08
放課後、皇の差し回しの車で連れて行かれたのは、桐原の別宅だった。と言っても、京都にある本宅にも劣らない立派な建家である。ルルーシュたちがいるのは、その奥座敷だ。
「あんたって、畳になれているだけじゃなく、正座もできるのね」
感心しているのかなんなのか。カレンがそう言ってくる。
「最初に来たときに、神楽耶様に教えていただいたからな」
ルルーシュはそう言い返す。
「さすがに三十分が限度だが」
苦笑とともにそう付け加えても、カレンは信じられないという表情を崩さない。
「あんた、本当にブリタニアの皇族?」
その表情のまま、こう問いかけてきた。
「お前!」
ルルーシュが馬鹿にされたと思ったのだろうか。ロロが腰を浮かせながら彼女をにらみつけた。
「落ち着け、ロロ」
そう言ってルルーシュは彼を強引に座らせる。
「彼女に悪気があったわけではないのは、わかるだろう?」
驚いただけだ。そう付け加える。
「ですが、兄さん!」
「ここはブリタニアではない。そのくらいで怒るな」
いちいち、と続けた。それでは自分の仕事に差し支える、と付け加える。
「……兄さんがそう言われるなら……」
渋々と言った様子でロロは座り直す。
「本当に、あんたは変わっているわ。皇族なんて、もっと威張っているものじゃないの?」
カレンはまたこう言う。
「いいじゃん。そんなルルーシュだから、普通に友だち付き合いできているんだし」
スザクが笑いながら口を挟んできた。
「それより、遅いな、神楽耶の奴」
話題を変えるかのように彼はそう言う。
「女性は身支度に時間がかかるものだ」
母や姉のそれでなれているルルーシュは苦笑とともに言葉を返す。
「だけど、ルルーシュが来ているんだからさ」
時間を有効に使うのが当然だろう、とスザクは言い返して来る。
「ルルーシュだって、いろいろと予定があるんだからさ」
自分のことよりルルーシュの都合を優先しないとだめだろう。スザクはさらにこう付け加える。
「スザクがまっとうなことを言うなんて……明日は雪かしら」
カレンが、ある意味失礼ともとれるセリフを口にする。
「君が知らないだけだって」
だよな、とスザクはルルーシュに問いかけてきた。
「……そうだな。そういうことにしておいてやろう」
ルルーシュはそう言うと、茶托から茶碗を取り上げる。
「そんなぁ! 君だけは認めてくれると思っていたのにぃ」
僕だって、ちゃんとまっとうなことを言うときは言うんだ! といいながら、スザクはルルーシュに抱きついてきた。
「認めていないわけではない。ただ、お前は時々、俺が知っている人間以上の動きをするからな」
マリアンヌと同レベルである以上、まっとうかどうかは判断つきかねる。スザクを腰になつかせたまま、ルルーシュはそう言う。
「確かに。まっとうな人間は男性に膝枕なんてねだらないものよ」
あきれたようなカレンの声が耳に届く。
「膝枕、ですか?」
ロロが首をかしげつつ、そう問いかけている。
「あら、知らないの?」
「ブリタニア語では何と言うべきなのか、それがわかれば理解できると思うのですが」
自分の日本語はルルーシュのそれよりもつたないので、とロロは言う。
「それだけ話せれば十分だと思うけど」
カレンは苦笑とともに言葉を返す。
「ブリタニア語ではぴったりのものはないわね。人の膝――というよりは太ももに頭を乗せて眠ることよ」
そんな風にね、とカレンはさげすんだ視線をスザクに向ける。
「いいだろう。君の太ももよりルルーシュの方が柔らかいから」
スザクは平然とそう言い返す。
「それはほめ言葉ではないな」
太っていると言うことか? とルルーシュは問いかけた。
「もう少し太ってもいいよ。ウエストはカレンより細いし」
次の瞬間、カレンが立ち上がった。そう認識すると同時に、彼女は飛び上がる。そして、スザクの背中へと着地をしようとした。もっとも、その前に本人が気配を感じてよけたが。
