04
「ここは
ルルーシュの隣を歩きながら、ミレイが言う。ブリタニア語なのは、少しでも周囲に内容を聞かれないように、と言う気遣いだからだろうか。
「おじいさまが、ルルちゃんが留学するなら、そばでフォローできるように私も行けっていうのよね」
困ったことに、と彼女は続ける。
「……ルーベン……余計な事を」
口の中だけでルルーシュはそう言った。もっとも、自分を挟むように歩いている二人にはしっかりと聞こえているのはわかっている。
「ルルーシュ?」
知り合いだったの? とスザクが問いかけてきた。
「うちの後見だ。これでもアッシュフォード伯爵家の令嬢だぞ」
周囲を混乱に巻き込むのが得意だが、とルルーシュは言い返す。しかも、天然の上に人の悪意などあるはずがないと信じているユーフェミア――それがかわいいと思えるのは身内だからだ――と違って、彼女の場合、故意にそうしているのだ。
「全く……過去にどれだけ、人を巻き込んでくれたか」
ここ数年だけでも両手の数を超えている。自分達の身分を考えれば、それは異常だと言っていいのではないか。
「母さんのお気に入りだからな、ミレイは」
そうでなければ、とっくに遠ざけられていたに決まっている。
「ひどいわね、ルルちゃん。混乱と言いうけどたいしたことはしてないわよ?」
校内でのことだったし、と彼女は笑う。
「俺を巻き込まなければ、何をしてくれてもかまいませんでしたけどね」
そして、ブリタニアだったから、適当にごまかせたのだ。
「こちらではやらなければいけないことが多い。だから、邪魔はするな」
いいな、と念を押しておく。
「わかってるわよ」
頬を膨らませながら、ミレイは言い返してきた。
「ルルちゃんのお仕事は邪魔しません。マリアンヌ様に誓います。それでいいんでしょ?」
マリアンヌに誓ったのに違えたなどと言ったら、命にかかわる。そう彼女は続けた。
「命にまでかかわるかどうかはともかく、それでいいですよ」
自分達の仕事にかかわらないでいてくれれば、とルルーシュは言い返す。
「でも、その二人にはかかわらせるのね」
少しだけ恨みがましい口調でミレイが呟く。
「仕方がないですね。神楽耶様には日本政府に働きかけていただかなければいけませんし、スザクは実行役だから」
ロロは自分の護衛を任せているし、とルルーシュは言う。
「荒事になる可能性が高いですから、今回は」
さらに付け加える。
「やはり、状況はあまりよくないのですね」
ため息とともに神楽耶が言った。
「まだ、裏工作だけで何とかなるとは思いますが……あちらの出方がわからないので」
早急に話を進めようとするなら、実力行使も選択肢の中に入るだろう。あるいは、自分達の思い通りにならないと判断したときか。
「どちらにしろ、最悪のシナリオを想定して物事を進めておくのがよいかと」
そうすれば、何があっても対処できる。ルルーシュはそう付け加えた。
「そうですわね」
確かにその通りだ、と神楽耶はうなずく。
「万が一の時のために、ロロ様もお借りしておりますし」
「それなら、俺はスザクを借りていますよ」
苦笑とともにルルーシュはそう言い返す。
「わたくしが貸し出さなくても、無条件で駆けつけそうですけど、お従兄様は」
クスクスと笑いながら神楽耶はスザクへと視線を向ける。
「いいだろう、別に」
言葉とともにスザクは視線をそらす。
「もちろんですわ」
お好きになさいませ、と彼女は口にする。
「お従兄様のルルーシュ様大好きぶりはよく知っておりますもの」
ルルーシュが女性でないことだけが残念だ。真顔でそう言う神楽耶に、ルルーシュは苦笑を浮かべるしかできない。
「わたくしが皇の一人娘でなければ、ルルーシュ様の嫁にしていただくところですが」
そうすれば、スザクを下僕にできるのに。神楽耶はさらにそう付け加える。
「それは難しい問題ですねぇ」
笑いながらミレイが口を挟んできた。
「ルルちゃんの嫁候補は、私が知っているだけでも両手の数ほどいますから」
