13
ヨーロッパからインドへと移動をする。
窓から見える町並みはどこか見覚えがあるものだ。きっと、それは、この国がかつてはこの国が文化的に中華連邦や日本に影響を与えていたからだろう。
「……思ったよりも暑くはないね」
イメージとして、もっと暑苦しいかと思っていたが……とソファーに身を沈めながらシュナイゼルが呟く。
「そうですね」
彼の隣に腰をかけながらルルーシュはうなずいて見せた。確かに、もっとむっとした空気に包まれるものだ、と思っていたのだ。しかし、今は乾期なのか。比較的空気がさらりとしている。あるいは、ここが室内だから、だろうか。
「どちらにしろ、過ごしやすいのはいいことだね」
いろいろと動かなければいけない以上、とシュナイゼルは言う。
「ここでは君にも、いろいろとつきあってもらわないといけないしね」
この地でマリアンヌは人気だ。その息子であるルルーシュが同行していると知った瞬間、会わせてほしいという申し出が相次いだらしい。
「こちらでいくつかを選んだのだが……かまわないかね?」
「もちろんです、兄上」
ブリタニアのために必要ならば、とルルーシュは微笑む。
「ですが……ジェレミアを同行させてもかまわないでしょうか」
自分一人では不安だから、と続ける。
ロロはまだ、あまり表に出さない方がいいのではないか。何よりも、ジェレミアであれば騎士として誰もが認める存在である。誰も問題をいえないはず。そう判断をしてのセリフだ。
「そうだね。私も必ずそばにいられるとは限らないし……かまわないだろう」
即座にシュナイゼルもうなずいてみせる。
「ロロ君は部屋で待機をしていてくれるかな? 近いうちにルルーシュのそばにいてもおかしくはない服を用意させよう」
自分の侍従の一人に最低限のマナーを教えさせるから、と彼は続けた。
「……よろしいのですか?」
そのために人を借りて、とルルーシュは問いかける。
「君のそばにいる人員だからね。本当はきっちりと教育をしたいところだが、それではアリエスの執事に申し訳ない」
もっとも、と彼は微笑む。
「嚮団で最低限の教育は受けているようだからね。それほど手間ではないだろう」
今まで見てきた様子では、と彼はロロへと視線を移した。
「確かに、君のそばに置くには最適の人材だったようだね」
彼は、と続ける。
「昔から、君は年下の者達には甘い。そう考えれば、彼が抑止力になってくれる可能性は高い」
無謀なことをしないように、と言われて、ルルーシュは首をかしげた。
「なら、ジェレミアでもいいような気がしますが?」
そして、そう言い返す。
「ジェレミア卿は、君が本気で望めば無理を聞いてしまいそうだからね」
まずは制止してくれるだろうが、そういう意味では抑止力にならない。シュナイゼルは言い切る。それを肯定するかのように、ジェレミアもまた苦笑を浮かべた。
「まぁ、注意はそこまでにしておこう」
せっかくの遊学だしね……と彼は続ける。
「この前のように内密の外出は許してあげられないが、行きたいところがあるなら考慮してあげよう」
見たいところはあるかな? と問いかけられて、ルルーシュは少し考え込む。
ラクシャータはまだ、この地の大学にいるらしい。その大学の名前は、と考えてすぐに思い出す。
「この地の研究もいろいろとすばらしいものがあると聞いたことがあります。できれば、大学を見学したいのですが」
優れたものがいるなら、アッシュフォードに教えて本国に引き抜いてもいいのではないか。そう続ける。
「なるほど……それは確かにいいかもしれないね」
研究のてこ入れになるかもしれない。意味ありげな表情でシュナイゼルはうなずく。
「それに、図書館に収められている本も気になります」
おもしろそうなタイトルがあれば、後で購入できるだろうし、とルルーシュは微笑んでみせる。
「本当に君は本が好きだね」
「新しい知識を得られますから」
シュナイゼルの言葉にルルーシュはこう言い返す。
「古い事柄でも教訓になることはありますし」
何よりも、体力を使わなくてもいい……と小さな声で付け加える。
「なるほど。それは大切だね」
ナナリー達のことを思い出したのか。シュナイゼルは大きくうなずいて見せた。
「でも、外には出ないといけないよ?」
「わかっています。乗馬は好きですから」
あれもそれなりに体力を使うし、と苦笑とともに付け加える。
「ルルーシュ様は乗馬は得意でいらっしゃいます」
マリアンヌもほめていた、とジェレミアがフォローするように口を開く。
