07
「悪いけど、あたし、ブリタニア人、嫌いだから」
ルルーシュが差し出した手を無視して、カレンはそう言いきった。
「カレン!」
そんな彼女の態度をたしなめるように神楽耶が彼女の名を呼ぶ。
「そうだよ! ルルーシュは確かにブリタニア人だけど、君よりよっぽど日本人らしいよ」
スザクもまた口を開く。
「ルルーシュなんて、自分で魚をさばいてお刺身を作ってくれるし、肉じゃがは当然として、天ぷらとか何かだけじゃなく、卯の花だってすごくおいしいんだよ!」
カレンなんて、目玉焼きを爆発させるくせに。さらに重ねられたこのセリフをどう判断すればいいのだろうか。
「少なくとも、料理に関しては君はルルーシュの足下にも及ばないから」
「それだけではありませんね。ルルーシュ様は古文書もお読みになれますわ」
そう言った意味では、日本について理解していると言えるのではないか。神楽耶もそう言う。
「第一、ルルーシュ様はあなたが嫌っている方々とは別人ですよ?」
彼女はさらに言葉を重ねた。
「そうだよ。せめて、卵焼きを炭にしないようになってから言ってよ」
スザクは即座にそう言う。
「だから、どうしてお前は料理のうまい下手で相手の勝ちを決めようとするんだ?」
ルルーシュは思わずそう問いかけてしまった。
「だって、おいしい料理は、ある意味正義だよ?」
スザクは真顔でこう言い返してくる。
「それはそうかもしれませんが。今は関係ないですよね?」
ロロが冷静に突っ込みを入れた。
「そうですわね。お従兄様は今しばらく黙っていてくださいませ」
神楽耶がきっぱりとした声音でそう言う。
「カレン、あなたもです。あなたの言動では、せっかく仲良くしようとしてくださる方まで追い出しかねませんわ」
それでは困る、と彼女はカガリをにらみつける。
「それともあなたもブリタニアと戦った方がいいと言いますの?」
その視線に耐えられなくなったのか。カレンは視線をそらす。
「そう言うわけではありませんが……」
「なら、無駄に敵に作るのはおやめなさい。ルルーシュ様は私たちの味方です」
だから、友人になれとは言わないが、少しは態度を改めろ。神楽耶はさらに言葉を重ねた。
「……ブリタニア人の言動で困っている、と考えていいのかな?」
おそらく、実の父親関係だろう。彼女の容姿から判断をして、ハーフなのは間違いないはず、と思いながらルルーシュは口を開く。
「状況次第だけど、何とかできるかもしれないな」
そう言いながら、さりげなく神楽耶へと視線を向ける。カレンがどこまで自分のことを知っているのか。それを確認しようと思ったのだ。
「ルルーシュにできないなら、他の誰にもできないかもね」
少なくとも、皇や枢木、桐原では……とスザクは言う。
「正当な理由であれば、ルルーシュ様はお力を貸してくださいますわ」
神楽耶もスザクの言葉にうなずいてみせる。
「もっとも、朝だけでは時間が足りないかもしれませんわね」
とりあえず、と彼女は言葉を続けた。
「今日一日、ルルーシュ様の様子を観察されたらいかがですか?」
同じ学年なんですから、と言われて、ルルーシュは確認するようにスザクを見つめた。
「一応、同じクラスだよ。もっとも、滅多に学校に来ない問題児だけど」
彼はすぐにそう言ってくる。次の瞬間、カレンに弁慶の泣き所を蹴り上げられて悶絶していた。
「うるさい! あたしだって、学校に行けるなら行きたいわよ」
そんな彼に向かってカレンがこう怒鳴りつける。
「文句があるなら、あいつらに言えばいいでしょ!」
さらに彼女はそう付け加えた。
「もっとも、耳を貸してくれるとは思わないけど」
むしろ『何を言っているんだ?』と言われて終わるだろう。カレンはそう言いきる。
「だから、ルルーシュ様にご協力いただくのです。そうでなければ、いざというときにあなたの戦力をあてにできません」
神楽耶がそう言う。
「わたくしには、あなたが必要なのです」
彼女のこの言葉にカレンは嬉しそうな表情を作る。
「ブリタニア人かどうかは別として、ルルーシュ様個人が信じられるかどうか。あなたの目で確認してください」
