僕の知らない 昨日・今日・明日 第二部

10


 目の前で記憶の中にいる姿よりももっと幼い彼が緊張した面持ちで自分を見つめている。
「ロロ」
 そんな彼に向かってV.V.が静かに声をかけた。それだけで目の前の小さな体に緊張が走る。
「そんなに緊張しなくていいよ」
 苦笑とともにルルーシュがそう告げた。
 しかし、ロロの方は自分の言葉をどう受け止めていいのかわからないようだ。自分の記憶の中にいる彼と目の前の少年は別人だと知っていたつもりだが、やはり微妙な感情を抱いてしまう。
「ルルーシュの言うとおりにして」
 そんな彼の内心に気づいたのだろうか。V.V.が苦笑とともにそう告げる。
「君には、これからルルーシュの護衛をしてもらうから。ルルーシュの言うことをよく聞くんだよ」
 彼は自分にとって大切な人間だから、とV.V.はさらに言葉を重ねた。
「ご命令でしたら」
 即座にロロはこう言い返してくる。その顔には表情らしきものは感じられない。
「そうして。いいね? 何をしても、彼を守ることを優先するんだよ?」
 例え自分の命に代えてでも、とV.V.はそこまで言い切った。
「V.V.」
「僕がそうしてほしいんだから、かまわないでしょう?」
 言外に不満を告げるルルーシュに彼はそう返してくる。
「それに、この子の場合、そのくらい言っておかないと」
 困ったことに、そうしなければルルーシュの言葉を無視するかもしれない。彼は小声でそうささやいてきた。
「まぁ、それも最初だけだとは思うけどね」
 すぐにルルーシュを認めるだろう。それどころか、そばにまとわりつくようになるのではないか。そう言ったのは、自分自身の経験からではないか。
「……そういうことにしておきます」
 とりあえずは、とルルーシュは言い返す。
「ロロ」
 そのまま視線をまだ頭を下げている子供に移動した。
「はい」
 とたんに、彼はびくりと体を震わせるとさらに頭を下げる。
「とりあえず、その態度はやめてくれないか? 本当の兄弟ではないとばれるだろう?」
 それでは困る、と続けた。
「ですが……」
 ルルーシュは、と彼は言い返してくる。
「僕が『いい』と言っているんだが? それでも聞き入れてもらえないのか?」
 そういえば、あちらの彼も自分が記憶を取り戻したと知ったときにはそうだった。すぐには警戒を解いてくれなかったな、と心の中だけで付け加える。もっとも、あのときは、自分も彼に対し心を開いていなかったから同じかもしれない。
「それとも、命令だといった方がいいのか?」
 思い切り不本意だが、と付け加える。
「僕としては、命令としてではなくお願い程度で済ませたいんだが」
 さらにそう言えば、ロロはどうしていいのか理解できないという表情を作った。
「簡単なことだよ。君が本部で他の子供達と過ごしているときと同じ態度をとればいい。ルルーシュはそうしてほしいと言っているのだから」
 できるだろう? とV.V.は言う。
「僕も、君ならできるだろうと思うから、ルルーシュの護衛を任せるんだよ?」
 さらに彼は言葉を重ねる。
「無理だ無理だとは言わずに努力すること。できるね?」
 ここまで言われては逆らえないのだろう。ロロは小さくうなずいてみせる。
「いい子だね。大丈夫だよ。ルルーシュは優しいから多少失敗しても文句は言わない。だから、がんばるんだね」
 いいよね? とV.V.は問いかけてきた。
「もちろんです。V.V.もフォローありがとうございます」
 にっこりと微笑んでみせれば、V.V.もまた微笑み返してくれる。それに安心したのか。ロロの表情が少しだけだが柔らかくなった。

