僕の知らない 昨日・今日・明日 第二部

18


 大学での襲撃は、ブリタニア排斥派の犯行だった。
 ジェレミアとロロのおかげで、ルルーシュ本人にはかすり傷ひとつなかった。いや、二人だけではない。ラクシャータの活躍もかなりなものだった。そして、嚮団の手のものも、だ。
「君が無事でよかったよ」
 ルルーシュの姿を見つけたシュナイゼルがほっとした表情とともに彼を抱きしめる。
「ジェレミア達のおかげです」
 ルルーシュは微笑みながら彼にそう言った。
「でも、予想よりも救援が早く来ましたが……見張っていましたか?」
「影ながら護衛していた、と言って欲しいね」
 それにシュナイゼルは笑みに少しだけ苦いものを混ぜる。
「狙われるとすれば、私ではなく君だと思ったのだよ」
 彼はその表情のまま言葉を口にした。
「そう告げても、君のことだ。ジェレミア卿とロロ君以外の護衛をそばに置きたがらなかっただろうしね」
 確かにそうかもしれない。それはきっと、昔、いつ誰に命を狙われるかわからなかった頃の経験からだ。今は違うとわかっていても、一度体の随までたたき込まれた考えを変えることは難しい。
「……すみません」
 小さな声でそう告げる。
「気にしなくていいよ。君にしてみれば、まだ大勢の護衛を引き連れて歩くのは鬱陶しいだけだろう?」
 シュナイゼルの言葉に、ルルーシュは小さくうなずく。
「そういう君のフォローをするのが私の役目だよ」
 いい子だ、と言うように彼の手がルルーシュの髪をなでる。
「それに、これでこちらも堂々と動けるからね」
 皇子であるルルーシュが狙われたのだ。介入の理由としては十分だろう。
「ついでに、馬鹿は一掃した方がこの国のためかもしれないよ?」

