僕の知らない 昨日・今日・明日 第三部

09


 カレンの抱えている厄介事は、やはり――と言っていいのか――実の父親にかかわることだった。
「シュタットフェルトか」
 確か、奥方との間には子供がいなかったと聞いている。ルルーシュはそう呟く。
「そうよ。だから、あの男にとって血を分けた子供はあたしだけと言うことになるわ」
 ものすごく不本意だが、と続けるところがカレンらしい。
「だからと言って、奥さんと離婚して母さんと再婚する気もないらしいわ」
 そうしたのであれば少しは見直したかもしれないが、と彼女は続けた。
「それは難しいだろうな」
 シュタットフェルト夫妻に子供がいないと言うことはうろ覚えだが、奥方の家系については知っている。
「奥方はギネヴィア異母姉上の後見の伯爵家の係累なはずだ。下手にきることは難しいだろう」
 そんなことになれば、本国でのシュタットフェルトの地位は最低ランクまで落ちるだろう。商売も立ちゆかなくなるはずだ。
 そんな危険を冒すぐらいなら、どれだけ周囲に反対されてもカレンを引き取ることを選択するだろう。
「厄介なのね」
 ブリタニアと言うことだけではなく、とカレンはためいいをつく。
「離縁というのは、それだけ重いものだからの」
 桐原がそう言ってくる。
「特に皇族とのつながりはの。日本で言えば、神楽耶の婿の座と等しいと言える」
 彼の説明がどこまで的を射ているのかはわからない。だが、それは自分がブリタニア人だからだろう。
「ギネヴィア異母姉上の皇位継承権は一桁だしな」
 どれだけ細いつながりでも確保しておきたい人間は多い。ルルーシュはそう説明をした。
「じゃ、ルルーシュも多いんだ、そうやって群がってくる連中が」
 スザクがそう問いかけてくる。
「いや。俺のところは来ていないな。母さんには身内はいないし、俺もまだ、公式の席に出たことはないからな」
 何よりもシャルル達がその手の連中をシャットアウトしてくれているらしい。それをすり抜けられるものはいないだろう。
「第一、俺に取り入ってもなにもいいことはないからな」
 ルルーシュのそのセリフにその場にいた者達は微妙な表情を作る。だが、それを無視して彼は言葉を重ねた。
「カレンのことは、そうだな……ギネヴィア異母姉上に話を通してから動くことになるか」
 多少はごねられるかもしれないが、と付け加える。それでも、最終的にはうなずいてもらえるだろう。
「どう言って話をつけるつもりなの?」
 カレンがそう問いかけてきた。
「そうだな……ブリタニアと日本の関係を壊しかねない、とでも言っておくか」
 シュナイゼルならそれで納得してくれるだろう。そして、うまくギネヴィアに取りなしてくれるはずだ。
「後は神楽耶様と桐原翁に少し相談に乗っていただくことになるが」
「何かの?」
 即座に桐原が問いかけてくる。
「赤毛の女性でも似合いそうな反物についてですよ。別に、古典的な柄でなくてもいいので」
 そういうことに関しては、スザクは当てにならないし。ルルーシュはそう付け加える。
「俺はもちろんロロもな」
 自分の身内で女性の機微に詳しいのはクロヴィスだけではないか。
「そういうことでしたら、喜んでお手伝いさせていただきますわ」
 言葉とともにふすまが開けられる。そこには普段着に着替えた神楽耶の姿があった。
「最近は、ブリタニアの方にも日本の反物を求められる方が多いそうですわ」
 微笑みながら彼女はそう言うと、ゆっくりと室内へと足を踏み入れてくる。そして、桐原の隣へと腰を下ろした。
「電話はもうよろしいのですか?」
 ルルーシュが問いかければ神楽耶は小さくうなずいてみせる。
「失礼をいたしました。まさか、またかかってくるとは思いませんでしたわ」
 あれだけ断ったのに、と彼女はため息をついた。
「それだけ神楽耶様を引き込みたいのでしょうね」
 全く、とカレンはあきれたように吐き捨てる。
「ブリタニアが嫌いなのと、ブリタニアを排斥するのは違うのに」
 彼女はさらにそう付け加えた。
「知っているのか?」
「不本意だけどね。兄さんの親友だった人よ」
 何をとち狂ってくれたのか。カレンはさらに言った。