「あんたねぇ!」
「事実は事実として認めないと」
スザクは畳の上で体を一回転させると立ち上がる。
「ついでに、ルルーシュとロロには危害を加えるなよ?」
「いい覚悟ね、スザク」
ちゃんと責任を取ってもらうわ、とカレンは笑う。
そのまま、彼女が次の行動に出ようとしたときだ。いきなりふすまが開かれる。
反射的に全員がそちらへと視線を向けた。しかし、そこにいたのは神楽耶ではなかった。
「何をしておるのだ、お主達は」
お客陣の前で、とあきれたように付け加えたのは、この屋敷の主だ。
「桐原翁」
ルルーシュは慌てて立ち上がろうとする。
「気にされませぬように。おいでと知って顔を出したまでです」
それに、と桐原は続けた。
「神楽耶宛に電話がかかってきておりましての。今しばらく時間がかかりそうです故。代わりに話を進めていてほしいとも言われましたのでなぁ」
そう言いながら、彼は意味ありげにカレンを見つめる。
「わかりました」
桐原にそう言われては仕方がない。そう判断したのだろう。彼女は素直にうなずいて見せた。
「誰からの電話ですか?」
彼女が席を外せない相手が桐原以外にいるのか、と思いながら、ルルーシュは問いかける。
「差し支えなければ教えていただけますか?」
いやならばいい、と言外に付け加えた。
「神楽耶が昔教わっていた家庭教師ですよ。切らせてもよかったのだがの。何か考えがあるらしい」
しばらくつきあうと行っていたの。そう言われてルルーシュは小さくうなずく。
「神楽耶様がそうおっしゃるなら、必要なことなのでしょう」
今も昔も、彼女の判断には一目を置く価値がある。ルルーシュはそう考えていた。
「そうおっしゃっていただけて何より」
神楽耶が認められているのが嬉しいのか。桐原は目を細めるとこう言い返してくる。
「さて、カレンよ。今までルルーシュ様のおそばにいてどのように感じたかの」
そこから聞こう、と桐原は視線を移した。
「ブリタニアの皇族としてはかなりの規格外、だと思います」
カレンはためらうことなくこう告げる。その瞬間、ルルーシュがロロの手を握りしめることができたのは幸いだったかもしれない。そうでなければ、彼は無条件で彼女に攻撃を加えていただろう。
「でも、日本人としてはつきあいやすい方だと思います」
それに気づいているのかいないのか。彼女はこう続けた。
「少なくとも、あいつらとは全く別の存在ですね。信用させていただいていいと感じました」
「だろう」
彼女の言葉に、スザクがそう言って胸を張る。
「別に、あんたをほめたわけじゃないわ」
即座にカレンがそう突っ込む。
「照れるなよ。俺のルルーシュがすごいのは、最初からわかってたことじゃん」
だが、気にすることなくスザクはそう言った。
「誰があなたの兄さんですか!」
今度は怒りを抑えきれなかったのだろう。ルルーシュの手を振り切ってロロが立ち上がる。
「ルルーシュ?」
しかし、さすがは我が道を行くどころか、自分の常識が世界の常識と思っている――さすがに、成長してかなりマシになったようだが――スザクには通用しない。それでも、当事者であるルルーシュに確認してくるだけマシなのだろうか。
「俺は俺のものだが?」
笑いながらそう言い返す。
「お前はいつも一言足りない。そこで俺の《友人》とでも言っておけばよかったんだ」
そうすれば、ロロだって変な誤解をしないですんだのではないか。そう続ける。
「……君がそう思っているなら、とりあえずそれでいいよ」
苦笑とともにスザクはこう言い返してきた。
「スザク?」
その微妙な言い回しはなんなのか。それが気にかかる。だが、確認する時間はまだまだあるだろう。それよりもカレンの方が優先事項ではないか。
「まぁ、そのうちね」
さらにスザクがこう言ってくる。だからいいことにしよう。ルルーシュはそう判断をした。