僕の知らない 昨日・今日・明日 第三部

03


 スザクとロロと連れだって、ルルーシュは校門をくぐった。
「予想以上にブリタニア人が多いな」
 周囲の様子を見回しながら、ルルーシュはそう呟く。
「それが売りだからね、この学校」
 ブリタニアの名門学校と姉妹校になっている。成績優秀者はそちらに公費で留学ができるのだ。それを目当てに入学をする者も少なくない。
 スザクのその説明にルルーシュは小さくうなずいてみせる。
「それであっさりと留学許可が下りたんだな」
 急に決まったにもかかわらず、と続けた。
「そうでなければ、大変なことになっていたか」
 なぁ、と傍らにいるロロに同意を求める。
「そうだね、兄さん」
 にっこりと微笑みながら彼はうなずいてみせた。
「叔父さんにも心配をかけるところだった」
 さらに彼はこう付け加える。
「確かに」
 危険な立場なのに、心配をかけるのは申し訳ない。ルルーシュもそう言い返す。
「でも、きちんとしていてすごいよ」
 スザクがそう言いながら笑った。
「ともかく、職員室だよね。ロロは中等部か」
 どうしようか、と彼は付け加える。
「ルルーシュは僕が案内するけど」
 さらにスザクが言葉を重ねたときだ。
「大丈夫ですわ、お従兄様。わたくしがご案内します」
 背後から声が響いてくる。
「神楽耶様?」
 慌てて声がした方に視線を向ければ、女子の制服を身にまとった神楽耶が微笑んでいるのが確認できた。
「ロロ様をお借りしてもかまいません?」
 そのまま、彼女はこう問いかけてくる。
「お貸しするも何も、神楽耶様が同行してくださるなら安心です」
 ロロをお願いします、とルルーシュは付け加えた。
「では、ロロ様。参りましょう」
 言葉とともに神楽耶はロロの手を握る。そして、そのまま彼を引っ張るようにして歩き出した。
「兄さん!」
「お昼休みには一緒に弁当を食べよう。場所は、噴水のある中庭、でいいかな? 神楽耶様と一緒に来るんだぞ」
 そんな彼に向かって、ルルーシュは笑いながら声をかける。
「頼んだぞ、神楽耶」
 そんなルルーシュの隣で、スザクは従妹に向かってこう言った。
「わかっておりますわ」
 任せておいてください、と付け加えると二人はそのまま中等部の校舎へと向かっていく。
「僕たちも行こうか」
「そうだな」
 さっさと留学の挨拶を終わらせてしまいたい。桐原から手を回してもらってあるから、スザクと同じクラスにはなっているはずだ。それでも、クラスにいるのは彼一人ではない。
 心の中でそう呟いた瞬間、過去に同じ時間を過ごしたクラスメート達の顔が思い浮かぶ。
 彼らのうち、何人かとは再会している。もちろん、記憶の中にいる者達とは別の存在だ。だからこそ、新しい関係を築いていくのは楽しい。
 しかし、まだ行方をつかめていない者達もいる。
 ひょっとしたら、ここでその中の誰かと再会するのではないか。そんな予感もあった。
「うまく溶け込めればいいが」
 幼い頃の成育環境が成育環境だったせいか、彼は必要以外の人間と交わろうとはしない。今も自分達には素の表情を見せるが、他の者達の前では仮面をかぶっている。
「神楽耶がいるから大丈夫だよ」
 スザクはルルーシュを安心させるかのようにこう言った。
「ロロも神楽耶の言うことは聞くみたいだし」
 それは否定しない。それはきっと、自分にとって彼女が必要な存在だと認識しているからだろう。
「そばにいる間は、彼女を守るだろうな」
 学園の中だけは安全だと思いたいが、とルルーシュは心の中で呟く。もっとも、ここはブリタニアではないから心配はいらないだろう。それでも、あちらの出方がわからない以上、念には念を入れておくべきだ。
「神楽耶様はこの国の要だからな」
「不本意だけどな」
 あんなのが、とスザクはため息をつく。そのまま、彼はルルーシュを促して歩き出した。
「それは、お前が国際会議での神楽耶様を見ていないからだな」
