僕の知らない 昨日・今日・明日 第三部

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 スザクとカレンが何とかナイトメアフレームを動かせるようになった頃、神楽耶が見学に来た。
「さすがと言うべきでしょうか」
 基本的な動きはすでに身につけている彼らに、神楽耶はこう呟く。
「覚えが早いですよ、二人とも。身体能力の差でしょうね」  ルルーシュは素直にほめる。
「カレンはともかく、お従兄様はどこまで理解して動かしているのかわかりませんけどね」
 脳まで筋肉だから、と神楽耶は笑いを漏らす。
「そう言われると、フォローのしようもないですね」
 さすがに、とルルーシュは頷く。
「ですが、欲しいですわ、ナイトメアフレーム」
 日本にも、と神楽耶は口にした。
「いずれ、日本製のものも作られるでしょう。もっとも、あんなものを使わなくてもいい世界の方がすばらしいと思いますが」
 現状では必要悪なのだろうか。ルルーシュはそう言う。
「力だけで押し切ると、ゆがみができますから」
 最初は小さなそれでも、やがては世界を揺るがすものになる。だから、できれば使いたくない。しかし、ブリタニアの者達はどうして武力ちからに頼ろうとしてしまう。それは今までの歴史が関係しているのだろう。
 それをどうすれば変えていくことができるのか。
 いずれはそれも考えなければいけないことだ。
「話し合いで全てが片付けば楽なのでしょうが」
 お互いの主張ばかりをぶつけ合っては何も進まない。相手の話を聞く必要もある。その上でどうすれば少しでもお互いの希望に近くなるのか。それを考えていく方が有益ではないか。
 もちろん、それがきれい事だと言うこともわかっている。
 だが、やろうと思えばできることでもある。ただ、時間がかかるだけだ。
「確かに、そうできればよろしいのですが」
 神楽耶もそう言って頷く。
「しかし、それをしたくない方もいらっしゃるのが現実です。それでも顔を見せてくださればまだ対策の取りようもありますが」
 顔も見せない、主張もしない。それでも反対はする。それではどうすればいいのかわからないではないか。神楽耶がそう表現したのはもちろん《ゼロ》だろう。
「そういえば、神楽耶様……」
「調べさせましたわ。でも、あの者達も直接《ゼロ》には会っていないのです」
 仲介者と言える者達がいて、彼らが指示を出しているらしい。彼女はそう続けた。
「……よく、そんな相手を信じられますね」
 ルルーシュはあきれたようにそう呟く。
「わたくしもそう思いますわ」
 神楽耶もすぐに同意をする。
「《ゼロ》とやらが本当に生きている人間なのかどうか。そちらも気になりますわね」
 さらに彼女は言葉を続けた。
「神楽耶様?」
「あまりにも存在感がなさ過ぎます。まるで、CGで作られた存在のようですわ」
 少なくとも、自分はそう感じる。神楽耶はそう言いきった。
「それに比べて、ナイトメアフレームあれらは生きているような気がします。もっとも、それはお従兄様をはじめとするパイロットの方々の存在感故かもしれませんが」
 二人のような初心者ではなく、もっと熟練したパイロットが操縦するナイトメアフレームならば、その感覚は強くなるのではないか。
「そうかもしれませんね。近いうちに私が幼い頃からそばにいてくれる騎士がこちらに戻ってきます。彼の動きと比較していただきましょう」
 スザク達を鍛えてもらわなければいけないし、とルルーシュは続ける。
「不本意ですが、あれらの力が必要になる日が近いような気がします」
 そうなっては欲しくはない。しかし、とルルーシュはため息をついた。
「ですが、可能性があるのでしたら、準備はしておくべきでしょう」
 神楽耶はそう言って微笑む。
「最悪の想定をしておくのは、上に立つものとして当然ですわ」
 自分自身がそうだから、だろうか。彼女はためらうことなくそう言う。
「確かに。ロロとスザクは喜んでいるようだからかまわないでしょうしね」
 ロロの機体にハンディがあるとしても、互角に戦えるのはすごい。本当に運動神経に恵まれているんだな、とねたましくなる。
 自分にあの半分でも運動神経があればよかったのに。そうすれば、スザク達を巻き込まずにすんだのではないか。そう考えたときだ
「いやぁ。まさかここでこんな見事な試合が見られるとは思わなかったなぁ」
 背後からいきなり声が響いてくる。その声にルルーシュは聞き覚えがあった。
「ジノ? 何故、ここにお前がいる」
 連絡はなかったが、と付け加えながら視線を向ける。そうすれば、ジノは優雅とも言える完璧な所作で膝をついて見せた。
