14
どうやら、出迎えまでに時間がかかったのは、この国の高官達が無理にでもここに顔を出そうとしたかららしい。その一人一人がシュナイゼルとルルーシュに挨拶をしようとしている。
終わるまでにどれだけの時間がかかるだろうか。
ふっと、そんなことを考えてしまう。
「……全員の顔と名前を覚えようとしなくていいからね」
シュナイゼルが小声でそうささやいてくる。
「わかっています」
と言っても、覚えてしまうだろうが……とルルーシュは心の中で呟く。
「ならいいが……あぁ、疲れたときは遠慮なくいいなさい。君はまだ子供なのだからね」
少しだけ声を大きくしながらシュナイゼルはそう言った。
「本来であれば、君はまだ、このような場に出なくていい立場なのだからね」
さらにこう続ける。それは間違いなく、この場にいる者達に聞かせるのが目的なのだろう。
「はい、兄上」
ならば、とルルーシュは少しだけ疲れたような声音を作りつつ言い返す。
「予定外のことですが、こちらの方々にはきっと、理由があるのでしょう」
ならば、皇族としてそれを聞くのは当然のことではないか。そう言い返す。ついでに、少しだけだが弱々しい笑みを作って見せた。
もちろん、それが彼らにどのように見えるかわかっている。実際、待っている者達が気まずそうな表情を作っていた。
「だが、それで君が倒れては本末転倒だよ? 陛下にも何と申し上げていいのかどうか」
言葉とともにシュナイゼルはルルーシュの頭に手を伸ばしてくる。そして、大切そうになでてくれた。
「それ以前に、私が悲しいからね」
君が倒れると、と彼は言う。
「万が一、そうなったら、私はすべてのスケジュールをキャンセルして、君の看病をするだろうね」
それは彼らに対する脅迫なのだろうか。
「なら、兄上がお疲れの時は僕がお手伝いをさせていただきます」
どちらにしても、今は仲の良さをアピールしておいた方がいい。そう判断をしてルルーシュはこう言い返した。
「それは嬉しいね」
シュナイゼルもそう言って微笑んでみせる。
「でも、それならなおさら、君は休んでくれると嬉しいね」
自分が安心できるから、と彼は告げた。
「……ですが……」
言葉とともにルルーシュは視線を出迎えに来ている者達へと向ける。
その瞬間だ。
「ルルーシュ殿下にはご無理を申し上げてしまい、謝罪の言葉もありません。明日、改めて時間をとっていただければ幸いです」
彼らの中でも最も年長と思えるものがこう言ってくる。
「後で、お詫びの品を部屋の方に届けさせていただきます」
皆もかまわないな、と彼は周囲の者達へと問いかけてた。それに対する反応が二種類に分かれている。それは派閥と言うだけではないような気がした。
シュナイゼルなら何かを知っているのだろうか。後で確認してみよう、と思う。
もし、彼が知らないのであれば、ロロに頼んで嚮団の方で調べてもらうしかない。
そんなことを考えていたときだ。
「では、ルルーシュ。部屋に行こうか」
言葉とともにシュナイゼルが軽々と彼の体を抱き上げた。
「兄上?」
「この方が安心できるからね。何なら、そのまま眠ってしまってもいいよ?」
そんなことができるはずがないだろう、とルルーシュは心の中で呟く。そもそも、自分はこんな風にされる方な年齢ではないのに、とも思う。
もっとも、その事実を知っているのはごく一部の者達だけだ。目の前の彼は知らないはず。そして、今の自分の年齢はまだ十歳なのだから、こうされても仕方がないのか。
「……自分で歩けます」
それでも、こう言ってみる。
「こういうときでないとできないからね。妥協してくれないかな?」
そう言う彼は、本当に楽しそうだ。
だが、そう見えるだけではないか。彼のことだ。行動の一つ一つにきちんとした理由があるに決まっている。
「……僕は男です」
妹じゃありません、と口にしたのは、それを確認するためだ。