自分もその中の一人だ、と彼女は付け加える。
「……父上に却下されたがな」
ルルーシュは即座にそう言う。
「しかも、他の自称候補者の中には、何故か異母姉妹がいるし」
彼女たちは何を考えているのか。以前はナナリーとユフィの微笑ましいけんかだけだったのに、今回はそれに何故かカリーヌ達まで加わっている。
一番問題なのは、ギネヴィアではないだろうか。
もっとも、彼女の場合、他の者達をあおって楽しんでいるような気もする。
「どちらにしろ、俺はまだ当分、結婚する気はないな」
上が片付いたら考えなければいけないだろうが、と付け加えた。しかし、彼らが結婚する気配は当面なさそうだ。
「……そうなると、陛下が生きておいでの間は無理ってこと?」
神楽耶がそう呟く。
「あるいはルルちゃんを本気にさせる女性が出てくるまで、よ」
そんな人間がいるのかどうか。それはわからないが。ミレイは真顔でそう言い返している。
「兄さんのお嫁さんになるなら、当然のことです」
それよりも、とロロは続けた。
「さりげなく聞かれてはヤバイ単語が入っているような気がしますが?」
ルルーシュの本当の身分がわかるような、と指摘されて、二人は慌てて手で口を押さえる。
「ロロ。周囲には誰もいないだろう?」
苦笑とともにルルーシュはそう指摘した。
「すみません、兄さんでも、注意をしておかないと」
ロロはすぐにこう言い返してくる。
「そうだな」
微笑みながらルルーシュは問いかけた。
「それよりも、タイが曲がっているぞ。直してやるから止まれ」
「はい、兄さん」
そうすれば、嬉しそうに彼はうなずいてみせる。そのまま、立ち止まるとルルーシュの方へと体の向きを変えた。
「ずるい!」
ルルーシュが手を伸ばすと同時に、いきなりスザクがこう言ってくる。
「何が、だ?」
ロロの直してやりながら、ルルーシュは聞き返す。
「僕にもそのくらい世話を焼いてよ」
いいでしょ、と彼は言ってくる。
「よくないです! 兄さんは僕の兄さんで、あなたの兄弟じゃありません」
ロロが即座にこう言い返す。
「別に、ルルーシュが君のものだとは限らないだろう?」
スザクは笑いながらそう言う。
「それに、手伝ってもらってもいいじゃん」
違うの? と彼は続けた。
「よくありません!」
スザクをにらみつけながらロロはこう言う。
「ロロ」
ため息とともにルルーシュは彼の名を呼んだ。
「けんかはそこまでにしておけ」
それに、と彼は続ける。
「いい加減にしないと、周囲の視線を集めるぞ」
この言葉に、ロロは申し訳なさそうにうなずく。その頭に手を置くと「次からは気をつけろ」とささやいてやった。それだけではない、ルルーシュはスザクの襟元もさりげなく直してやる。
「……結局、ルルーシュ様はお従兄様に甘いのですわ」
こちらはしっかりと気づいたらしい神楽耶がそう呟いている。
「こいつは、初めてできた友人ですから」
苦笑とともにルルーシュはそう言い返す。
いつ、どの世界でもスザクはスザクだ。その事実が嬉しいのかもしれない。心の中だけでそう付け加える。
「まぁ、このくらいは甘やかしている範疇には入りませんよ」
自分的には、とルルーシュは笑った。
「そうですよ。ルルちゃんの甘やかしぶりはものすごいですから」
ミレイがフォローになっているのかどうかわからないセリフを口にする。
「はっきり言って、見ている方が恥ずかしくなります」
それを全て受け入れられる人間はナナリーぐらいではないか。
「あのままだと、ナナちゃん、お嫁に行けないかも」
だから、ルルーシュが日本に来たのはいいかもしれない。彼女はさらに言葉を重ねる。
「そこまで言うか、お前は」
「私だから言うんです!」
ルルーシュの講義に、ミレイはそう言い返す。
「でも、ルルーシュならそのくらいしそうだよね」
うん、とスザクは笑う。
「女の子だったら、いいお嫁さんになったのに」
そう言う彼の脳裏に、ルルーシュは遠慮なく拳を振り下ろした。
もちろん、すぐに後悔をする羽目になったのだが。