さらに続けられた言葉に、カレンはとりあえずうなずいて見せた。
神楽耶に言われたからか。カレンの視線がずっとまとわりついている。
しかし、本当にクラスメートだったとは驚きだ。と言うよりも、ここでもそうだったのかと言った方が正しいのか。
「見られることにはなれていたつもりだったんだがな」
実際、転入してからと言うもの、他の者達の視線を集め続けていた。だが、それは気にならない。
おそらく、とルルーシュは心の中で呟く。
他の者達の視線と違って、カレンのそれは意図的に、自分のミスを探そうとしているからではないか。それでも、と小さな笑みを浮かべる。そこに殺意や嫌悪が含まれていないだけマシだろう。
ただ、と心の中で呟く。
事前に、彼女のデーターを入手しておいた方がいいかもしれない。
そういうことに詳しいのは、やはり、ミレイだろうか。
軍や嚮団に調べさせてもいいかもしれないが、それでは話が大きくなりかねない。それでは、後々困ることになるだろう。
「一番いいのは、本人が全部打ち明けてくれることだろうな」
だが、それは難しいのではないか。
やはりミレイに確認するのが一番いいのではないか。あのようにお祭り好きだが、彼女も貴族の令嬢だ。口を出していいときと悪いときの区別はついている。だから、自分が聞いたという事実も隠し通すだろう。
「不本意だが、そうするか」
ため息とともにそう付け加えた。
「何を?」
その瞬間、頭の上から声が降ってくる。これがスザクの声であれば、これほどまでに驚かなかっただろう。しかし、声の主は、問題の相手だった。どうして彼女の接近に気づかなかったのか。
「カレンさんか」
ため息とともにルルーシュは視線を移動させる。
「ロロのことだ。どうも、あいつはクラスで浮いているらしくてな」
そう言いながら苦笑を浮かべる。
「俺のことは大丈夫だから、校内にいる間ぐらい、友人を作れ……と言っているんだが。いつもごまかされる」
本人が真実を教えてくれない。だから、ちょっと強引にでも友人を作らざるを得ない状況を作った方がいいのか。そう考えていただけだ。
「俺にだけ依存して欲しくないからな」
スザクとは平然とけんかできるのだ。他の人間ともそうなれる可能性はあるはずだ。
「……そうなの」
ルルーシュの言葉に納得したのか。それとも、興味をなくしたのか。カレンはこの一言だけを口にする。
「それで、用事はそれだけですか?」
言葉遣いを気を付けながら問いかけた。
「用って言うか……スザクに頼まれたのよ」
次は移動教室だから、と彼女は口にする。
「あいつは運動部の先輩に引きずられていったし」
授業が始まる前に返してもらえるかしら、とカレンは真顔で呟いていた。
「無理かもしれないな。ここ数日、スザクは呼び出されている」
何でも、大会が近いのだそうだ。今回負けるとまずいとも言っていたな、とルルーシュは付け加える。
「相変わらず持てるわね、あいつ」
あきれたようにカレンはそう言った。
「まぁ、適当なところで逃げてくるわね、たぶん」
強烈な求愛から、と彼女は笑う。
「と言うことで、移動していましょう。あいつの教科書は……」
「俺が持っていこう」
言葉とともにルルーシュはスザクの机へと歩み寄った。そして、中をのぞき込む。
「しかし、あいつの鞄には何が入っているのか……いつも疑問だな」
教科書は全部置きっぱなしか、と感心していいのかどうかわからない口調で呟く。
「それなのに、それなりの成績を取っているのが気に入らないわ」
教科書その他を取り出している彼の頭の上から、カレンのこんなセリフが落ちてくる。
「ブリタニア語の宿題は泣きつきにくるがな」
教科書を持ってこない理由はこれか、とため息をつきながら立ち上がった。
「カレンさん、案内をお願いしてもかまわないかな?」
「もちろんよ」
行きましょう。そう言う彼女にルルーシュはうなずいてみせる。同時に、彼女の今の言動に、懐かしさも感じていた。
それが郷愁だと言うことはわかっている。
ここは自分の世界ではない。だが、自分が今いる場所はここだ。自分に言い聞かせるように、心の中でそう呟いていた。