「わかっているよ。だが、弟妹を甘やかすのは年長者として当然のことだし……君たちの年齢ではまだ、そこまで明確に区別しなくてもいいだろう」
だから、あきらめなさい。彼はそう言う。
「それに、この方がいろいろと話がしやすいしね」
声を潜めると、彼はそうささやいてきた。
「……わかりました」
つまり、自分を抱き上げて運ぶのは個人的趣味の他に内密の話をしたいという理由もあると言うことか。ならば、仕方がない。そう判断をして、ルルーシュはそういう。
「いい子だね」
シュナイゼルは満足そうに微笑んでみせる。
「とりあえず、部屋に戻ったら君の好きなものが用意できているはずだからね」
今度は少し大きめの声で彼はそう言った。こちらは、わざと周囲に聞かせているのだろう。
「それは嬉しいです」
だが、ルルーシュは先ほどと同じように小さな声でそう言い返す。これで、あちらは勝手に誤解してくれるだろう、そう判断したのだ。
「では、行こうか」
言葉とともに彼は歩き出す。そうすれば当然、自分達の護衛の者達も付いてくる。そんな彼らの行動が、インドの高官達との間に壁を作るかのようだ。
「おやおや」
その事実に気づいたのだろう。シュナイゼルがそう呟いた。
だが、ルルーシュはその壁越しに見えた彼らの様子に先ほどの疑念が確信に変わったのがわかった。高官達に最低でも二種類の派閥があるらしい。ひょっとして、今日のこともそれが関係しているのではないか。
「……厄介なことになりそうです」
素直にそれを口にする。
「そうだね」
調べさせよう、と即座にシュナイゼルが言い返してきた。
「任せておきなさい。それは私の仕事だ」
「……ですが……」
「大丈夫。データーは渡すよ」
対策も、一緒に考えてみよう。彼はそう言った。
「はい」
とりあえず、今はそれで満足しておかなければいけないか。ルルーシュはそう判断をする。
「そうすれば、君も厄介なことに巻き込まれないだろうからね」
それはどうだろうか。
あちらから押しかけてきたら難しいような気がする。
「……できれば、予定はこなしたいです」
とりあえず、と主張してみる。そうすれば、何かがわかるような気がする、と心の中で呟いた。
「そうだね。君はそうしてくれた方がいいかもしれないね」
ただし、と彼は続ける。
「ジェレミア卿とロロ君だけではなく、私の騎士も同行させるよ?」
かまわないね、と彼は問いかけてきた。
「はい。それに関しては兄上のご指示に従います」
ここでは、とルルーシュは言う。
「ここでは?」
「本国では、母さんの言葉が最優先ですから」
シャルルのではない、と言外に付け加える。
「それは当然だね」
マリアンヌに逆らえる人間などいない。シュナイゼルもそれは否定できないようだ。
「まぁ、あの方が間違ったことを言われるわけないしね」
そんなことはないのだが、とルルーシュは心の中で呟く。だが、彼がそう思っているのであれば、そういうことにしておいた方がいいだろう。
「私も、あの方には逆らいたくないしね」
いろいろな意味で、と彼は笑った。
「この国の方で、あの方を怒らせる根性がある人間がいるかな?」
これは純粋な疑問なのだろうか。それとも、誰かに対する牽制なのか。すぐには判断が付かない。
どちらにしろ、今、この国で何かが起きているのは間違いない、と思う。
「できれば、僕を巻き込まないでほしいです」
ルルーシュはため息とともにこう言った。
「そのような状況になったらマリアンヌ様がどう出るのか。個人的には興味があるがね」
それはやめてほしい、とルルーシュは思う。
「最悪、国がひとつなくなりますよ?」
シャルルも止めないだろうし、と続ける。
「だろうね。私も全力でたたきつぶすだろうし、コゥも本気で暴れるだろう」
そう言って、シュナイゼルはさわやかな笑みを浮かべた。だから、うさんくさい腹黒だと思われるのに、とルルーシュはため息をつく。
「民衆が困るからやめてください」
そして、とりあえずこう言ってみた。