15
「ヴァインベルグ卿?」
ジノの存在にさすがのロロも虚を突かれたのだろう。驚いたような表情を作っている。
「陛下のご命令だそうだ。俺たちと行動を共にすることになる」
実際、ジノが来てくれて楽になったのは事実だ。有事の時に自分が身動きとれなければ、彼に軍の指揮を押しつけることができる。そうでなかったとしても、一人でそれなりの兵を相手にできるだろう。
現実問題として、彼をこちらに派遣してくれてありがたかったというのは事実だ。
もっとも、ロロには屈辱だったのかもしれない。
「そういうことだから、軍との交渉は全部こいつに任せる。ロロは俺と神楽耶様の護衛に徹してくれ」
その言葉に、彼は不承不承頷いてみせる。
「それよりも、ロロ。スザク達の方はどうだ? 基本は身についたようだが」
ロロの指導がよかったのだろう、とルルーシュは微笑んでみせる。
「確かに。すごくわかりやすかったから。彼の教え方」
珍しく空気を読んだスザクがすかさず口を挟んできた。
「そうね。質問すれば、丁寧に教えてくれたわ」
おかげで、何とか動かせるようになったと思う。カレンもそう言って頷く。
「……たぶん、ナナリー様程度には動けると思います。後は実戦でもそれができるように練習を重ねることだと思います」
ロロの言葉にルルーシュは驚くよりもあきれたくなる。
「ナナリーはあれでも、母さんと姉上にしごかれているんだがな」
それと同レベルと言えば騎士の中でもかなり上位の実力の持ち主と言うことになるではないか。
「ならば、ちょうどいい。明日からはジノも訓練に参加させる。一対一でやればさらに伸びるな」
いつ、何があっても大丈夫な程度にしごけ。ルルーシュは微笑みとともにそう言いきった。
「Yes.Your Highness」
それにジノがこう言い返してくる。その瞬間、反射的に彼の後頭部を殴りつけていた。
「ルルーシュ様?」
いったい何が悪かったのか、と彼の視線が問いかけてくる。
「お前は五分前の会話も忘れるのか?」
自分は身分を隠していると言っただろうが、とルルーシュは続けた。
「……そうでした」
皇族以外には使われない返事を口にすれば、当然疑問を持たれるだろう。それをごまかせるだけの器用さをジノは持っていない。
「すみません、ルルーシュ様」
ジノはこう言って頭を下げる。
「ここにいるメンバーならばいい。だが、次はないぞ」
ルルーシュの言葉に彼はさらに頭を低くした。
「じゃ、そう言うことでいいんだよね」
その空気を壊すようにスザクが口を開く。
「模擬試合の相手が増えるのは嬉しいけど、強いの、その人」
さらに彼はこう付け加える。
「見た目、若いけど?」
カレンもこう言ってきた。
「それでもラウンズだ。実力だけは俺が保証する。それ以外はあてにするな」
ルルーシュは即座にこう言い返す。
「ある意味、ロイドと似たようなものだと思えばいい。まぁ、あれよりは言葉が通じるだけマシだが」
戦闘以外は無能、とルルーシュは言い切る。
「そんな、ルルーシュ様!」
「一人で電車に乗れるようになったら、とりあえず、撤回してやろう」
買い物ぐらいはできるようだからな、と続けた。
「移動なんて、自家用車ですればいいじゃないですか」
ジノがため息混じりにこう言う。
「ここはブリタニアではない。そんな目立つようなことをするな」
そう言いながら、ルルーシュは視線をロロへと向ける。それだけで意味がわかったのだろう。
「失礼します、ヴァインベルグ卿!」
言葉とともに彼の頭にファイルの角をたたきつけた。これは間違いなくセシルの影響だろう。
「よくやった、ロロ」
ルルーシュは即座に彼をほめる。
「いえ。ですが、ヴァインベルグ卿がブリタニア貴族としては普通だと思いますよ」
元々平民出身のマリアンヌはともかく、生まれながらの皇族であるルルーシュが家事はもちろん日常生活でも万能と言う方がおかしいのだ。言外に彼はそう告げてくる。
「だから、いつまで経っても貴族の傲慢が治らないんだろうな」
平民がどのような暮らしをしているのか。それを知ろうとしないから自分達の基準だけが正しいと考える。それではひずみが生まれるだけだ。
「父上はそれを気にしておられる。だから、俺やユフィよりも下の人間には学校に通うことを許可された」
身分を隠して、とルルーシュは付け加える。それは主にジノに聞かせるためだ。
「学校ならば、いろいろな考えを持った生徒が集まる。貴族達の思惑によるふるいにかけられた者ではなく、な」
もちろん、その中には皇族を苦々しく思っている者もいるだろう。その人物の言動で傷つくことがあるかもしれない。しかし、そこから学ぶものも多いはずだ。