 それはどうだろうか。
 強引な支配と価値観の押しつけは反発を招くだけだ。
「この国も征服するおつもりですか?」
 小さな声でそう問いかける。
「いや、その予定はないよ。ただ、中華連邦に組み込まれるのは困るからね」
 それに、と彼は続けた。
「先に手を出してきたのはあちらだよ?」
 確かに、そうかもしれない。
「……大学の者達には?」
「荷担したものはともかく、そのほかの者達には何の咎もない。だから、とがめることはしないよ」
 そういうと、シュナイゼルはさらに目を細めた。
「君はそれを心配していたのか」
 そして彼はそう続ける。
「学生はこれから様々な成果を出す可能性を持っていますから。ロイドのような奇人はともかく、彼らは皆の暮らしがよくなるものを作ってくれるかもしれません」
 開発をするものがブリタニア人でなくてもいいのではないか。大切なのは、誰もがそれを使えることだろう。
「間違った考えかもしれませんが……」
 ルルーシュはそう付け加える。
「いや。間違っていないよ。もっとも、別の考え方をするものはいるだろうがね」
 だが、ルルーシュはそのままでいい。シュナイゼルはそう言って笑みを深めた。
「ともかく、今回のことは任せておきなさい。君はまだ覚えなくていいことだよ」
 大人の駆け引きはね、と彼は続ける。
「はい」
 実はよく知っているのだが、と心の中で呟く。こういうときに蚊帳の外に置かれるというのは、やはりもどかしい。しかし、説明しようにもできないのだから、あきらめるしかないだろう。
「もっとも、最終的にその交渉はオデュッセウス兄上にお任せすることになるだろうがね」
 シュナイゼルは苦笑を浮かべた。
「オデュッセウス兄上、ですか?」
 何故、と思う。てっきり、このままシュナイゼルが最後まで受け持つと考えていたのだが。
「私には予定があるし……たまには、兄上に花を持たせて差し上げないとね」
 この程度ぐらいの交渉ごとならば、周囲がしっかりしていれば大きな失敗はしないだろう。彼はそう続ける。
「あの方ならば余計な欲をかいて失敗することもない」
「……オデュッセウス兄上の弱みと言えば、あの人のよいところかもしれません」
 そのせいで、ここしばらく彼があまり成果を上げていないことをルルーシュは思い出した。だから、シュナイゼルもこんなことを言い出したのだろう。
「そうだね。そういうことにしておこう」
 他にもあるのだけど、とシュナイゼルは笑いながら付け加える。
 そういえば、そうだったかもしれない。
 天子との結婚は政略的に必要なものだった。しかし、オデュッセウスが嬉しそうだったように見えた。
「……そう言えば、オデュッセウス兄上はナナリーやユフィ、カリーヌがお気に入りですが……それは妹だから、だけではないのですか?」
 ルルーシュは言葉とともに首をかしげてみせる。
「そう言うことは、ね。もう少し大きくなってから覚えればいいよ」
 苦々しい笑みとともにシュナイゼルはそう言った。
「しかし、君に気づかれるとは……兄上には注意を申し上げておこう」
 オデュッセウスはルルーシュもお気に入りだから、と彼はさらに言葉を重ねる。
「私が心配しなくても、今回のことは全く問題ないね。兄上は本気で怒られると怖いから」
 そうなのだろうか。
 前のときはあまり関わることがなかった。しかし、こちらの世界ではあれこれと顔を合わせ可愛がってくれた記憶がある。
 そのどちらでも、彼は温和な表情を崩したことはない。
「君たちには見せないようにされているのだろうね」
 本当に、君たちには甘い。彼はそう締めくくる。
「シュナイゼル兄上も、オデュッセウス兄上のことはおっしゃれないと思いますが?」
 ナナリー達三人に決まって同じものを送るのは三人を平等に扱っているからではないか。もちろん、そうしておけば簡単だから、と言うのかもしれない。しかし、彼がそうするのはあの三人と自分だけのような気がする。
「当然だよ。君たちは私の自慢の弟妹だからね」
 不思議なものだね、とシュナイゼルはルルーシュの体を解放しながら続けた。
「コーネリアとは半年と変わらないから、妹と言われてもぴんと来なかった。クロヴィスは少し離れているから、弟という認識はあるし、かわいいとも思う。だが、君たちが生まれるまで、弟妹がこんなに愛しい存在だとは考えたこともなかったよ」
 さび付いていた歯車がいきなり動き出したようだった、と彼は付け加える。
「……兄上にとって、それはよいことなのでしょうか」
 ルルーシュは呟くようにこう言った。
 周囲に何の関心もない、ただのコンピューターのようだった彼に比べればマシだと自分は思う。だが、彼にとってそれがよいことなのかどうかはわからない。
「よいことだと思っているよ。いろいろと新しい価値観を学ぶことができたからね」
 そう言って微笑むことができる目の前のシュナイゼルは無条件で好きかもしれない。ルルーシュはそう思う。
「それならば、よかったです」
 言葉とともに微笑み返す。
「だから、あまり無理されないでくださいね? できることはお手伝いしますから」
 流されるだろうと思いながら、こう言ってみる。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
 予想通りの言葉が返ってきた。
「それよりも、君は予定通りの行動をとってくれるかな? それだけで安心するものも多いからね」
 少なくとも民間の者達には何かあったのか悟らせない方がいいだろう。シュナイゼルはそう言いたいらしい。
「陽動みたいなものですか?」
 確認するために問いかけた。
「そう考えてくれていいかな?」
「僕がそうすることで兄上が動きやすくなられるのでしたら、異存はありません」
 今の自分にできるのはそのくらいのものだろう。そう心の中で付け加える。
「いい子だね」
 頼むよ、とシュナイゼルは言う。
「オデュッセウス兄上がおいでになるまでに資料を作らなければいけないかと思うと、ね。さすがの私としても無理をしないといけないだろう」
 それでもクロヴィス相手よりはマシかな? と小声で付け加える。
「それは……さすがに、クロヴィス兄さんがかわいそうではありませんか?」
 確かに、彼の才能は芸術関係に特化されているが、それでも人波以上の教育は受けているはずだ。第十一皇子という自分とは違って帝王学もたたき込まれているはず。
「やる気さえ出せば、それなりにできると思いますよ?」
 問題は、どうやってやる気を出させるかではないか。だが、それは自分が責任を持たなければいけないことではないと思う。
「本当に君はいい子だね」
 この言葉にどう反応していいのか。ルルーシュにもすぐには判断できなかった。

 驚いたのはオデュッセウスの行動力だったかもしれない。シュナイゼルが連絡をした翌日にはもう、オデュッセウスが内密にインドへとやってきていた。
「大丈夫だね、ルルーシュ」
 シュナイゼルに会う前にルルーシュに会いに来た彼は、こう問いかけてくる。
「ジェレミアとロロが護ってくれましたから」
 ルルーシュは微笑みながらそう言う。
「それよりも、兄上にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
 だが、すぐに表情を引き締めるとこう告げた。
「何を言っているんだい。君は私の大切な弟だから当然のことだよ」
 それに、と彼は微笑んだ。
「一度、きちんと話し合いの機会を持たなければと思っていたところだよ」
「……そうですか」
 これでまた、ブリタニアの影響力が強まるのか。その結果、悪いことにならなければいいのに、と思う。
「大丈夫だよ。ここはあくまでも他国だからね。あくまでも話し合いだよ。だから、私が来たのだし」
 ギネヴィアやコーネリアに任せるよりもマシだろう。そう続ける。
「あの二人なら、最終的に宣戦布告しかねないからね」
「否定できません」
 コーネリアはもちろん、ギネヴィアもああ見えてかなり攻撃的だ。
「母さんの悪い影響でなければいいのですが」
「どうだろうね」
 ルルーシュの言葉をオデュッセウスは否定してくれない。それが答えなのだ、と判断するしかないだろう。
「ともかく、今日は三人で一緒に夕食をとろう」
 そうしたくて急がせたのだ、と続ける彼にルルーシュはうなずいて見せた。



12.05.25