「ブリタニアの企業が完全に撤退すれば、日本の中小企業はおろか大企業だって立ちゆかなくなるってことぐらい、あたしでもわかっているのにね」
 本当に学校の先生だったのかしら。その言葉で、ルルーシュは『まさか』と思う。
「別に、自分が不利益を被ったわけでもないのよ?」
 誰かの口車に乗せられているのだろうが、それでも仕事を辞めてまで排斥運動に加わるなんて。その言葉にルルーシュは眉根を寄せる。
「……ゼロ、か?」
 ルルーシュはため息とともにそう告げた。
「そうよ。知っているの?」
 カレンが即座に問いかけてくる。
「ルルーシュ様が日本においでになった理由がそれですわ」
 神楽耶が静かな声音でそう言う。
「日本だけではない。EUや中華連邦でも《ゼロ》を名乗るものがブリタニアの排斥を主張している」
 ルルーシュはカレンにもわかるようにと言葉を選びながら説明を開始した。
「EUや中華連邦はブリタニアと明確に敵対しているからな。放っておくしかないが……日本は違う。お前が先ほど言ったとおり、経済的なつながりも深い」
 だからこそ、今の関係を保っていかなければいけない。ルルーシュはそう続ける。
「最悪、ブリタニアが日本を侵略することもあり得るからな」
 それだけは避けたい。でなければ、何故、自分がこうして昔の記憶を抱いたままこの世界に生まれてきたのか。それがわからなくなる。ルルーシュは心の中でそう呟いた。
「俺個人としては、この国を失いたくないからな」
 気に入っているから、と続ける。
「ルルーシュ様は皇帝陛下はもちろん、宰相閣下にも重用されておられます。だからこそ、今回のわがままも容認されているわけですが……」
 ロロが補足するかのようにこう言ってきた。その言葉の裏に『放っておけばいいのに』と言う感情が見え隠れしている。
「気に入らないならブリタニアに帰ってもいいんだぞ?」
 そのときはジェレミアを呼び寄せるだけだ。ただし、かなり行動が制限されるだろうが。
「そんなことは言っていません!」
 慌てたようにロロが言う。
「大丈夫だよ、帰っても。そうしたら、俺がルルーシュを守るから」
 スザクが笑いながら口を挟んできた。
「とりあえず、お前は少し黙っていろ、スザク」
 頼むから、とルルーシュは彼に向かって言う。そうでなければ話が進まないとも。
「あんたは見事に空気を壊すものね」
 カレンまでもがあきれたようにそう告げる。
「僕が、いつ?」
 真顔で聞き返してくると言うことは、本当に自覚がないと言うことなのか。そう言うところも《スザク》と変わらない。
「今もそうだな」
 ルルーシュがからかうようにそう言った。
「普段はかまわないが、今は少し、空気を読め」
 さらに付け加えれば、スザクは頬を膨らませる。
「どうせ、僕はこういうときは役に立たないよ」
 完全にすねたという表情でスザクはこう言ってきた。
「お前の属性とは関係ないと言うだけだろう?」
 フォローするようにルルーシュは言い返す。
「こういうことは女性か、ある程度お年を召した方の方が詳しいからな」
 ただそれだけのことだ。スザクがすねる理由はないだろう。さらに言葉を重ねる。
「そうじゃな。お前がルルーシュ様の半分でも古典に精通しておれば、間違いなく相談してもらえただろう」
 そういうことだ。桐原がそう言う。
「ともかく……皇女殿下のお写真でもあれば、染めから手配させましょう。それに関しては、後々カレンに出世払いをさせればよいでしょうからな」
 さらに彼はこう言葉を重ねた。
「いや、それについては俺の方から支払いをさせてもらう。カレンさんには別のことを頼みたいし」
「あたしに?」
「もう少し、その相手から情報を集めて欲しい。ゼロとやらが一人なのか、それとも組織なのかをだ」
 それによって対策が変わる。ルルーシュはカレンを見つめながらそう言った。
「ブリタニアと日本の間に戦争を起こさないためにも、協力して欲しい」
 そういえば、かがるは少し考え込むような表情を作る。しかし、すぐに力強くうなずいて見せた。
「わかったわ。日本のためなら協力をする」
 彼女はさらにこう言ってくる。
「頼む」
 内心ほっとしながらもルルーシュは微笑み返した。



13.02.13 up