 しかし、それもジェレミアに会わせるまでだった。
「ルルーシュ様……その子供は?」
 値踏みするような視線に彼は反射的に身をすくめる。
「ロロだ。嚮団からお借りした」
 自分の護衛として、と言いながら、小さな体を自分のそれで隠してやる。
「そう威嚇するな。これでも、優秀なんだぞ」
 一人よりも二人の方がいろいろとごまかしやすい、と微笑む。
「お前が付いてこられないような場所もあるし」
 だから、同年代の人間がいてくれた方がいい。ルルーシュはそう言う。
「母さんにも許可を取ってあるしな」
 今後、アリエスで一緒に暮らす……と続ける。
「……私は……」
「もちろん、お前はこれまで通りだ。ただ、あちらではナナリーの護衛もしてもらわなければいけないからな」
 そのときにはロロにそばにいてもらえば安心できるし、とさりげなく言葉を重ねた。
「それに、状況によっては、お前には僕の代理もしてもらわなければいけないかもしれない」
 身分的に、彼ならば誰も異論を挟まないだろう。
「私めが?」
「何か問題でもあるか?」
 自分はジェレミアを信用しているし、と続けた。
「いえ……過分なお言葉です故、驚いたまでです」
 まさか、そこまで……と彼は言う。
「そう言うことだから、ロロのことはにらむな」
 いいな? と言えば彼は首を何度も縦に振ってみせる。
「お前もだ、ロロ。わからないことはジェレミアに聞け」
 彼は信用してかまわない。そういえば、彼は小さく首を振って見せた。
「いい子だな」
 言葉とともにその紅茶色の髪をなでてやる。その瞬間、彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「どうかしたのか、ロロ」
 何か失敗をしただろうか。そう思いながらルルーシュは問いかける。
「いえ……なんでもありません」
 彼は慌てたように首を横に振って見せた。
「おそらく、ルルーシュ様にほめられたのが嬉しいのでしょう」
 ジェレミアが笑いながら教えてくれる。
「私でもルルーシュ様にお褒めいただけば嬉しいと思うのですから、彼であればなおさらでしょう」
 そういうものなのだろうか。あるいは、自分が幼い頃、マリアンヌにほめられたときに嬉しかった気持ちと同じなのかもしれない。
「そうか」
 嚮団では滅多にほめられることがなかったのかもしれない。そう考えて納得をする。
「では、朝食をとったら出かけることにするか」
 シュナイゼルとの顔合わせは夕食の時でいいだろう。ルルーシュはそう言った。
「Yes.Your Highness」
 ジェレミアがそう言ってうなずく。
「そういえば、マルディーニ卿がシュナイゼル殿下が朝食をご一緒に、とおっしゃっておられたと」
 言い忘れていたが、と彼は続けた。
「兄上が? そうか」
 まだ間に合うな? とルルーシュは時計を確認する。
「お約束の時間まであと十五分ほどあります」
 さすがはジェレミア、と言うべきか。
「……そうか。では、その間、ロロを任せてもかまわないな?」
 ただし、怖がらせるなよ? と改めて口にする。
「お任せください」
 その言葉が今ひとつ怖いのだ。そう言っていいのだろうか。
 しかし、ここでジェレミアと口論をする時間も惜しい。
「ロロ。大丈夫だな?」
 とりあえず、そばにいる少年に意識を向けてこう問いかけた。
「……はい」
 まだどこか緊張を隠せない表情のまま、彼は言葉を返してくる。
「ジェレミアに意地悪をされたら、遠慮せずにいえ」
 どんな些細なことでもいい、とルルーシュは笑う。
「ルルーシュ様!」
「お前は少し厳しいことがあるからな」
 子供相手でも、と続ける。それでは、子供に嫌われるぞ……と続けた。
「そのままではいずれ困るかもしれないな」
 からかうように付け加えれば、彼も自覚をしていたのか。
「……おっしゃる通りです」
 ため息とともに言い返す。
「だから、お前にとってもいい機会だ。どうすれば相手を怖がらせずに注意ができるか。少しは考えて見ろ」
 笑い声とともにそう告げた。
「お忙しい兄上をお待たせするわけにはいかないからな。朝食の場に行くか」
 服はこのままでもかまわないだろう。そう判断をして歩き出す。
「お供いたします」
 即座にジェレミアが行動を開始した。ロロも慌てたように追いかけてくる。そんな彼に、ルルーシュは微笑みを向けた。



12.02.20