08
今回、シュナイゼルが訪問するのは、EUとインドと日本……と言うところに微妙に誰かの恣意を感じてしまう。
「インドと日本はとりあえず安全だと思うがね。EUだけは気をつけなさい」
何が待っているかわからないから、とチェスの駒を移動させながら彼が言った。
「はい、兄上」
それに、ルルーシュは素直にうなずいてみせる。
インドと日本は、まだ完全に敵対しているわけではない。だが、EUとはかなり緊張関係にあったはずだ。万が一、自分が人質になるようなことがあってはいけない、とルルーシュは心の中で呟く。今の自分では逃げ出す方法は見つけられても実行に移すのは難しいはず。
「ジェレミアが付いてきてくれてはいますが、おとなしくしているつもりです」
少なくとも式典その他は欠席させてもらう、とルルーシュは言外に付け加える。
「そうだね。とりあえず、大使館までは一緒に行って、その後は別行動かな?」
「そうなるかと。あちらでは嚮団のものが案内してくれるそうですし、言葉も覚えました」
瞳の色さえごまかせば、現地の子供で通せるのではないか。ルルーシュはさらにそう告げた。
「本当は、それだけではまだ心配なのだがね」
何があるかわからないから、とシュナイゼルは言い返してくる。
「しかし、それを言ったら君は何もできなくなる。それでは、意味がないからね」
絶対にジェレミアから離れないように、と彼は続けた。
「はい、兄上」
わかっています、と即座に言い返す。
「でも、お土産ってどこで売っているのでしょうか」
そう言って首をかしげてみせる。もちろん、今の自分は知っている。しかし、この頃のルルーシュが知っているはずはない。だから、こう口にした。
「そういえば、どこだろうね」
それはシュナイゼルも知らなかったのだろう。こう呟くと同時に視線を脇へと移動した。
「君は知っているかな、カノン」
彼はそのまま、己の部下へと声をかける。
「そうですわね」
それに彼はこう言って首をかしげた。
「デパートに行けば確実でしょうが……ジェレミア卿はお買い物をされたことがあったかしら」
ブリタニアで発行されたカードでも大丈夫だとは思うが、と彼は言う。
「後で本人に確認してみよう。経験がなければ、大使館の者を同行させればいいか」
シュナイゼルはそう言った。
「君が一番安全だと思うが、ルルーシュと一緒に行かれると、私が困るからね」
言葉ともに駒をボードの上に置く。ルルーシュはそれを確認して、自分の駒に手を伸ばした。
「そこまでしていただかなくても大丈夫です、たぶん」
言葉とともにそれを動かした。
「……おや」
その瞬間、少しだけ彼の表情が動く。
「最近の君は本当に強くなったね」
そう言うとともに彼は自分のキングを倒した。
「どう打っても十手以内にチェックメイトだね」
そう続ける。
「偶然です」
あるいは、とルルーシュははにかんだような表情を作って言葉を綴った。
「最近、眠れないときに過去の譜面を眺めていたからでしょうか」
さらにこう続ける。
「そうか。ずいぶんと勉強したのだね」
ルルーシュならば、それをすべて記憶することも難しいことではないだろう。シュナイゼルはそう言ってうなずく。
「これは私も負けてはいられないね」
年長者として、と彼は笑った。
「確かに。しかし、ルルーシュ殿下はお強いですわ」
カノンも感心したように告げる。
「シュナイゼル殿下とは違った意味ですばらしい方におなりになりそうで楽しみですわ」
カノンもそう言う。
「でも、まだまだ子供でいてくれると嬉しいね」
そうでなければ構えない、とシュナイゼルは口にした。
「僕はまだまだ子供ですよ?」
シュナイゼルにいろいろと教えてもらわなければいけない。そう言い返す。
「おやおや。君にそう言われると手を抜けなくなるよ」
何においても、と彼は笑い声を漏らした。
「しかし、土産というのは選ぶのも大変そうだね」
自分のほしいものであればすぐに思い浮かぶが、と彼は続ける。
「そうですね。母さんやナナリーは一緒にいるから想像が付きますし、ユフィ達はリクエストがあるからいいのですが……オデュッセウス兄上方に何を差し上げればいいのか……」
この際、シャルルは無視しても怒られないだろう。そう心の中で付け加える。
「言われてみればそうだね。私も兄上方のお好きなものを完全に把握しているわけではない」
同じように、どこで何を売っているのかも知らなかった……とシュナイゼルは呟く。