「それはそれは。シュナイゼル殿下も乗馬はおお上手ですわ。やはり、そう言うところは似ておいでなのですね」
さらにカノンがそう言って微笑む。
「どうやら、君にはチェスだけではなく遠乗りもつきあってもらってもいいかもしれないね」
シュナイゼルはそう言ってうなずく。
「そうですね。そのときにはクロヴィス兄さんも一緒に」
でなければ、彼がすねる……とため息混じりにルルーシュは言う。
「……あの子も困ったものだね」
彼の反応が想像できたのだろうか。シュナイゼルは即座にそう言い返してくる。
「まぁ、それがかわいいところだ、と言えばいいのかもしれないけどね」
だが、年下のルルーシュに気遣われるようでは……と彼はため息とともに続けた。
「仕方がないです。兄さんはユフィと同じタイプですから」
いつまで経っても無邪気なところがある、とルルーシュは言い返す。
「兄さんもユフィもコゥ姉上が面倒を見ておいでになっていたからでしょうね」
確か、彼らの母は親戚同士だったはずだ。そして、カリーヌの母も、と家系図を思い出しながらそういう。
「コゥか……あの子も下の子達には甘いからね。もっとも、あの子が気に入っているものだけだが」
あそこの母君達と敵対している者達は無視しているようだし、とシュナイゼルは苦笑を浮かべる。
「クロヴィスはあの子の初めての《弟》だからね。余計に甘やかしたのかな?」
その割にはよく泣かせていたようだが、と彼は続けた。
「どうなのでしょうか。そのあたりのことはクロヴィス兄さんはもちろんコゥ姉上も教えてくださいません」
マリアンヌは知ってるかもしれないが、他人のプライバシーだからと言って教えてくれない。
「あの方ならそうだろうね」
マリアンヌはそういう点には厳しい。シュナイゼルもそう言ってくれる。
「でも、父上の失敗についてはたくさん教えてくれますよ、母さん」
階段を上ろうとしてマントの裾を踏んで転びそうになったとか、会議中に居眠りをして椅子から落ちそうになったとか……とルルーシュは指を折りながら告げた。
「……それはかまわないのではないかな?」
小さな笑いとともにシュナイゼルは言い返してくる。
「陛下は君の父でもあられる。父親のことを母親が子供に教えるのは当然のことだよ」
しかし、自分の知らないところでずいぶんとあれこれなさっておられるようだ……と彼は感心したように付け加えた。
「それもマリアンヌ様の前だからだろうね」
自分の母親の前では、シャルルは決してそのような姿を見せないはずだ。
「社交界での補佐しかできない母と軍事や政治面でも補佐されておられるマリアンヌ様との差だから、当然かもしれないが」
苦笑とともに彼はさらに言葉を重ねた。
「それだからこそ、こうして、今、君を独占していられるのだがね」
他のきょうだい達に邪魔されずに、と彼は言う。
「……結局は、母さんが常識外れなだけではないでしょうか」
そのせいで自分が苦労しているような気がする、と小声で呟いた。
「そういうものではないよ?」
「……ですが、母さんに似ているからと言って、僕にあの身体能力を求められても困ります」
子供のように唇をとがらせる――と言っても、実際に今の自分は子供なのだが――ルルーシュは言葉を綴る。
「そういう意味なら納得だよ」
あの方の身体能力は卓越している。指揮官としても力量も、だ。シュナイゼルは素直にそう言った。
「だが、君があの方の子供なのは事実だからね。それに関してはあきらめなさい」
わかっているだろうが、と彼は続ける。
「もちろんです。ですから、この姿をせいぜい利用します」
「頼もしいね」
ルルーシュの言葉にシュナイゼルがそう言い返したときだ。
「失礼します」
ドアをノックする音とともにそんな声が耳に届く。
「出迎えの準備ができました。よろしければ、おいでいただけますか?」
どうやら、式典の準備が終わったらしい。いったい、どのような準備をしていたのだろうか。心の中でそう呟く。
「ずいぶんと待たされたものだ」
同じことを考えていたのか。シュナイゼルもそう言った。
「だが、行かないわけにはいかないだろうね」
ルルーシュ? と彼は問いかけてくる。
「はい。兄上」
そう告げると、ルルーシュはきれいな笑みを作って見せた。そのまま立ち上がる。
「いい子だね、ルルーシュ」
シュナイゼルもまた、皇子達の中では最高と言われるきれいな笑みを作っていた。だが、それが本心からのものではないとルルーシュは知っている。
「では、案内をしてもらおう」
ルルーシュの肩に手を置くと、彼はゆっくりと歩き始めた。