「クロヴィス兄さんよりも上の年齢の方々はあの日々を知っているからな。感覚としてそれをご存じだ。もっとも、自分達がどれだけずれているのかは認識しておられないが」
それに関しては、自分達はあるいはそばにいる者達がフォローすればいいだけだ。ギネヴィア以外の兄姉は、それだけで十分に想像ができるだろう。ギネヴィアも想像できなくてもわからない人間に押しつけるだろう。
だが、それ以外のきょうだい達はそんなことすら考えられない。
己の血筋以外に誇るものがないものはそれでもいいのだろう。いずれ、シャルルかシュナイゼルがその人柄にふさわしい役目を押しつけるだろう。あくまでも名目だけのそれだろうが。
しかし、ジノはそれでは困る。
「お前もこの国ではただの留学生だ。学生の身分にふさわしい言動をとってもらわないと困る」
それに関しては、とルルーシュは視線をスザク達へと移す。
「スザク、頼んでいいか?」
とりあえず最低限の常識だけでいいのだが、とルルーシュは付け加えた。
「わたくしも、それに関してはあまり自信がありませんし」
苦笑とともに神楽耶も口にする。
「最低限って?」
それに言葉を返してきたのはスザクではなくカレンだった。
「公共交通機関の使い方と買い物の仕方か? とりあえず、後者に関してはカードが使えればそれでいいとは思うが」
それですらしたことがないのだ、彼は。
「ひょっとしなくても、それなりの身分の家柄なのね? 今までの話から推測すれば」
さらにカレンは突っ込んだ質問をしてくる。
「ヴァインベルグは侯爵家だ。ジノは……侯爵の四男だったか?」
「はい」
ルルーシュの問いかけにジノは素直に頷いて見せた。
「なるほど。だから、見事な箱入りな訳ね」
使えない奴、と彼女は続ける。
「皇帝直属だからな。そう言う意味では無知でも困らない。必要なのは実力だけだ」
逆に言えば、実力さえあればどんな性格破綻者だろうと、生活能力皆無な人間だろうとかまわないのがラウンズだ。
「……そう言った意味では軍人は楽らしいからな」
スザクが苦笑とともに口を開く。
「寮に入っていれば、食事も洗濯も、担当の人がやってくれるらしいし」
でも、それじゃだめだよね。スザクは頷く。
「……そいつの教育だけど、あたしが引き受けてもいい?」
「カレン?」
彼女がそんなことを言うとは思わなかった。そう心の中で呟きながら、ルルーシュは彼女を見つめる。
「多少殴りつけようが怒鳴りつけようがかまわないんでしょう?」
にやり、とカレンが笑う。
「なら、大丈夫よ。スパルタでやるわ」
それに、と彼女は続ける。
「侯爵家なら、あいつらも文句は言えないでしょ? 時間稼ぎにちょうどいいわ」
そういうことか、と納得した。
「訳ありですか?」
即座にジノが問いかけてくる。
「父君がブリタニアの名門の出身だそうだ。跡取りがいない関係で、彼女を連れ戻したがっている。そうなれば、待っているのは政略結婚だろうな」
それをいやがっているのではないか。そう言い返す。
「あたしは日本にいたいの」
カレンが口を挟んでくる。
「カレンにいなくなられるのは困るわ。お従兄様を止められる人間が減るもの」
さらに神楽耶がとんでもな理由でフォローの言葉を口にした。
「僕は別にいなくなってくれてもいいんだけどね」
さすがはエアクラッシャー。スザクは見事に空気を壊してくれた。その瞬間、カレンが彼に襲いかかる。もちろん、スザクはそれを避けていたが。
「そういうことだ。俺としても戦力にいなくなられるのは困る。ジェレミアにはこちらを掌握しておいてもらわないといけないからな」
しかし、二人とも本気だな。本当に大丈夫なのだろうか、とルルーシュは心配になる。
「止めますか?」
ロロがこう問いかけてきた。
「放っておいて大丈夫ですわ。疲れたらやめます」
なれているのか、神楽耶が平然とこう言う。
「……そうか。ジノ、そういえばお前の機体は?」
二人の方を見ないようにしながらルルーシュは問いかける。
「アスプルンド伯に預けてきました。何をされるか怖いところですが……」
「セシルとラクシャータに言っておこう」
彼女達にロイドの暴走を止めてもらうしかない。
「あるいは、スザクを人身御供に差し出すか、だな」
ランスロットの性能を上げろと言えばそれに集中するだろう。
「それが一番無難かもしれない」
「なら、遠慮はいりませんわ。お好きにお使いくださいませ」
あっさりと神楽耶がスザクを売ってくれる。だが、それで丸く収まるならいいのか。ルルーシュは心の中で彼に手を合わせていた。