09
EUに足を踏み入れたのは初めてだ。
「……そういえば、スザクはここで戦果を上げたのだったな」
ラウンズに取り立てられてから、と続けながら窓を開ける。しかも《白い死神》とか言うあだ名ももらっていたはずだ。
そして、とかすかに眉根を寄せる。
日本を追われた者達がここで生きるためにブリタニアと戦っていたらしいとも、皇位に付いてから知った。
自分の国のためではなく、誰かのために使い捨ての道具のような立場で戦う。そんな者が二度と出なければいい。そんなことを考えるのは自分が甘いからだろうか。心の中でそう呟いたときだ。
「ルルーシュ様。夜風は冷たいです。風邪をお召しになりますよ」
言葉とともに背後からショールのようなものが肩にかけられる。
「ジェレミアか」
「待ちの地図を確認して参りました。明日、この地で一番のデパートへご案内します」
予算も、自分名義でカードを作ってきた……と彼は続けた。
「いいのか?」
「もちろん、予算はアリエスの執事が用立ててくれたものです」
だから、心配はいらない……と彼は微笑む。
「ただ、ご無礼とは存じますが、街では私の甥、と言うことにさせていただきます」
ルルーシュがブリタニアの皇子だと知られるのはまずい、と彼は言外に告げた。
「わかっている。ジェレミアこそ気をつけろよ」
いつもの言動ではすぐにばれる、と笑った。
「……気をつけます」
そうすれば、彼はすぐにこう言い返してくる。
「ほら。その口調がだめだ。もう少し砕けないと」
それでは主に仕える執事のものだ、とルルーシュは付け加えた。
「私はそれでもかまわぬのですが」
むしろ、その方がいい。彼は言外にそう告げる。
「それでは、僕のことがばれるかもしれないよ?」
EUにも貴族制度は残っているらしい。だが、彼らには彼らなりの交流がすでにできているのではないか。だから、すぐにばれる可能性が高い。
「ブリタニア人の子供が、従者が付いているとはいえ、こんなところでうろついているはずがない」
そうだろう? と問いかける。
「……ですが……」
「それとも、僕の命令が聞けない?」
まだ何かを言おうとする彼に、ルルーシュはさらに問いかけの言葉を投げかけた。
「そのようなことはございません」
即座に彼は言い返してくる。
「なら、指示通りにしてくれ。それが一番安全だから」
シュナイゼルとも話し合って決めたことだ、とルルーシュは続けた。
「Yes.Your Highness」
命令と言われれば従わないわけにはいかないのだろう。ジェレミアはそう言い返してくる。本当に、このきまじめさは変わらない。だが、だからこそ信用できる……と心の中で呟いた。
「ともかく、土産さえ入手してしまえばいいんだ」
ここでは、と笑ってみせる。
「後は兄上がきちんとしてくださるだろう」
公的なことも含めて、と続けた。
「確かに」
あの方に任せておけば何も心配いらない、とジェレミアもうなずく。
「なら、明日は案内をお願いします、おじさん」
にっこりと微笑みながらそう言ってみた。
「るるるる……」
「何を歌っているんだ?」
赤くなったり青くなったりしている彼にそう問いかけた。
「ルルーシュ様……今は……」
それに、彼は何とかこう言い返してくる。
「練習しておいた方がいいでしょう、おじさん」
また同じセリフを繰り返した。
「お兄さんの方がいいと思うが、兄上がむくれそうだからな」
だから、おじさんで我慢しておけ……と苦笑を浮かべる。
「……まだ、おじさんの方がよろしいかと……」
恐れ多い、と言うあたりがジェレミアらしいと言っていいのだろうか。
どちらにしろ、彼のこの態度は変えようがないのだろう。ならば本番で失敗しなければいい、と考えるまでのことだ。
「まぁ、がんばってくれ」
期待している、とルルーシュは続ける。
「善処させていただきます」
あくまでも態度を変えることなくジェレミアはそう言った。
夜明け近くだったろうか。人の気配を感じて目を覚ます。
すぐそばで誰かが自分の顔をのぞき込んでいる。その相手が誰かを確認する前に声を上げそうになった。
「僕だよ」
その前に彼が静かに声をかけてくる。
「ヴィ……V.V.?」
「うん」
僕だよ、と彼は微笑む。
「今、何時だと思っているんだ……」
こう言ってしまったのは、はっきり言ってものすごく眠いからだ。あの頃は徹夜をしても大丈夫だったのに、子供の体はしっかりと睡眠を必要としている。それがわかっているから、せめて眠れるときにはちゃんと眠っておきたいのだ。
「ごめんなさい。でも、目立たない方がいいだろうと思って」
シュナイゼルはもちろん、ジェレミアにも知らせない方がいい。そう考えたのだ……と彼は言い返してくる。
「……まぁ、いいよ」
それで、何の用なのか。そう問いかけながら体を起こした。
「あの子を連れてきたよ」
そうすれば、ほめてほしいというように彼はこう言ってくる。
「彼?」
まだ寝ぼけているのか。すぐに思い当たらない。
「ロロだよ。探していたでしょう?」
そうすれば、彼はすぐに答えを教えてくれる。
「確かに探していたが……ずいぶんと早かったな」
「ルルーシュのためだから」
V.V.はきっぱりとそう言いきった。
「あなたのためなら、何でもするよ。だから、このくらい当然だよ」
自分達はルルーシュに何を返せばいいのかわからない。いや、返しきれるかどうかもわからない。それくらい大きなものをもらったのだから、と彼は告げる。
「そこまで難しく考えなくてもいいのに」
もう、とルルーシュは言い返す。
「お前たちを助けたからこそ、俺はここにいる。そう言うことだ」
だから、と笑った。
「そう言うわけにはいかないよ。シャルルとルルーシュが、僕がここにいる理由なんだから」
そして、自分にはそれができる力がある。それも、二人のために使えなければ意味がない。そうも彼は続けた。
「でも、いずれ俺もシャルルもいなくなるぞ」
コードがないから、とルルーシュはできるだけ冷静に告げる。
「でも、君たちの子供はいるよね?」
その中から適当に誰かを見つめているからいいよ、と彼は笑う。
「それに、まだ時間はあるでしょ?」
今のルルーシュは十歳だ。シャルルの年齢を考えても、まだ五十年は一緒にいられるはずだ、と続ける。
「だから、少しでも長生きしてね」
そう言われて、ルルーシュは苦笑を浮かべるしかない。
「当然だ。今度こそ、俺は長生きする予定だ」
だから、安心しろ……と続ける。
「それで、ロロは? もう来ているのか?」
だとするならば、着替えないと……とルルーシュは口にした。
「とりあえず、連れてきてはいるけど……今、あれこれと注意をたたき込んでいるところだから。もう少し待って」
終わったら連絡が来る、と彼は答える。
「そうなのか?」
なら、顔を出すのはその後でも……と言おうとしてやめた。
「それが終わるまで一緒に寝るか?」
今の自分達ならば、このベッドでも十分二人で眠れる。その方が話もしやすいし、と続けた。
「うん」
即座に彼は大きくうなずいてみせる。
「じゃ、こっちに」
そういうと、彼は即座に布団の中に潜り込んできた。それはあの頃と昔と変わらない。
「久しぶりだ」
嬉しげな彼の様子に、ルルーシュも微笑み返した。