僕の知らない 昨日・今日・明日 第三部

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 マンションからすぐにシュナイゼルへと連絡を取る。もちろん、ギネヴィアへの根回しを頼むためだ。
『なるほど。それで、君の希望は?』
 ルルーシュの話を聞き終わった彼は確認するように問いかけてきた。
「そうですね。とりあえず、彼女をブリタニアに連れ帰ることの阻止と、こちらでの接触の禁止でしょうか」
 いっそ、妻の親戚から容姿を取ってくれればいいのに。そう呟いたのがしっかりと聞こえたのだろう。
『要するに、二度と接触をさせなければ後はどうなってもいいと言うことだね?』
 そういうことなら、話は簡単だ。彼はそう付け加える。
「兄上?」
『任せておきなさい。君が必要だというのなら、姉上にも納得いただけるだろう』
 意味ありげな表情で言い返されて、逆に不安になってしまう。
『それで、何が気に入ったのかな?』
 しかし、シュナイゼルには説明をする気がないらしい。あっさりと流される。
「そうですね。母さんが気に入りそうな身体能力の持ち主、と言うところでしょうか」
 スザクだけではなく彼女も動けるのならば、こちらの仕事がやりやすくなる。それにロロの負担も減るだろう。
「別に、僕は……」
 ルルーシュの言葉にロロがそっと口を挟んでくる。
「カレンが動いてくれるなら、お前には俺の護衛とブリタニアとの連絡に専念してもらえるからな」
 そうだろう、とルルーシュは彼に微笑みかけた。
『なるほど。確かにそれがいいだろうね』
 シュナイゼルもそう言って頷いてみせる。
『そちらにいるものも、ルルーシュのそばにいる君のことはよく知っている。他のものが行くよりも確実だろう』
 ルルーシュの言葉を彼は後押しするようにこう言った。
「それはともかく、兄上」
『何かな?』
「ギネヴィア姉上が聞き入れてくださったときにはご連絡をいただけますか? そのときはお渡しするものがありますので」
 もっとも、とルルーシュは微苦笑を浮かべる。
「すぐに、と言うわけにはいきませんが。今、作らせておりますから」
 もっとも、無駄にはならないだろう。目の前の相手ならば間違いなくこちらの望む結果を出してくれるはずだ。
『おやおや。それは責任重大だね』
 小さな笑いとともにシュナイゼルはこう言い返してくる。
『近いうちに必ずいい報告をしてあげよう』
「楽しみにしています」
 こう言ってくる彼にルルーシュは間髪入れずこう言い返す。
「そういえば兄上。将棋というゲームは前にご一緒したと思いますが、碁というゲームもなかなか奥が深いそうです。この件が終わったら、一度、おつきあいいただけますか?」
 ルールについては、後でメールで参考文献を送らせてもらうが、と彼は続けた。
『それはいいかもしれないね。さすがに、チェスで勝負になるのは君かマリアンヌ様と陛下ぐらいなのだよ、今は』
 しかし、さすがにマリアンヌ達につきあってもらうのは申し訳ない。
 そうなると、ルルーシュが帰ってくるまで相手がいないと言うことになる。
 だが、新しいゲームならば違うのではないか。
『クロヴィスあたりに先に覚えさせよう』
 そのくらいのハンディは与えるべきだろう。シュナイゼルは楽しげにそう言った。
「でしたら、兄上には他にもう一つ、単純なゲームの道具を贈らせていただきますよ。花札というのですが」
 日本語が読める人間が他にいるのであればカルタも楽しいだろうが、とルルーシュは続ける。
「ユフィかナナリーあたりであれば、兄上も負けるかもしれません」
 あれには反射神経が必要だ。状況によっては自分もスザクに勝てないのだし、と苦笑とともに告げた。
『君が仕事だけではなく友人との遊びも楽しんでいるようで何よりだよ。何の裏もない留学に行かせてあげられればよかったのだけどね』
「今の状況で十分ですよ。ただの留学では、俺が途中であきます」
 間違いなく、とルルーシュは続ける。
『それも困ったものだね』
 君も、とシュナイゼルはため息をついた。
『世界は君にとってつまらないものなのかな?』
「そんなことはありません。みんなと過ごす時間も大好きですよ、俺は」
 シュナイゼルの言葉にルルーシュはこう言い返す。
「ただ、やりたいことがたくさんあるので、無為な時間だけを過ごすのは苦手だと言うだけです」
 どんなくだらないことでも手を出していたい。そう考えるのは、やはりあの日々があったからだろうか。
「ですから、今は十分に学生生活も楽しんでいますよ」
 安心して欲しい、と言葉を締めくくった。
『それならば、少し負担を増やしてもかまわないかな?』
 ふむ、と呟いた後でシュナイゼルは口を開く。
「俺にできることですか?」
 それに即座にこう聞き返す。
『君にできなければ、他の誰にもできないと思うよ』