「私個人には必要ないかもしれないが……知っておくことも必要だと思う者は多いだろうね」
自分達のように口にすればすぐに手に入る者達ばかりではない。その事実を改めて認識した、と彼は続けた。
「知識としてそれを覚えておくことも必要ですね」
ルルーシュもそう言ってうなずく。
こうやって彼もいろいろなことに興味を持ってくれればいい。その中で彼の感情を動かす何かがあればいいのに、と心の中で呟く。
もっとも、今の彼ならばあちらの《彼》のような何にも執着をしない存在にはならないのではないか。そんなことも考える。
「そうだね。平民の中にもマリアンヌ様のように優れた女性はいるだろうし」
そういう女性を探すのも楽しみだしね、と彼は笑う。
しかし、それは違うのではないだろうか。
「母さんのような女性ですか? あまりお薦めしませんよ」
シャルルのようにマリアンヌのわがままをすべて許容できるだけではなく、周囲も黙らせられるような人間でなければつきあえないのではないか。
「何よりも、怒らせると怖いです。母さんが怒ってアリエス離宮の中のものをどれだけ破壊したか」
マリアンヌ自身は自分達に気づかれているとは思っていないだろう。それでも、あれだけ盛大に家財道具が入れ替わっていればわかるに決まっている。
「さすがはマリアンヌ様。豪快でいらっしゃいますわ」
感心したようにカノンが呟く。
「なるほど。それだけでも陛下の度量の広さが推測できるね」
もっとも、とシュナイゼルが続ける。
「そのようなお方でも、君への愛情はお隠しにならないか」
自分達もシャルルのことをあれこれいえないが、とシュナイゼルは目を細めた。
「君に負けたのも悔しい反面、嬉しかったしね」
それはルルーシュが成長した証だから、と彼はさらに言葉を重ねる。
「今回の訪問が終わったら、君はもっと成長してくれると楽しみにしているよ」
そうすれば、ブリタニアのためになるだろう、そう言ってさらに目を細める。
「僕が帝位を狙うとは思っておられないのですか?」
こう問いかけてみた。
もちろん、そんなことは考えてもいない。ここは自分がすべてを担わなければいけなかった世界ではない。ならば、誰かに押しつけた方が楽に決まっている。そうしたとしても世界を動かすことは可能だろう。
「君が本気なら、それも楽しいかもしれないね」
もっとも、と彼はさらに目を細める。
「君は帝位に興味はないだろう?」
その表情のまま、彼はこう問いかけてきた。
「母さんとナナリーが無事なら、それでいいです」
二人が幸せなら、自分は今のままでいい。ルルーシュはそう言って微笑んだ。
「もっとも、そうさせてもらえるかどうか、わかりませんが」
言外に、他のきょうだい達やその親族のことを告げる。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。兄上や姉上、それにコゥも二度と同じことをさせないと言っている」
伊達や酔狂で高位の継承権を持っているわけではない、と彼は嗤った。
「それに、軍人達の多くはマリアンヌ様の信者だ。そして、陛下が動いておられる」
馬鹿なことを考えただけでブリタニアから消えるだろう、と彼は言う。
「そうですわ、ルルーシュ殿下。ご心配いりません」
自分達も動いている。だから、そんな馬鹿を気にかけることはない、とカノンが笑みを浮かべた。
「なら、大丈夫ですね。それならば、僕はもっと勉強をして、兄上達のお役に立てるようにがんばります」
ほっとしたような表情とともにルルーシュは言葉を綴る。
「ですから、兄上もかっこいいところを見せてくださいね」
自分が反逆をしなくてすむように、と心の中だけで呟いた。
「だそうだよ、カノン。私もがんばらないといけないようだよ」
「あら。殿下ならおできになりますわ」
そうですわよね、とカノンが同意を求めてくる。
「兄上ならおできになります。クロヴィス兄さんには、絶対に言いませんけど」
そう付け加えれば、シュナイゼルは小さく吹き出す。
「本当に君はクロヴィスに厳しいね」
「やればおできになるのに、逃げ回っているのが気に入りません」
もったいない、と続ける。
「確かにね」
さて、とシュナイゼルはまたチェスの駒を並べ直す。
「もう一勝負しようか」
「はい、兄上」
確かに、それがいい。その方が楽しいから、とうなずくとルルーシュもまた自分の駒を並べ始めた。