 彼女は自分の目から見ても堂々としている。あのシュナイゼルでさえ、ほめるくらいだ。
「信じられないな」
 スザクはあくまでもこう主張する。
「なら、今度、一緒に行くか?」
 その目で確かめろ、と笑いながら付け加えた。
「俺と一緒なら公式行事はサボれるぞ」
 本当はいけないのだろうが、と笑う。それでも、オデュッセウスかシュナイゼルが公的には代表だ。だから、そんなことをしても誰も気にしない。
「神楽耶様に同行しなければいいのだろう?」
「まぁ、な」
 ルルーシュの問いかけにスザクはうなずいてみせる。
「ばれたら引っ張り回されるのはわかりきっているからな」
 彼はそうも付け加えた。
「それはあきらめろ」
 神楽耶に婚約者がいない以上、身近にいる異性が代わりを務めなければいけない。
「俺だって、ユフィ達には引っ張り出されるしな」
 他の異母兄達も大勢いるのに、とルルーシュはため息をつく。
「ルルーシュ」
 その瞬間、苦笑とともにスザクが呼びかけてきた。
「そうだったな。俺の兄弟はロロだけだ」
 今は、と口の中だけで付け加える。
「気をつけないとな」
 自分に言い聞かせるように呟く。
「ルルーシュなら大丈夫だよ」
 微笑みながらスザクはそう言った。
「だといいが」
 どこでどんなミスをするか、わからない。それは過去の経験でいやと言うほど身にしみている。だから、余計に気をつけなければいけないのだ。
「僕もフォローするし……それと、後で紹介するけど、協力してくれそうな人たちもいるから」
 もっとも、とスザクは続ける。
「決めるのはルルーシュだけど」
 この言葉は彼なりの配慮なのだろうか。
「まぁ、楽しみにしている」
 言い返した瞬間、背筋がぞくぞくとしたものが駆け上がったのはどうしてだろう。一番近いのは、いやな予感、と言うものだろうか。
 しかし、とルルーシュは心の中で呟く。
 問題を起こしそうな者達は皆、ブリタニアにいたと記憶している。それとも、自分が知らないところでこちらに来ている人間がいたのだろうか。
 可能性は否定できない。
 シャルルであれば、そのくらいの無茶をするぐらい簡単だろう。
「昇降口はこっち」
 時間が迫っているのか。スザクはルルーシュの気持ちにかまうことなく歩いて行く。
「……ひょっとして、学年ごとに違うのか? 迷いそうだな」
「じゃなくて、一番職員室に近いと言うだけ」
 どこから入っても誰にも何も言わないよ、とスザクは笑う。
「それはよかった」
 急いでいるときには決まりを守れないかもしれない。言外にそう告げる。
「ルルーシュが? まさか」
 遅刻なんてしないだろう? とスザクは言ってきた。
「何があるかわからないからな」
 これから、とすぐに言葉を返す。
「休むことも多くなるだろう」
 不本意だが、と続けた。
「あぁ、そうだよね」
 自分の皆勤賞も途切れるのか、とスザクは頭の後ろで手を組んだ。鞄は左手の指二本だけで支えている。この重さを、と思わずにいられない。しかし、いざとなれば自分を抱えて走れる彼にはどうということはないのだろう。
「極力、登校できるようにはするがな」
 あくまでも相手次第だ。ルルーシュがそう告げると同時に、二人は昇降口をくぐった。
 その瞬間だ。
「遅いわよ、ルルちゃん!」
 何故、この声をここで聞かなければいけないのか。そう言いたくなる相手の声が耳に届く。
「……ミレイ・アッシュフォード?」
 気のせいであって欲しい。そう思いながら視線を移動させる。
「はぁい! ルルちゃんの幼なじみのミレイさんで~す」
 しかし、そこにはにこやかに言葉を綴ると同時に手を振っている彼女の姿があった。
「嘘だろう」
 と言うよりも、勘弁してくれ。本気でそう呟いてしまうルルーシュだった。




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