「陛下のご命令です。同じ学園で殿下を護衛するように、とのことです」
 言葉とともに彼は一通の書状を差し出した。
 それに押されている蝋封の色は紫。皇族の中でも皇帝だけが使える色だ。
「……ロロがいるのにな」
 シャルルは過保護だ。ひょっとすれば、マリアンヌよりも過保護かもしれない。しかし、それが目立たないのはシュナイゼルやV.V.がすぐそばにいるからだろう。
「ですが、彼とは校舎が違うと聞いております。私も学年は違いますが、それでも彼よりも早く殿下のおそばにはせ参じられます」
「ルルーシュだ。決して『殿下』とは呼ぶな」
 自分がだめだと言っても、シャルルの命令である以上、撤回させることは難しい。ならば、とルルーシュは妥協案を出す。
「それと、もっと砕けた口調を使え。この国では俺は身分を隠している」
 それができないようなら追い返すだけだ。シャルルも、そう言う理由ならば文句は言わないだろう。
「もしくは『先輩』ですわね。それならば、多少の敬語は不審に思われませんわ」
 神楽耶がそう口を挟んでくる。
「で……ルルーシュ先輩。こちらの方は?」
 微妙に言いにくそうにしながらも、ジノが問いかけてきた。
「皇神楽耶様だ」
 それだけ言えば彼にはわかるはずだ。
「神楽耶様、こいつはジノ・ヴァインベルグ。ラウンズのナンバー3です」
 代わりに神楽耶には少し詳しく紹介をしておく。
「まぁ。すばらしい実力をお持ちなのですね」
 神楽耶も彼のことは聞き及んでいるのだろう。だが、血筋ではなく才能の方をほめてくれたのは嬉しい。
「ありがとうございます」
 ジノも同じように感じたのか。即座にこう言い返している。
「それで、先輩。あの白いナイトメアフレームに乗り込んでいるのは誰ですか? 相手をしているのはロロのようですが」
 ジノは改めて問いかけてきた。
「枢木スザク。日本人だ」
 シュナイゼルの許可は得ている。ルルーシュは言外に付け加えた。
「あちらの赤い機体に乗り込んでいるのが紅月カレン。どちらも訓練を初めて半月、と言ったところだな」
「本当ですか!」
 さらに言葉を重ねれば、ジノが信じられないというように言い返して来る。
「ロロが手加減をしているのはわかります。彼はあれでもその気になればラウンズになれる実力を持っていますからね」
 もっとも、ロロはルルーシュから離れる気はないだろう。シャルルも強引に取り上げるようなことはしない。だから、こうして今でもルルーシュのそばにいるのだ。
「でも、そういうことならば一度戦ってみたいですね」
 実力を確かめたい。ジノはそう言う。
「ジノ。二人はまだ訓練中だ」
「わかっています。ですが、あれだけ動けるのです。もっと実践的な訓練を積ませるべきでしょう」
 ジノはきっぱりと言い切る。
「私もロロもアーニャも、マリアンヌ様にそうやって鍛えていただきました」
 さらに彼はこう付け加えた。
「そうか」
 あの母がそうしたというのであれば、確かに有効なのかもしれない。しかし、それはマリアンヌの才能があってのことではないか。
 だが、とルルーシュは心の中で続ける。
 時間が残されていないと言うことも事実。
 間違いなく《ゼロ》は近日中に何かの動きを見せるだろう。
「わかった」
 スザク達のために自分にできることは、少しでも彼らが生き残るための力を与えることだ。
「ロロと相談して決めろ。一対一ならばかまわないだろう」
 ただし、とルルーシュは続ける。
「学校生活に支障が出ないようにな」
 来週から試験週間だ、と笑いながら言った。
「試験、ですか?」
「そうだ。一定の点数以下だと補習が待っているぞ」
 さらにそう付け加える。
「……編入を遅らせるべきでした」
 ため息ともにジノはそう言う。
「後で教科書を持ってこい。山を張ってやる」
「お願いします」
 ジノが真顔でこう言い返してきた。
「終わったようですわ」
 神楽耶が指摘をしてくる。
「では、移動しましょうか。それとも、セシルから今日の反省点の説明を聞きますか?」
 もし、神楽耶がこの場を離れるのであれば、後で報告書を出してもらおう。そう考えながらルルーシュは問いかける。
「もちろん、聞かせていただきますわ」
 にこやかな表情で神楽耶はこう言葉を返してきた。
「お従兄様をからかう材料ができるかもしれませんもの」
 いや、それは何か違うのではないか。ころころと笑いを漏らす神楽耶にそう言いたい。
 しかし、それも口実かもしれない、とすぐに思い直す。
「ジノ。お前も紹介しないといけないからな。つきあえ」
「はい、ルルーシュ様」
 即座に居住まいをただすと言葉を返してくる彼に頷くと、ルルーシュは立ち上がった。



13.05.24 up