 待てよ、とシュナイゼルは呟く。
『マリアンヌ様ならば可能か。だが、あの方にまで日本に行かれてはブリタニアが困る』
 シャルルが働かなくなる、と苦笑混じりに彼は付け加えた。その言葉は何なのだろうか。
「……怖いですね、それは」
 二重の意味を含ませてルルーシュは言い返す。
「それで? 俺は何を?」
『ロイドをそちらに行かせる。手綱を取ってくれるかな?』
 その代わりに、とシュナイゼルは言葉を重ねた。
『あいつのおもちゃは好きにしてくれていいよ。パイロットを誰にしても、文句は言わせない』
 例え日本人だったとしても、と彼は続ける。
「兄上、それは……」
 スザクやカレンをナイトメアフレームに乗せてもいいと言うことだろうか。
『ブリタニア軍に適格者がいなかったのだ。仕方がないね』
 ロイドのストレスもたまっているようだし、とシュナイゼルは続ける。
「とりあえず、ロイドに『プリンをねだるな』と言っておいてください」
 それだけが問題になりそうだ。ルルーシュはそう言い返す。
『おや。あいつはそんなことをしていたのかね』
 いつの間に、とシュナイゼルは口にする。
「プリンを与えておけばおとなしかったですからね。ナナリーをあいつの新型に乗せるよりはマシです」
 ラクシャータのそれとは違って安全面に不安が残っていたから、とルルーシュは苦笑を浮かべた。
「ですが、こちらではそんな暇があるかどうか。それ以前に、あまり頻繁にブリタニアの軍人と会っているのがばれるとまずいですから」
 ジェレミアの件があるからたまにであればいいが、とルルーシュは付け加える。しかし、ロイドにそんな配慮ができるとは思えない。
『しっかりと釘を刺しておくよ』
 シュナイゼルがこういったときだ。モニターの隅に執事の姿が確認できた。
 何かあったのか。
 ルルーシュは反射的に眉根を寄せる。
『失礼いたします』
 執事がいつものように呼びかけたのが聞こえた。
『どうかしたのか?』
 シュナイゼルが厳しい声音で聞き返す。
『陛下がおいでです』
 それに執事はこう言い返す。
『ルルーシュ殿下と話をされたいとおっしゃっておいででしたが』
 この言葉に頭を抱えたくなったのはルルーシュだけではないだろう。
「何を考えておいでだ」
 ため息とともにそう呟いてしまう。V.V.経由で連絡をくれればそれなりに時間を取るのに、と心の中だけで付け加える。
『ルルーシュ、どうする?』
 シュナイゼルが確認するように声をかけてきた。
「お断りするわけにはいかないでしょう」
 何を考えているのか。そう思いながらも《皇子》としての言葉をルルーシュは口にする。
『確かにね』
 同じ気持ちだったのか。シュナイゼルも苦笑を深めると頷いてみせる。
『そういうことだから、お通ししてくれ。それと、陛下のお席を大至急用意するように』
 シュナイゼルがそう指示を出している声が聞こえた。
「ロロ」
 ルルーシュはルルーシュでそばに控えている彼に呼びかける。
「はい」
「しばらく時間がかかるだろう。その間にお茶がのみたい」
 シャルル本人の意思はともかく、周囲があれこれとするに決まっているのだ。その間に一服したくなったとしても誰もとがめないだろう。
「わかりました。すぐに」
 ロロはそう言うとキッチンへと駆け出していく。その後ろ姿を見送りながら、ルルーシュはシャルルがわざわざここに足を運んだ理由を考えていた。
 いくつか可能性はあるが、どれも決め手に欠ける。
 こういうときには全てをリセットして最初から考えるのがいいのではないか。例え失敗してもシャルルが自分達の邪魔をするはずはない。そう言いきれるだけの信頼を彼には抱いていた。
 そう考えたとき、ルルーシュの脳裏にある可能性が迂回上がってくる。
「まさかとは思うが、俺の顔を見るためにこんなことをしたのか?」
 ないとは言い切れない。
 しかし、それならばあちら経由で連絡をしてくれればいくらでも時間を取ったのに。心の中でそう付け加える。
 そうしている間にも、モニターにはシャルルを迎えるために準備をしている者達の姿が映し出されていた。
「父上一人動くだけでこれか」
 シュナイゼルのところでこうなのだ。他のものではどうなのか。
「せめて事前に連絡を入れればよいものを」
 ため息とともにそう付け加える。
『それでは、お前が逃げ出すかもしれんだろう、ルルーシュ』
 画面にいきなりシャルルのどアップが映し出された。
 タイミングがいいのか悪いのか。そこにお盆に茶器をのせたロロが戻ってきてしまった。当然、シャルルのアップに驚いてお盆を取り落としてしまう。
「お願いですから、もう少し皇帝らしい言動をしてください」
 あきれたようにルルーシュは彼に声をかける。
『いいではないか! 儂はお前の父だぞ』
 この言葉にルルーシュはため息をつくしかできなかった。



13.03.01 up