくれる。
「C.C.!」
何を言うんだ、と反論しようとしたときには、もう、彼女の姿は視界の先になかった。
「……全く、あいつは……」
どの世界でも変わらない。ため息とともにルルーシュはそう呟く。
「だから、安心できるというのもおかしいかもしれないがな」
彼女と話をしていると、と彼は続けた。
「だから、余計に怖いのかもしれない」
彼に会うことが、と口の中だけで付け加える。それでも会いたいと思う自分がいることも事実だ。
「だが、会わない方がいいんだ」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
「とりあえず、寝るか」
今の自分はまだ子供だ。この体は無理が利かないと言うこともわかっている。
だから、少しでも体力を回復するためには睡眠をとるしかない。
明日――いや、もう今日か――もあれこれと騒がしいはずだし。そんなことを考えながら体を横たえる。そして、そっと目を閉じた。
今回の事件は、テロリストがアリエス離宮を襲ったものの、マリアンヌの許可を得て出かけようとした女官達を彼女とナナリーだと誤認。そのまま暗殺を企てようとした。そして、その光景を目撃してしまったルルーシュはショックで寝込んだ、と言うことになったらしい。
「ルルーシュ……すまなかった」
それを信じたのだろう。コーネリアがこう言って頭を下げてくる。
「私が警戒の手を緩めたばかりに……」
彼女のせいではない。マリアンヌ達がそう誘導しただけなのだ、とルルーシュは知ってる。
「いいえ……僕が弱かっただけです」
冷静に確認すれば、あれがマリアンヌ達ではないとすぐにわかったはずだ。
「母さんからも、そう言われて怒られました。だから、姉上のせいではないです」
そう言って微笑んでみせる。
「……ルルーシュ?」
「それよりも……ユフィは来ていないですよね?」
今日はまだ、彼女につきあえるだけの気力がないのだが……と言外に付け加えた。
「あぁ。あの子はおいてきた」
心配するな、と彼女は微笑む。
「よかった、と言えば怒られるのでしょうが……さすがに、あの子と同じくらいの少女が撃たれたところを見ては……」
そう言いながら、視線を落とす。
「……そうだな」
言葉とともに彼女はそっとルルーシュの頭に手を置く。
「だが、そのおかげでお前たちは無事だったのだ。それは事実だ」
「はい」
ルルーシュは小さくうなずいて見せた。
「どうやら、まだショックが抜けていないようだな。今しばらく、おとなしくしていろ」
もう二度とこんなことはさせないから。そう言う彼女に、ルルーシュは淡い笑みを返した。