僕の知らない 昨日・今日・明日 第二部

15


 与えられた部屋の装飾に思わずめまいがしてくる。
「これは、ずいぶんと派手だね」
 同じ気持ちだったのか。シュナイゼルがこう呟いたのが耳に届く。
「悪趣味すれすれですわ」
 カノンのこの感想が一番的を射ているような気がする。
「ものは良いようだがね。クロヴィスなら、無条件で喜んだと思うよ」
 自分達には理解できないが、とシュナイゼルは曖昧な笑みを浮かべた。
「……僕の趣味ではないです」
 もっとシンプルな方がいい、とルルーシュは言う。
「私の趣味でもないね」
 シュナイゼルもそう言ってうなずく。
「と言っても、片付けられないが」
 あきらめるしかないだろうね、と彼は続けた。
「……とりあえず、盗聴器と隠しカメラだけは外させていただきました」
 先に部屋に来ていたらしいロロがそう言ってくる。
「すごいですわ、この子。的確に隠し場所を当てたんですって」
 シュナイゼルの部下達も感心していた、とカノンが微笑む。
「お手柄だな、ロロ」
 それを耳にして、ルルーシュは優しい表情でそう告げる。
「さすがだ」
 言葉とともに彼の頭をなでれば、ロロは嬉しそうに目を細めた。
「当然のことです」
 ルルーシュを守るのが自分に与えられた役目だ。だから、とそれでも彼はそう言い返してきた。
「しかし、これでこの部屋の中だけは自由に会話ができるかな?」
 シュナイゼルが満足そうにうなずいてみせる。
「そうですね。これで、兄上と悪巧みをしてもばれません」
 にっこりと微笑むと、ルルーシュは冗談めかしてこう言った。
「ひどいね、ルルーシュ。悪巧みなんてしないよ?」
 裏で手を回すだけだ、とシュナイゼルは微笑み返してくる。
「まぁ、あちらが不利になるかもしれないがね。それも仕方がないことだろう?」
 自分達の機嫌を損ねるようなことをしたのはあちらだ。そう言ってシュナイゼルは微妙に笑みを変える。
「でも、君はあまりそう言うことは気にしないようにね。さすがに、まだ覚えるのは早いよ」
 まだまだ子供なんだからね、と言われて内心苦笑を浮かべるしかない。見た目はともかく、精神的な実年齢は彼よりも上かもしれない、と思うのだ。
「でも、少しぐらいは仕返しをさせてください」
 もっとも、それを伝えても信じてはもらえないだろう。それがわかっているからこう言うだけにとどめておく。
「もちろんだよ」
 それは当然の権利だ。彼はそう言い返してくる。
「ただし、私たちが根回しを終えてからにしてくれるかな?」
 その方が後々都合がいい。シュナイゼルはさらにそう付け加えた。
「わかっています。兄上のお邪魔にならないようにします」
 マリアンヌからも言われているから、とルルーシュは微笑んでみせる。
「いい子だね、君は」
 大丈夫。ちゃんと仕返しをさせてあげるよ、と付け加えられたのは喜んでいいのだろうか。
「お話は終わられましたか?」
 会話の切れ目だと判断したのだろう。ジェレミアがそっと口を挟んでくる。
「シェフがルルーシュ様に、とプリンを持って参りましたが」
 どうするか、と彼は言外に問いかけてきた。
「そうでしたわ。連れてきたシェフに作らせましたの。ルルーシュ殿下がお好きだとジェレミア卿から伺いましたから」
 ころころと笑いながらカノンがそう言ってくる。
「よかったね、ルルーシュ。ところで、私の分はあるのかな?」
「もちろんですわ」
 どうやら、この話はここで終わりらしい。
 手持ちのデーターが少ない以上、仕方がないか。ルルーシュは心の中でそう呟いていた。

 翌日は、最初の予定通りのスケジュールで動いていた。ただし、今日はジェレミアとロロだけではなく、シュナイゼルの親衛隊の一人も同行していた。
 それは仕方がないことだろう。
「……ルルーシュ様」
 ロロがそっと呼びかけてくる。
「わかっている」
 他の二人の動きを見ていれば、とルルーシュは言い返す。
「この国で何が起きているのか。想像はできるが……データーが足りないから断定はできないな」
 ため息とともにそう付け加える。
「そのことなのですが……この先の店で嚮団の人間が待っていると連絡がありました」
 どうされますか? と彼は続けた。
「ジェレミア」
「かまわないでしょう。そろそろ、ルルーシュ様も休息をとられてよい時間かと」
 それに、と彼は言葉を重ねる。
「嚮団の方でしたら、心配は無用でしょう」
 彼はそう続けた。
「確かに」
 シュナイゼルがつけてくれた者も、それに関しては否定できないようだ。それも、あの頃とは違う。自分の記憶に残っている嚮団は、決して表に出ることはない組織だった。これはあの二人の気持ちが変わっていたからだろうか。
 どちらにしろ、悪いことではない。
「では、ご案内します」
 言葉とともにロロが前に出る。その次をルルーシュが。彼の隣にジェレミア。そして、一歩遅れて護衛が付いてくる。
 目的の店までは五分ほどだっただろうか。きれいなカフェだった。
「こちらです」
 ロロがドアを開ければ、即座に店員が駆け寄ってくる。彼の顔を見た瞬間、ロロが軽く頭を下げた。と言うことは彼も嚮団の関係者なのだろうか。
 そんなことを考えながら案内されるがままに進んでいく。
「どうぞ」
 一番奥の部屋のドアを指さしながら店員はそう言った。
 それに小さくうなずくと室内へと足を踏み入れる。次の瞬間、思わず凍り付いてしまった。
「……どなたですか?」
 さすがのジェレミアも驚愕を隠せないらしい。こう問いかけてくる。
「V.V.……」
 あまりのことに、ルルーシュは敬称をつけるのを忘れていた。
「……嚮主様」
 さすがに、ロロは幼い頃から骨の髄までたたき込まれているのか。そんな失態をすることはない。
「そんなに驚くことないでしょう? ロロが元気でやっているのか心配だったし、何より、君に会いたかったんだよ、ルルーシュ」
 そう言いながら、V.V.は座っていた椅子から立ち上がった。そのまま、まっすぐにルルーシュに駆け寄ってくる。
「迷惑だった?」
 不安そうな表情で問いかけてくる彼に、小さく首を横に振って答えた。
「驚いただけです」
 まさか、嚮主であるV.V.がシャルルやマリアンヌ以外の者達の前に顔を出すとは思わなかった。そう続ける。
「ジェレミア卿はマリアンヌも信用しているしね。シュナイゼルには僕の存在をにおわせておけばいいかな、と」
 詳しいことは忘れさせるし、と彼は笑う。
「……わかりました」
 確かに、まだV.V.の正体をアリエスの者達以外に知らせない方がいい。
「よかった。理解してくれて」
 実はもう動いているから、とV.V.はかわいらしい表情で告げた。その瞬間、シュナイゼルがつけてくれた護衛がその場に崩れ落ちる。
「なっ!」
 その事実にジェレミアが警戒態勢をとった。
「安心していいよ、ジェレミア・ゴッドバルト。僕の部下だから」
 彼も、とV.V.は微笑む。
「後で適当にごまかしておくから」
 安心して、と彼は言う。
「それよりも、君が知りたがっていたことだけどね」
 表情を引き締めると彼は口を開く。
「今、この国には大きく分けて三つの派閥がある。そのうちの一つは派閥と言えるかどうかわからないから、放置しておいてかまわないよ」
 現状維持。あるいは、強い方に流される……と言う者達だ。
「あと二つのうち、一つは中華連邦の傀儡だね。もう一つはブリタニアの支配を弱めたいと思っている者達。この二つには気をつけないといけない」
 特にルルーシュは、と彼は言った。
「僕は、ですか?」
 理由はいくつも考えつくが、と思いながら聞き返す。
「シャルルやシュナイゼル達に気に入られている皇子だからね、君は」
 何よりも、マリアンヌを母としているのはルルーシュとナナリーしかいない。だが、ナナリーには絶対に手出しできないとわかっている。アリエスにいればルルーシュもそうだっただろう。しかし、自分は今、自分達の手の届く場所にいる。そう考えたのではないか。
「……つまり、僕を手に入れてブリタニアに自分達の要求を呑ませよう、と言うことですか」
 馬鹿馬鹿しい、と思う。だが、彼らにしてみればそれ以外に方法がない、と言うところなのか。
「そう言うこと。あぁ、詳しい報告は後で彼からもらって」
 書類をそろえさせたから、とV.V.は笑う。
「と言うところで、ここは帰るね。後でアリエスに遊びに行くよ」
 ロロ、と彼は視線を向ける。
「はい。心してお守りします」
 彼はそう言ってうなずく。
「いい子だね.絶対だよ」
 そういうと、彼は歩き出す。その背中にロロと店員が丁寧に頭を下げる。
「……ジェレミア」
「わかっております。あの方のことは私の胸の内にとどめておきます」
 細かな説明をしなくていいのは楽なのだろうか。そう思いながらうなずく。
「では、彼をごまかさないとな」
 おそらく、彼にも何かギアスがあるのだろう。だから任せてもいいのだろうが。そう思いながら視線を移動させる。その先で、店員が護衛の意識を回復させていた。



12.04.25